第24話 新年を迎えて
今日は大晦日である。
ユピテルでの年越しは、うちみたいな田舎村であれば各家庭で過ごす。
家長であるお父さんが即席の祭司になって、家にある神々の祭壇にお供えとお祈りをするのだ。
首都では小高い丘の上にある大神殿に、最高神祇官――元老院の長である執政官が兼ねる――が祈りを捧げに行く。街中に明かりが灯され、幻想的な雰囲気の中を歩いて行くんだよ。それを皆で後をついていったり、灯火を掲げて道を照らしたりする。
私の家にもロウソクがたくさん灯されて、いつもとは違った装いになっている。
主だった神々、主神ユピテルとフェリクス家門の守護神の幸運の女神、農業を司る神にお父さんが祈る。
その後はお母さんにバトンタッチして、かまどの女神や出産の守護女神にお祈りをする。
一通りの儀式が終わったら、みんなでごちそうを食べる。
テーブルいっぱいに並べられた料理を見て、アレクがよだれを垂らしそうな顔をしている。
「今年のブドウの出来は、なかなかよかった。これならワインも期待できそうだ」
お父さんが上機嫌で言った。
「去年はリスが出て大変だったからなぁ。一時はどうなることかと思ったが」
「でも、おかげでゼニスの才能がフェリクスの本家に見出してもらえたんだもの。幸運も不運も表裏一体ね」
と、お母さん。
「まったくだ。ゼニス、これからも頑張るんだぞ」
「うん、もちろん」
私は力強く頷いた。この一年は勉強に費やして、これからいよいよ魔法使いとしての道が始まるんだ。張り切ってるよ!
……あと、それはそれとしてこの山鳥の詰め物焼き、おいしいな。
「姉ちゃん、こっちの山羊チーズの麦粥、すっげーうまいよ! 食べてみて!」
「おっ、チーズ? 私大好き!」
チーズリゾットみたいな麦粥は風味があっておいしい。私、チーズはそのまま冷たいのより、お料理で火を通したのが好きだね。
「ラスも一緒に食べたら良かったのに」
スプーンでチーズをすくいながら、アレクが口を尖らせた。
ラスとヨハネさんは「異教の祈りに加わるわけにはいかないので」と言って2人で客室にいる。彼らは彼らで、シャダイ教のやり方で新しい年を祝っているようだ。
スプーンから糸を引いて落ちかかったチーズを、私のお皿で受け止めながらアレクの愚痴に答える。
「仕方ないよ。シャダイ教の決まりは、ラスもヨハネさんも大事にしてるから」
「だいたいさー、神様が1人っていうのがわかんない。神様はいっぱいいるものじゃん。ラスの神様も、いっぱいいる神様の中のひとりじゃ駄目なの?」
アレクの言い分が、一般的なユピテル市民の意見だろう。この世界では一神教はマイナーなのだ。
アレクとしてはラスの神様も否定しないと言いたいのだろうが、一神教に対してその言い分は通らない。
「駄目なんだろうねぇ。神様はたった1人っていうのが、シャダイ教の教えだから」
「わかんねー」
アレクは頬を膨らませたままチーズのスプーンをぱくっと口に入れて、熱さで目を白黒させている。
「でもいいよ、神様がどうだってラスは友達だもん」
「うん」
熱いチーズをようやく呑み込んで、アレクはそんなことを言った。
それから家族の食卓は和やかに進み、お腹がいっぱいになった私とアレクはお風呂に入る。
フェリクスのお屋敷に比べれば慎ましい浴室だけど、内風呂があるのは便利でいいね。
お風呂から戻ると、村の人たちが一足早い新年の挨拶に来て、賑やかになっていた。お母さんが夕食の余り物の料理を配ったりしている。余り物というけど、貴族の家で作った立派な料理なので、こういうふうに村人に下げ渡すのも大事なんだってさ。
ティトがいたので、ちょっとおしゃべりをしたよ。
たまには夜更かししたかったが、昼間も外で駆け回って遊んだ上にお腹がいっぱいで、早くも眠くなってきた。
日本と違い、午前零時ぴったりに花火を打ち上げたりはしない。だいたい、そこまで正確に時間を測る時計もないよ。
訪れていた村人たちもだんだん帰っていって、家住みの奴隷の人が後片付けをしている。
