第26話 魔力実験2

 魔力の実験はもう一つ計画している。

 以前、オクタヴィー師匠に過去の卒業課題を質問したところ、「お尻から水を出す魔法」なるものを教えてもらった。

 その時はただの冗談、ネタ魔法としか思わなかったのだが、よく考えればこれはけっこうすごいことではないか?


 呪文を唱え終えて魔法が発動する時、魔力を集めた部位――たいていは手のひらや指先――から魔力が引き出される感じがする。

 ということは、お尻にも魔力が集められるということだ。

 手指は魔力を集めやすいと言われているが、それ以外の場所でも不可能ではないのだろう。


 ならば魔力は体のどこにでも集められるのだろうか。

「血の流れに乗せて」とは魔力操作の常套文句である。血管が全身を巡っているように、魔力も体の中を移動しているのかもしれない。


 確かめる方法はすぐに思いついた。

 魔力に反応して光る石、魔力石を全身に貼り付けて魔力の操作をしてみれば、その動きが視覚的に見えるはずだ。


 そこで私は魔力石を買い集めた。

 1個だけは師匠が譲ってくれたのだが、今回の実験ではとにかくたくさん必要になる。

 魔法学院で取り扱っていると聞き、備品を管理している係のおじさんに聞いてみた。


「魔力石かい。うん、学生に販売もしているよ。1個、銀貨5枚だ」

「えっ」


 思いの外、お値段がお高かった!

 銀貨5枚は日本円に換算して、ざっくり1万円くらいである。

 実験に必要な数は最低でも30個程度を見込んでいた。さんじゅうまんえん……。

 以前、師匠からドライヤーの魔法のアイディア料で金貨6枚をもらったが、金貨1枚は銀貨10枚分。つまり全部で銀貨60枚。

 けれど必要個数の30個のお値段は、銀貨150枚。足りない。半分にも満たない。


 ど、どうしよう。今の私にはお金を稼ぐ手段がない。しかも締切もだんだん近づいていて時間もそんなにない。

 師匠にお金を無心する、のは、最終手段にしたい。まずは自分で何とかしないと。


「なんでそんなに高いんですか。魔力を測る以外に使い道ないのに」


 思わず文句を言ってしまった。


「そりゃそうだが、産出量も少ないんだよ。というか、たいして必要とされていないから流通もしていなくて、在庫も少ない。お嬢さんみたいに大口の購入があっても、言い値で買ってもらうしかないねぇ」


 需要も供給も少なすぎるせいで、融通がきかないようだ。くっそー、盲点だった。

 でも、魔力の動きを見る実験は絶対にやりたい。諦める訳にはいかない。

 必死で考えて、一つ思いついた。とりあえず、手持ちのお金で買えるだけの石を買う。合計で12個。

 12個の小さな乳白色の石を大事に大事に胸に抱えて、フェリクスのお屋敷に戻った。







 さて、元々持っていた1個と合わせて、魔力石は全部で13個。全身に貼り付けるのを考えると、全く足りない。

 思いついた考えは、石を割って数を増やす……である。

 30個以上は欲しいので、三分割すれば何とかなるだろう。

 ただこれ、割ってしまってもちゃんと魔力に反応するだろうか?

 1個、銀貨5枚の高級品だ。無駄にはとてもできない。


 とりあえず1個だけ割って確かめる。

 親指の爪くらいの小さい石だから、なかなか難しい。ノミとハンマーを借りてきて、敷き布を広げた上でエイヤッと割った。お値段を考えるととても緊張した。


 細かい破片も飛び散ったが、だいたいうまい具合に割れた。なんか、断面が平らなのとでこぼこなのがある。これ何だっけ、へき開? 一定方向によく割れるみたいなやつ。原子の結合が弱い方向があって、云々。

