第四章 魔法の商売
第28話 ユピテルの街並み
前回までのあらすじ
田舎貴族の娘、ゼニスは元日本人の転生者。7歳の時、故郷の村で起きた害獣事件を機に魔力の才能を見出された。実家が属する家門の本家預かりとなり、首都で暮らし始める。
首都の魔法学院で魔法を学び、飛び級しながらスピード卒業をした。
遠い東の国からやって来た3歳年下の王子の持病を治したりもした。
その後9歳になったゼニスは、一人前の魔法使いとして身の振り方を考える。
++++
この世界の魔法や魔法使いは、一般的にあまり知名度がない。
魔法使いの人数が少ないのと、魔法の効果が限定的なのがその理由だ。
ユピテル人は建築物が好きで、何かの記念とかによく公共設備を建造する。公衆浴場然り、神殿然り、フォルムと呼ばれる公共の回廊広場然りだ。究極的には街道や上下水道なんかのインフラもそうだね。
これらの建築物は石造りだから、何百年も残る。功績者の名前を残して、長い間みんなの記憶に留めるのが立派な行為だと思われている。例えば私が私費を投じて浴場を作ったら、ゼニスの浴場と呼ばれるわけだ。
反面、魔法語の呪文を唱えて発動させる関係上、魔法の効果はその場限りのものばかり。後に残らない。
魔法使いの人数が少ないのも相まって、そもそも魔法というものが知られていない。
ファンタジー異世界によくある、魔道具や魔剣なんかがあれば違っただろうに、この世界にそういうのはないのである。
というわけで、魔法使いは就職先も限られる。
1、魔法学院に研究職、兼、教員として残る。
2、軍に入隊。
3、実家の家業を手伝う。
4、フリーの魔法使いとして便利屋的なことをする。
だいたい以上である。
1はオクタヴィー師匠がそれ。新しい魔法の活用方法を探りつつ教師もやる。研究者、教員どちらも片方だけでやっていくのは難しいくらい、魔法業界は小さいのだ。
2が人数として一番多い。魔法は水を出したり火を起こしたり、風を操作したりと軍隊の行動と相性がいい。
ユピテルの国軍は志願制の職業軍人から成り立っていて、魔法使い枠もある。軍人の仕事は過酷だけど名誉ある職とされていて、満期除隊をすると特典がいろいろついてくるので、人気も高い。
3、もともと首都の学院に通う学生は、実家が裕福な場合が多い。それで卒業後は実家に戻って家業に携わる。うまいこと魔法を生かしている人もいれば、ぜんぜん魔法関係ない仕事をしている人もいるらしい。
4は、本当に何でも屋。キャラバンの護衛兼補給係やったり、ひどいのになると野盗崩れになってたりする。
私は当然、学院に残る道を選んだ。だって私の魔法使いライフはこれからだからね!
ただ、そうなると収入にかなり困る。魔法学院の教師は今は満枠で、新人の私の出る幕はなかった。というか教師が子供では威厳の面でまずいようだ。そりゃそうか。
有用な新魔法を開発すれば学院が買い取ってくれたり、自分で売り込んだりできるのだが、今の私じゃ買い叩かれそうである。フェリクスを頼る以外にコネもない。
9歳になった私は、年齢的にはまだまだ子供だが、いつまでもフェリクス本家のすねかじりをしているわけにもいかないだろう。
でも今はせいぜいオクタヴィー師匠の雑用を手伝うくらいで、大したことができていない。
師匠は「私の手伝いをして、時々いい魔法のアイディアを出してくれれば、当面はそれでいいわよ」と言ってくれているが、どうだろう。おんぶにだっこじゃ中身アラフォーとしてはやるせないというか、もっと色んなことをやりたいというか。
とはいえ、アイディアを実証するために実験などをしようと思ったら、経費がかかる。この前の魔力石でよく分かった。
実は魔法学院に在籍を続けるにも会費が必要で、金欠の私はそれを払ったらすっからかんになってしまった。おかげで賃料が払えず、自分の研究室が持てなかった。学生時代と同じように図書室の一角に陣取って研究をしている。悲しい。
何とかして自活の道を探らなければ……。
季節はそろそろ初夏。
ユピテルの夏はお日様がカッと照りつけて、あまり雨が降らない。おかげで湿度は低めで、温度の割には過ごしやすい。
