第25話 魔力実験1
魔法学院では、魔力は生き物に宿る特別な力とだけ説明された。あまりにもフワフワな概念である。
これをもう少し突き詰めてみよう。
魔法を発動する時、魔力が引き出されて消えるのは体感として分かる。
多くの場合、魔力は手に集める。そして呪文を唱えると魔力が引っ張り出されるような感覚があり、魔法が発動する。
だから魔力が存在しているのは間違いないのだが、これは一体どんなものなのか。
前世のゲームなどではHPとMPは独立していたが、ここではどうだろう。
とりあえず私は、「魔法を連続して使うと疲れる」という点に着目してみた。
魔法を使うイコール、魔力を消費するのを何度も続けると、疲労感を覚える。それでも無理して続けたら、倒れたり気絶したりする。
ということは、魔力は体のエネルギーを使って生み出すものなのだろうか?
でも、まだ決め打ちは出来ない。
例えば、呼吸。呼吸で酸素を細胞に取り込みながら、筋肉や脂肪に蓄えられたエネルギー源を消費して運動や生命維持の力を生み出す、あの仕組みだ。細胞の中でエネルギーを生み出すのは、ミトコンドリアだったっけ。
これを魔力に置き換えて考えると、どんなもんだろう?
体を動かすエネルギーは酸素とミトコンドリアが必須だが、魔力にも酸素が必要なのか?
それとも魔素的なファンタジーな何かが空気中に漂っていて、それを取り込んでいるとか??
ミトコンドリアも魔コンドリアみたいのがいるとか……?
ううむ、たとえそうだとしても、そこまで高度なことは私の知識レベルとこの国の科学技術じゃ確かめようがないや。
とりあえず、自分でできる範囲でやることにした。
まず、魔力の消費は本当に体の力を使っているのか、確かめたい。
計画はこうだ。
1週間サイクルで食事のメニューを統一し、活動する内容を変える。
1週目はひたすら魔法を使う。限界まで使う。そして、運動はしない。
2週目は魔法を封印し、とにかく体を動かして運動する。
3週目は魔法も運動もしない。何もしないでだらけまくる。
これで体重の増減を見ようと思う。摂取カロリーをなるべく同じにして、行動内容でどれだけ体に変化が出るか見るのだ。
が、問題が一つ。
今の私は8歳女児。育ち盛りである。体の成長がデータをぶれさせてしまうかもしれない。なるべくなら体が安定している成人でテストしたい。
これは魔法使いにしか頼めない仕事だ。そこで私は師匠に実験体となるようお願いしてみた。
「嫌に決まってるでしょ。3週間も拘束されるなんて冗談じゃないわ」
と言われた。うん、分かってた。
仕方ないので、自分自身でデータを取ることにする。
まずは1週目、魔法がんばるウィークからスタートだ。
魔法を使うのは面白いので、つい調子に乗ってやりすぎていたら3日目で頭痛&嘔吐コンボを決めた。ティトとラスを心配させてしまった。吐くのなんて何年ぶりかしら。
しかし頭痛と嘔吐というのはヒントになる。魔法を使うと脳みそに負荷がかかるのかもしれない。となると脳内物質がアレしてコレだろうか?