 ほら、雲母みたいな鉱物は一定方向にきれいにパキッと割れるよね。その現象。


 それはともかく、多少歪な三分割になった魔力石のかけらを手に取り、指先から魔力を流してみる。

 ちゃんと白く光った。光り方が弱いということもない。これなら使えそうである。


 ティトに手伝ってもらいながら、次々と割った。銀貨5枚が砕けていく様子に、ティトは非常に悩ましげな顔をしていた。私だって心が痛い、仕方ないんだよ……。

 途中からコツが分かってきて、へき開面に沿ってきれいに分割できるようになった。

 飛び散った粉みたいな極小のかけらももったいないので、きちんと集めておく。


 さて次に糊で体に貼り付ける。糊は小麦粉から作るでんぷんのりだ。パピルスっぽい紙の繊維接着によく使われているそうな。

 フェリクスのお屋敷でも書類関係の係の人が持っていたので、分けてもらった。


 自室で服を脱ぎ、全身ベトベトになりながら魔力石を貼り付けた。ティトが手伝ってくれたけど、ドン引きしている様子だった。


「お嬢様……。せめて下着はつけたらどうですか?」

「だめだよ。お尻も重要だもの。これは大事な実験なの、露出趣味とかでは断じてないから!」


 自分で言っておきながら、露出趣味というワードからローションプレイなどが連想された。私は前世以来喪女だけど、オタクでもあるので知識だけはちょっとあったりする。うむ、どうでもいい。


 というわけで、全身の主だった場所に魔力石の貼り付けが完了した。

 次は魔力を流す。


 まず、ゆっくりと手指に魔力を集める。利き手、右手だ。呪文は唱えない。全身でんぷんのり状態で水の魔法を使おうものなら、大惨事だし。


 手先の石が光る。自分で見た範囲では、肩口から光が順に灯っていった。


「ティト、どう?」


「額の石が最初に光りました。次に喉、胸、腕で、最後に手の先の方です。光はだんだん強くなった気がします」


 ほほう、額、頭部から魔力は来るのか。魔法を使いすぎると頭痛が起きるが、やはり頭部は重要な場所だったようだ。

 頭から魔力が流れるように進むのね。しかも徐々に強くなりながら。

 何度か同じように右手の先に魔力を集めたが、全て同じように石が反応していた。


「じゃあ次。お尻に魔力を集めてみるね」


「……はぁ」


 ティトはちょっとうんざりしたような顔をしながら、私の後ろに回った。

 お尻に魔力を集中させるのは、初めてだ。普通あえてやろうと思わないわ。発想が男子小学生レベル。

 しかし実験なので必要である。額の起点を意識しながら、体の中央を通してお尻へ。


「……光りましたね……」


 ティトがぼそっと言った。うんごめん、あえて光るお尻なんて見たくないよね……。

 確かに魔力が集まっている感じがする。ここで呪文を唱えれば、お尻から魔法が発動するだろう。

 ちょっと試してみたい気もするが、また今度にしよう。


「手の時と同じく、頭から順に背中、お尻というふうに光っていましたよ。でも何だか、手より強く光っています」


「お?」


 そういえば、体の中心を魔力が通った時にわずかに加速したような感覚があった。特に心臓あたりとお腹らへん?

 頭部の起点と同じように、そこも要所なんだろうか。心臓はもちろん重要な臓器だし、下腹部も丹田とかで有名だよね。


「もう一度、いろいろ意識してやってみる。光の確認お願い」


「はい」


 頭部、脳を起点に心臓を通り、下腹部へ。

 魔力の流れ道をイメージしながらやると、要所を通る度に魔力が明らかに加速した。体が熱い。特にお尻が……!


「強く光っています!」


 ティトの驚いたような声が、背後からする。

 やや薄暗い室内で、後ろから白い光が私を照らしている。すごい!

 光ってるのお尻だけど、すごい!!

 いやでも、お尻ばっかり熱くて困る!!!


 あれ? と、ふと思った。これ、どうしたらいいんだ?

 手に集める魔力は集中を解けば勝手に消えるんだけど、今、集中をやめると暴発しそうな気がする。

 つまりお尻爆発……? 嫌すぎる、勘弁してよ!


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