まだ盛夏よりは涼しいので、私は街歩きをしてみることにした。ユピテルの文化に触れるのと、アイディア探しを兼ねて。
9歳の私と13歳のティトの少女コンビだけでは、安全上ちょっと心配だった。
お屋敷の人に付添いを頼もうと思ったら、ラスとヨハネさんが来てくれることになった。強面のヨハネさんがいてくれれば安心だ。
そんなわけで、フェリクスのお屋敷のある高台から街へと降りる。
時刻はまだぎりぎり朝と呼べる時間。日差しもそんなに強くなく、過ごしやすい。
閑静な高級住宅地に反して、ユピテルの市街地はとても賑わっている。
広い石畳の大通りの両側にお店の軒が連なって、あちこちで呼び込みの声やら通行人の大声の会話やらが飛び交っている。
おや。よく見るとたまに商店の間に小さな門がある。
「あそこから上の階の住宅に入るんですよ」
ティトが教えてくれた。使用人仲間で通いの人が、ああいうアパートに住んでいるんだそうだ。
低層の方が作りがしっかりしていて、高層は木造。上の階に行くほど貧しい人が多いとのこと。日本と反対だね。
大通りから裏路地を覗いてみると、表通りの立派な様子が嘘のように薄暗く、狭い道が入り組んでいた。路地の奥の方には、建物の間に渡された洗濯物が干してある。石畳はすぐに途切れて、むき出しの土が土ぼこりを舞わせている。
薄暗い中に人影も見える。あまり人相がよろしくないタイプだ。
だいぶうさんくさい雰囲気だったので、裏路地に入るのは諦めた。ヨハネさんもユピテルの地理に詳しいわけじゃないし、ラスもいる。万が一犯罪に巻き込まれたら大変である。
表通りと、比較的きちんとした道を進んでいたら、広場に出た。
屋根のない列柱回廊が長く連なる公共広場、「フォルム」だ。たくさんの人々が行き来していて、露店や屋台も目立つ。柱の間にロープを渡して商品が吊るされていて、何を扱っているのかすぐに分かる仕組みだ。
ナツメヤシやくるみ、プラムなんかのドライフルーツを盛った籠が並べられていたり。
豆を何種類も並べているお店もある。
その横では銅細工の職人がハンマーを振るって、お鍋の修理をしている。その先にあるのは布屋さんかな? 仕立てもしているようだ。
「にぎやかですね!」
ラスが興奮気味に言った。今まであまり外出をしてこなかったから、新鮮なんだろう。
「シャダイの国のバザールを思い出します」
ヨハネさんも微笑んだ。
バザール、そうだね、ここは西洋というよりインドや中東の市場みたいだ。大通りは直線的で整理されていたのに、ちょっと歩くとこの混沌っぷり。不思議な街である。
私たちは露店をあちこち冷やかしながら歩いた。お店の合間、合間に小さな祠があって、花輪やお香が供えられていたりもする。どれも手入れが行き届いている。ユピテルは宗教的にゆるい国だと思ってたけど、市民の日常に信仰は根付いているんだね。
ティトが小物屋さんで足を止めた。視線の先には可愛らしいお花の髪留めがある。お値段は大銅貨5枚か。
お小遣いで買える値段のはずだけど、彼女は迷った末に首を振った。ううむ、ティトにもそんなにお給料払えてないからなぁ。
「ゼニス姉さま、髪留めが欲しいんですか? 僕が買いましょうか。プレゼントします」
私が微妙な顔で小物屋を見ていたせいで、ラスが気を使ったらしい。小国とはいえ王子様なので、それなりの余裕はあるんだろう。
「いいよ、いいよ! ラスは自分が欲しいものを買っておいで」
「そうですか……?」
こんな小さい子に気を使わせるとは、世知辛いね!
ティトと二人でこっそり、情けない苦笑を交わしたよ。
それからもしばらく見物して、ちょっと喉がかわいてきた。すぐ向こうにちょうどよく、屋台の軽食屋さんが出ている。
小ぶりの水瓶みたいのとカップが置いてあるので、飲み物もあるだろう。
「あそこで飲み物を買おう」
「はい」
こうして何気なく寄った屋台で、思わぬ出会いがあったのだ。
-----
フォローや❤、レビューの★ありがとうございます!嬉しいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます