第31話 プレゼン1
ティベリウスさんは椅子に腰掛けると、微笑んだ。オクタヴィー師匠はその横に立つ。
「さて、ゼニス。相談とは何かな?」
恐らく、私が屋台とマルクスを引き連れてきたと聞いて様子を見に来てくれたのだと思う。
それにしても展開が、展開が早いっ……!
早いのは助かると言えば助かるが、準備の時間も欲しかった! 当意即妙とか即興は苦手なんだよー。
落ち着いて整理しよう。
今、私がやるべきは、冷たい飲み物の販売について、リウスさんの了解を取ることだ。
了解を取ること自体はそんなに難しくないと思う。社会勉強と小銭稼ぎを兼ねて、しばらく働かせてくれと頼めばいい。
でも、それだけでいいのか?
せっかく魔法を商売に活かす道がひとつあるのに、一過性で終わらせるのは残念だ。
氷、冷蔵、冷凍。この辺りは飲み物だけじゃなく、もっと色んな可能性を秘めているように思う。
前世の例をたどりつつ、この有用性を認めてもらえば、あるいは大きな商機になるのではないか。
となると、これはプレゼンである。
……私の苦手分野、またもや直面だ。
嫌な記憶が脳裏をよぎる。
前世で死の数年前、担当の営業が急病で倒れたとかで取引先のプレゼンを代打したことがあった。
結果はズタボロだった。
一通りの要点は頭に入っていたし、資料作りも問題なかったが、私のコミュニケーション能力がクソであった。
頭では分かっていても開発の人間としての発言しかできず、顧客の要望を満たせなかったのだ。
めちゃくちゃテンパった末、リアルに「デュフフw」的な発音までしてしまい、赤っ恥をかいた。
顧客に失笑されるわ営業に嫌味をしつこく言われるわで、とんでもない暗黒歴史な思い出である。
いやいや、でも、今はあの時とは違う!
まず代打じゃない。私が考えて、つまり企画して、自分のためにリウスさんを説得したい。
それにまたデュフフwコポォw的なことを万が一やらかしたとしても、ここにいる人たちは冷笑まではしないだろう。基本みんな私の味方だ。ただ、利害が絡む以上は理詰めで説得の必要があるだけ。
よし。落ち着いてきた。
今生の脳みそがハイスペックなおかげで、こんなことをグダグダ考えてもまだ2、3秒程度しか経っていない。うん、大丈夫。
氷を使った商売、どの程度までやるべきか。私自身の役割はどこまでか。
単なるお金稼ぎだけではなく、真に目指すべきところを想う。
ざっと考えを整理して、私は口を開いた。
「結論から言うと、氷――いいえ、冷蔵と冷凍と言ったほうがいいですね。これを使った商売は、非常に大きな可能性を秘めています」
前世で読んだプレゼンノウハウの本の通り、まずは結論から言ってみる。
とはいえ、これじゃあ話が飛びすぎだ。リウスさんが問いかけてくる。
「ずいぶんと話が壮大だね。大きすぎる可能性とは?」
「最終的には、輸送革命です。でもここまで来ると私の手には負えそうもないので、もっと手近な所でテストをしたいです」
「輸送革命?」
「はい。リウスさんは、ものを凍らせると腐敗しなくなるのはご存知ですか?」
「北方の狩猟民族が、冬に積もった雪の中に獲物の肉を保存する話は知っている。雪が解けるまで腐らず鮮度を保つとか」
お、知ってるのか。それなら話が早い。
ユピテルは温暖で冬も雪はまず積もらない。池や川も凍ったりしない。このお屋敷にある氷室の氷も、遠い北の山脈から運んできたという話だった。
だから冷凍のそもそもから説明しなきゃと思っていたが、手間が省けた。
「そのとおりです。水が氷に変わるよりも低い温度では、ナマモノも腐りません。あるいは、腐るとしても本来の何倍もゆっくりです」
「ふむ?」
「この性質を利用して、すぐに痛んでしまう魚介類や生肉や、果物などを冷凍すれば、新鮮さを保ったまま遠くまで輸送ができます。これが氷を使った商売の最終目標になると思っています」
「…………」
ティベリウスさんの両目がすうっと細められた。口元は相変わらず微笑んだままだが、なんだか背筋が寒くなる。
きちんと付け加えておこう。
「あのですね、もちろん、そこまで実現するにはクリアしないといけない問題がいっぱいあると思うんです。輸送用の樽に氷を詰めただけじゃ、すぐ溶けちゃいますから。魔法使いの訓練と人手確保から、断熱性の高い容器の開発、冷凍に向いた品物の選定に品質管理とか、まあいろいろあります。なので、輸送に関しては将来的なものと考えて下さい」
早口になってきた。まずいぞ、ティベリウスさんが思いの外真剣でちょっと怖い。テンパリ気味である。
「ですので! 今、私がやりたいのは、冷え冷えで美味しい飲み物とかき氷を庶民に提供することです!!」
よっしゃあ! 言いたいことを言い切った!