いや、なんだよアレしてコレって……。
前世で人体の不思議的なテーマは好きだったのだが、もちろんただの素人の興味レベルだ。アレしてコレってのがさっぱり分からない。ただ脳みそというのは色んな伝達物質? の放出体や受容体があるし、体とも密接に繋がっているとテレビで見た記憶があるのでメモっておく。
やはり、魔力は体内で作られる物質の一種では? と仮説。
4日目以降は吐かない程度に自重して、一週間を終えた時点で体重はちょっと減っていた。
吐いた分を差し引いても、やはり魔法はカロリーを消費する。と仮の結論。
2週目。運動ばりばりウィークである。
実は、前世では運動音痴だった。小学校の頃、ドッジボールなどやろうものなら真っ先に狙われ、一度ボールを当てられたら二度と戻ってこられないコースであった。
けれど今は人並である。ユピテルでは移動はひたすら歩くのがメイン。馬車とかもあんまり普及していないので、自分の足が頼りである。イカレポンチ幼女時代は野山を駆け巡っていたこともあり、足腰は丈夫で体力もまあまあある方だ。
で、先週お休みしてしまった分、ラスといっぱい遊んだ。
里帰りから帰ってきたラスはますます元気で、毎日お屋敷の中を走り回っている。何でも、次にアレクと会う時は駆けっこで勝ちたいんだそうだ。
「一回も勝てなくて、くやしかったんです。速く走れるようになって、びっくりさせてやります」
と、キリッとした顔で言っていた。頼もしいね。
ヨハネさんも引っ張り出して、お屋敷の外を散歩やジョギングもした。
ただこれらの運動は有酸素運動なんだよなー。筋トレとかも織り交ぜたらいいのでは? と思い、一つ前世を思い出した。
死ぬ直前に流行していた、リングにフィットするアドベンチャーなゲームである。
ブラック社畜でプライベートなどほとんどなかったせいで、お金だけはそこそこ貯まっていた。それで当時の私はあのゲームを一式買い、ろくにやる暇も体力もないまま終わった。
というわけで覚えているのは序盤のみだが、ちょっとエアプレイをやってみよう。
両手にエアリングを構え、モニタがあるつもりで中庭に立つ。えーと確か、最初のボスは樹木のポーズが効果ばつぐんだっけ。
ぐいーっとポーズを決めていると、通りかかったティトが険しい顔で近づいてきた。
「ゼニスお嬢様。その変な動き、まだやってるんですか」
と、ティト。
「え? まだってなに?」
私はエアモニタの中の中ボスに樹木のポーズで攻撃を仕掛けながら聞いた。
「小さい頃にやっていらしたでしょう。『じゅーもーくのポーズをくらえー!』と叫びながらあたしをぽかぽか叩いたの、覚えてませんか。4歳くらいの頃です」
「ごめん覚えてない」
「このお屋敷の人を叩いたら駄目ですよ。エルの家の使用人と違って、ゼニスお嬢様が主人ではないんですから」
「わかってるよ、叩くはずないって。てかティトよく覚えてるねそんな昔の話……」
「叩いた方は忘れても、叩かれた方は痛みを忘れないものです」
「うん、ほんとごめんね」
ティトはそのまま私のそばで見張りのように立っている。私はエアプレイがだんだん気まずくなってきた。しかも私が覚えているのはごく序盤だけで、樹木のポーズ以外はきちんと決められないのである。
私は諦めてエアリングを手放し、台所へ水を取りに行こうとした。
「お嬢様、どちらへ?」
「台所でお水もらってくる」
「そういうことこそ使用人をお使い下さい。貴族のゼニスお嬢様が厨房へいきなり入ったら、料理人が嫌がりますよ」
「はい」
私は大人しくうなだれて、ティトが持ってきてくれた水をごくごく飲んだ。素焼きの水差しから木製のゴブレットに注がれた、水道の水である。井戸水もあるが、首都では水道も通っているのだ。
その後、前世をだんだん思い出した私は、調子に乗って黒人隊長のブートキャンプとか、美容雑誌に載っていたキレイ痩せヨガとか、片っ端から試してみた。
すると今度はラスとヨハネさんが通りかかった。ラスは不思議そうに、ヨハネさんはもろに不審者を見る目で見てくる。
「ゼニス姉さま、なにをしているんですか?」
「え? えっと、これは……」