こうして、今年最後の日は終わっていった。
新年になり、また日々がいくらか過ぎて、私たちが首都に戻る日がやって来た。
ラスが帰ってしまうのが嫌で、アレクは前の日から駄々をこねていた。
「やだやだ、ラス、帰っちゃやだ! ずっとここにいようよ」
「アレク、また会えますから」
なだめるラスも寂しそうである。
「アレク! わがまま言わないの。ラスが困ってるでしょ。また遊びに来るから、ちゃんとさようならしなさい」
弟の頭をコツンと叩くと、アレクは居間を飛び出していった。もうすぐ出発というのに、どこへ行くのか。
まあ、「今度は遊びにおいで」と言えないのが辛いところである。私もラスもフェリクスの居候なので。
荷物をまとめて玄関を出たところで、息を切らせたアレクが戻ってきた。
「これあげる!」
ラスに握りこぶしを突き出して、手の中の何かを渡したようだ。
「これ、なんですか?」
受け取ったラスは、小さい白っぽいものを手のひらに乗せている。
「俺の宝物の、リスの歯! 前歯の一番りっぱなやつを抜いてきたから」
おぉう、例のリスの頭蓋骨か……。さすがに最近は首から下げるのをやめたようで、安心していたのだが。
「姉ちゃんとティトにもあげる。横の小さい歯」
アレクは私たちにも歯をくれた。正直いらない、いや、彼の気持ちが嬉しいよ。
「ヨハネさんは奥歯」
なんと、ヨハネさんの分もあった。ヨハネさんは一瞬困った顔をしたが、そこは大人。すぐ笑顔になって受け取った。
ラスは前歯をハンカチで大事そうにくるんで、荷物に入れた。
「アレク、ありがとう。大切にしますね」
「おう。また遊びに来なよ」
「うん、必ず!」
こうして私たちは、それぞれリスの歯を持って首都への道を歩き始めたのだった。
帰り道、みんなで今回の思い出話をしながら歩いた。
里帰り、楽しかったな。明日からまた頑張るエネルギーをもらった感じ。
私の卒業課題のテーマもだいたい固まった。魔力についていくつか実験をして、その結果をまとめよう。
さあ、新しい年が始まるぞ!
+++
小話「その頃のフェリクスの屋敷」
いつもはにぎやかなリビングに、ティベリウスとオクタヴィーだけがくつろいでいる。
「オクタヴィー、ゼニスがいなくて寂しいかい?」
「まさか。うるさいのがいなくて、せいせいしてるわよ」
彼女はそう言うが、ゼニスたちの帰宅日を気にしているのをティベリウスは知っている。
「お前の子供嫌いもずいぶん改善したね。あの子のおかげかな?」
「……まあ、『子供』の一括りで避けていたのは、少しだけ反省してるわ。少しだけ」
オクタヴィーの見たゼニスは、不思議な子供だった。やけにしっかりしていたり、包容力すら感じる時もある反面、間が抜けていてバカみたいな失敗もする。
当初ゼニスを避けていたオクタヴィーに対して嫌う素振りも見せず、師匠と呼んで懐いてくる。
ランティブロス王子の持病を見事に鎮めて見せたと思えば、5歳の王子と同レベルで追いかけっこをしていた。
「変わった子よね」
「そうだね。頭はかなりいいと思うが、残念なことに腹芸は苦手なようだ。貴族社会には向いてないね」
「いいんじゃない? 政治関連の人材は他にもいるでしょ。あの子は魔法で才能を伸ばして、貢献してもらえば」
「うん。最低限だけ社交をやらせて、後は彼女の適性に任せよう」
フェリクス本家も慈善事業で分家の支援をしているわけではない。才能を見つけたら拾い上げ、本家に貢献させるのが目的だ。
様々な利害と思惑が絡み合う貴族社会で、自らの勢力を伸ばすのに必要な処置だった。
「俺としてはやはり、オクタヴィーの後輩が出来たのが嬉しいね」
「魔法使いは数が少ないものねぇ。もっとも、それだけ利益の独占も狙えるわ。見てなさい、この分野でフェリクスを一番にしてみせるから」
「期待しているよ」
兄妹はよく似た眼差しを交わし合う。野望と責任感と、自信に満ちたプライドを滲ませて。
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