なんか、輸送革命の話からものすごくスケールダウンした感が強いが、今の私が手掛けられる商売はこんなものだろう。
部屋の中は静まり返っている。誰も何も言わない。
やばい、また滑っただろうか。やっぱり話があちこちに飛んだのがまずかったかな。
前世、私基準だときちんと筋道立てて考えたはずの話も、他人が聞くと飛び過ぎで訳わからんと時々言われてきたから……。
もうちょっと補足しよう。
「冷えた飲み物と氷菓子で、まず平民たちに冷凍、冷蔵の有用さを分かってもらいます。それでこの商売が広がれば、魔法使いの仕事も幅が広がります。今の魔法使いは、軍に入隊する以外はあまり選択肢がありませんので」
この世界はダンジョンとかはないので、魔法使いは活躍の場があんまりない。魔獣はたまに出るらしいが、本当に魔獣なのかただの珍しい獣なのかよく分からない状態だ。
「そうやって魔法使いの活躍の場を増やすことで、魔法使いを目指す人も増えるはずです。そうして人手を確保して、訓練を施して、将来の輸送革命に向けた準備をしていくのがいいと考えました。その手始めとして飲み物とかき氷です」
「なるほど……ゼニスの言いたいことは、分かった」
やっとティベリウスさんが答えた。
「輸送革命とやらが真に実現するとなれば、これは国家を揺るがす問題になる。フェリクス家門ひとつでは手に余る話だ。元老院に
そこで彼はちょっと肩をすくめてみせた。
「あまりにも話が遠大すぎて、今の時点で案件を持っていっても相手にしてもらえないだろうね。うちにはオクタヴィーがいるが、魔法使いの社会的地位と信用はまだまだ低いから」
魔法使いの社会的地位が低い、それは感じていた。知名度が低いのももちろん、なんか、大道芸人と大差ない扱いをされる時もあるっぽいのだ。ひどい話である。
なんとなくの勝手な予想だが、お尻から水を出す魔法とかが広まってしまって大道芸扱いされたのではないかと思う。
ティベリウスさんが続ける。
「だから小さなところで実績を積み上げる、その方向性は良いだろう。ただ、平民向けの飲み物と菓子は、いささか小さ過ぎないかな? せめて貴族や富裕層向けにしてはどうだい?」
「はい、それも考えました。けれどフェリクスのお屋敷に氷室があるように、貴族層に向けて冷たい飲み物はあまりインパクトがないと思うんです」
「ふむ。確かに冷えた飲み物も氷菓も、我々にとって目新しくはない」
「ですので、まずは平民にそれらを。次に、氷菓に工夫を凝らすとか、新しい飲み物を開発するとかで差別化をして、貴族層に進出。そのような流れを想定していたのですが、どうでしょうか」
「なるほど。色々と考えていたんだね」
ティベリウスさんは再び元の穏やかな笑顔に戻った。ほっと緊張がゆるむ。プレゼン、うまくいきそう、かな?
しかし彼はこう続けた。
「だが、それならばなおさら、平民向けの商売は不要だろう。いくら規模を広げたとて、所詮は銅貨の商売だ。労力の割にたかが知れている」
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