私はしどろもどろになった。冷静に考えてみれば、こういうエクササイズって知らない人から見たら奇行に映るんじゃないか。ヨハネさんの視線が痛い。
「えっと、えっと、これは……魔法の訓練!!」
しまった。焦るあまり、とっさに訳の分からん嘘をついてしまった。
「そうなんですか! 不思議な動きだけど、魔法なんですね」
ラスの純粋な瞳がまぶしい。
彼らは、というか魔法使い以外の人々は魔法について何も知らない。ヨハネさんは疑問に思っているっぽいが、ラスは私を全面的に信じてくれている。
「僕もやってみたいです。そしたら、ゼニス姉さまみたいな魔法使いになれるでしょうか」
「この動きは上級者向きだから、ラスはやめておこうね」
この妙な動きを真似なんぞさせた日には、ヨハネさんの地獄のお説教半日コースが待っているだろう。
ラスは残念そうにうなずいて、お祈りの時間だからと部屋に戻っていった。
「お嬢様、嘘はよくありませんよ」
今まで黙っていたティトが、ジト目で言う。
「嘘じゃないよ! 魔法の実験でやってるんだから。昔みたいに意味もなく変なことやってるわけじゃない!」
そうだ、そうだ。目的があってやってることだから、仕方ないのだ。
ティトはため息をついた。
「あたしはお嬢様の奇行に慣れておりますが、他の方が見たら何と思うか」
奇行言うなし。でも確かに、他の使用人や奴隷の人、それに万が一ティベリウスさんにでも見られたら死ねる。私の羞恥心と社会的評価が。
とはいえ実験をやめるわけにはいかない。効率的な筋トレとして、これらの動きが有効なのも確かだ。
「ティト、どうしよう」
「やめるつもりはなさそうですね。では、魔法の実験と周りに知らせておけばいいのでは」
「おお!」
他の人たちは魔法のことを何も知らないものね。崇高な実験でやっていると予め言っておけば、ダメージはかなり軽くなる。
「そうする。ありがとう、ティト」
「どうも」
「……でも、終わるまで見張りを頼んでいいかな?」
ダメージ軽減されたって致命傷が中傷になるくらいだ。できれば誰にも見られたくないわ!
力強く頷いたティトに背中を任せ、私はまたリングな冒険のエアプレイを始めた。
なお翌日、筋肉痛で死にそうになった。さすが若々しい子供の体、筋肉痛が素早く来る。前世じゃ翌々日だったよ!
体重は言うまでもなく減っていた。
そしてようやくラスト3週目、怠けるウィークである。
2週間頑張った反動ってくらいに、ひたすらだらだらした。ラスの追いかけっこもお休みして、彼が走るのを見るだけにした。
根を詰めない程度に書物を読み、お昼寝もする。食っちゃ寝である。
1週間もこの状態で飽きるかと思ったが、ぜんぜん飽きないうちに終了となった。もうちょいだらけていたかったくらいだ。
私は根が怠け者のようだ。うん、知ってた。
体重は減った分をしっかり取り返して増えた。むしろトータルで増えた。
リビングで体重を書いた紙片を片手に微妙な顔をしていると、ラスが手元を覗き込んできた。
「数字がいっぱい。どうしたんですか?」
「体重を記録してたんだよ。魔法の実験で必要なの。でも、最後にいっぱい増えちゃったなーって」
「ゼニス姉さまは細いですから。女の子はもっとふっくらしていた方がかわいいですよ」
そう言ってニコッと笑った。文字通りの王子様スマイルだ……!
でも私は知っている。この国では、前世の日本と美の基準がちょっと違う。かなり太ましい方が美人とされているのだ。
食糧事情とか生活レベルを考えれば、豊満さは富の象徴なんだろう。
別にそれは否定しない。健康に支障が出ないレベルなら太い方がいいくらいとも言う。
しかし前世のルッキズムに引きずられた私は、この一週間でついたお腹のお肉をつまんで、内心でため息をついた。
こうして、3週間に及ぶ実験は幕を閉じた。
結論として、MP的な魔力もやはり体の力を使っている。ミトコンドリアかどうかまでは分からないが、カロリーを消費する物理的な肉体に依存していると分かった。
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