第23話 犬の湯たんぽ
実家に帰ってきたら、思った以上に心が軽くなっている。
なにせ中身は40歳なので、ホームシックなんて今更だと思っていたけれど。いくつになっても故郷というのはいいものだ。
前世じゃ一人暮らしを始めたのは、大学卒業して就職した22歳だったっけな。あの時は慣れない職場と初めての一人暮らしで寂しくて、夜に布団の中で泣いたりしてたんだった。もうずいぶん昔になっちゃった。
アレクとラスは親友か兄弟みたいに仲良くなって、毎日そこらを駆け回っている。
ラスの体調が心配だったけど、思いっきり遊んで、夜は体力を使い果たしてぐっすり眠って……と楽しそうだ。今のところ、過呼吸の発作も出ていない。一応、外遊びの時は私かヨハネさんがついていくことにしている。
私も彼らに付き合って走ったり、木登りしたりしている。もちろんもう落ちたりしないよ!
番犬の黒犬のフィグ、白犬のプラムも引き連れて、地面を転がるようにして遊んでいた。
犬たちはどちらも男の子で、プラムの方がおじいちゃん。私と同じ8歳である。
日本なら犬も15歳くらいまで生きたけど、ここでは寿命はもっと短い。10歳まで生きれば長生きだ。
だからそろそろ、プラムは衰えが目立つ。私が小さい頃は元気に走っていたのに、今は休み休み。右の後足がちょっと悪いようで、たまに引きずっている。
小さい頃からずっと一緒にいる子だから、できれば長生きして欲しいのだが……。
ちょっぴり切なくなりながら頭を撫でてやったら、プラムはヘッヘッヘッと舌を出しながら笑った。犬も笑うんだよね。かわいいね。
まだ若いフィグはアレクが投げた枝を空中でキャッチして、持って帰っている。
今度はラスが投げたが、アレクほど上手に投げられなくてフィグがジャンプを空振ってしまった。あれ、投げる方の技量もけっこう問われるんだよねぇ。
「どうやったらアレクみたいに投げられるんですか?」
「こうやって、体ぜんぶの力をかけて投げるといいぞ。父さんに教えてもらった」
そんなことを言いながら、2人と1匹で楽しそうにしている。
弟たちを眺めながら、私はぼちぼちと魔法学院の課題を考えていた。
故郷の村で皆が地に足をつけて暮らしている様子を見ていると、私の課題も派手さは必要ない気がしてくる。
堅実に、けれど確実な一歩を踏み出せるような、そんなテーマ。
過去の卒業生たちは新しい魔法そのものや、既存の魔法の目新しい使い方を発表していたけど、私はどうしようかな。
実は一つ気になっていることがある。
魔法は呪文を唱えて結果を発動させる手法ばかりが発達していて、そもそも魔力とは何か、どうして魔法が発動するのか? という視点がほとんどないのだ。
だいたい魔法語だって出自不明の謎の言語。誰が考えたのか、そもそもこれを母国語とする民族がいるのかどうか、何もかもはっきりしない。
一応、魔法の成り立ちは言い伝えがある。今から1000年ほど昔、北方に広がる森林地帯の奥で精霊から授けられたという説だ。
しかし「1000年」は正確にそうではなく「すっごい昔」くらいの意味合いだし、精霊とは何かも具体的に分からない。本当に何も分かっていない状態なのである。
そして、この世界の魔法はあくまで呪文を唱えて発動させるもの。無詠唱はありえない。
ファンタジーでよくある魔道具のたぐいはない。魔力電池のような魔石もない。辛うじて魔力に反応して光る、例の石があるくらいだ。
魔法語の呪文を紙やその他のものにそのまま書いても、特に何も起きない。
どうして「魔法語」を「発声」する必要があるのか。それも謎のままだ。
魔力と魔法の仕組み、この辺りをもっと解明できれば、魔法も更に発展するのではないかと思う。
しかしそうなると、どういう切り口で研究しようかな……。
あまり風呂敷を広げすぎると、来年の夏の締切を過ぎてしまいそうだし。
職業・魔法使いになったら、研究は引き続き出来るだろう。ならばテーマはある程度絞って、きちんとまとめられる範囲にすべきか。
そんなことをつらつら考えていたら、不意に生暖かいものがべちょっと顔に当たった。
見ると老犬のプラムが私の顔を舐めている。難しい顔でうんうん唸りながら考え事をしていたせいで、心配させてしまったようだ。
「なんでもないよ、考え事も楽しいからね。よしよし」
撫でてやれば、安心したようにゆるく尻尾を振った。賢い子だ。……でも、ちょっと口臭がクサイな!
「帰ったら一緒にお風呂入って、歯磨きする?」
「ヘッヘッヘッ……」
まあいいか、この寒い中に無理にお風呂に入れて風邪引いたら大変だし。ユピテル人はお風呂好きだけど、犬を洗う習慣はあんまりない。夏にタライに水を張って水遊びがてら何となく洗うくらいだ。
ちょっぴり口は臭いがプラムはかわいい。じっとしていると冬の寒さがじわじわ染みてくるので、湯たんぽ代わりに犬に抱きついた。
うーん、もふもふ!あったか!
故郷に帰ってきて早数日。もう新年は間近である。
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