第三章 魔力の不思議

第22話 一年ぶりの故郷

 季節は冬。首都ユピテルにやってきて、二度目の冬である。

 しかし感慨にふける暇もなく、私はたいそう焦っていた。

 ラスとの生活を重視するあまり、魔法学院の卒業課題をすっかりさっぱり忘れていたからだ。

 この辺も私の悪癖が出た感じがする。一つのことに集中すると、他のことが思いっきりおざなりになる。力の配分というか、マルチタスクが下手くそなんだよ。


 過ぎた時間を悔いてもどうにもならない。卒業課題の最終締切は来年の夏なので、まだまだ余裕はある。

 ほんの3ヶ月ばかり忘れていただけさ!


 で、気持ちを切り替えてエンジンをかけたいところなんだけど、年末は実家に帰っておいでと両親から手紙をもらっている。

 そういえば丸一年以上帰省していない。私だけならともかく、ティトだってそうだ。

 一度家族の元に帰って、無事な姿と成長したところを見せるべきだろう。

 不幸中の幸いというか、課題はまだ何一つ手を付けていない。何をテーマにするか考えるところからなので、それならば移動中でも帰省中でもできるからね。


 というわけで、ティベリウスさんに帰省の相談をした。


「もちろんいいよ。むしろゼニスの年齢で一年も帰らず、よく頑張ったね。年末年始は家族で過ごすといい」


 と、快諾してくれた。

 だが、もう一つ懸念がある。


「ラスがついてきたがっているんです。連れて行っていいですか?」


 実家に帰る話をしたら、ゼニス姉さまの故郷を見たいと言い出した。単なる話の流れかと思ったら案外頑固で、何度も一緒に行きたいと言われている。


「ふむ……」


 リウスさんは顎に手を当てて少し考えた。


「特に問題はなさそうだね。むしろ今、一番懐いているゼニスと引き離せば、また不安に陥ってしまうかもしれない。ランティブロス王子の健康は、先方への移動と滞在に耐えられる程度に回復したんだろう?」


「はい」


 首都から故郷までは片道2~3日。子供の足ならもう少しかかるかな? くらい。滞在を含めて二週間位を見積もっている。道中ものんびり行くつもりだし、別に問題はないはずだ。


「では、連れて行ってあげるといい。実家のご両親によろしく伝えてくれ」


 リウスさんはそう言って、路銀とお土産を持たせてくれた。私は恐縮して断ろうとしたが、王子の分ということで受け取ることになった。







 そんな経緯で首都を出発した。私、ティト、ラス、ヨハネさんの4人である。

 故郷から首都に来る時は案内人をつけてもらったけど、今回は大人のヨハネさんがいるからなしになった。一度通った道で特に複雑でもないので、順調に進んで故郷の村に着いたよ。

 お昼すぎに村まで着いたら、入り口のところでお父さんとお母さん、アレク、それにティトの家族が出迎えてくれた。


「おかえりなさい、ゼニス!」


 お母さんが一年前と変わりない笑顔で、手を広げてくれる。私はその腕に飛び込んだ。

 懐かしい土とお日様の匂いがする! 落ち着くなぁ……。


「ただいま!」


「元気にしてた?フェリクス本家の皆さんと仲良くしてた?」


「うん」


「あちらがランティブロス殿下だな?」


 お父さんが私の髪をくしゃっと撫でてから言った。

 前もって手紙で事情は説明してある。私はうなずいた。

 それぞれに紹介し合う。アレクは同い年のラスに興味しんしんだ。

 一度実家に行って荷物を降ろしたら、さっそく話しかけていた。


「ねえねえ、王子様なんだって?」


「そうです。兄様が二人いて、僕は第三王子」


「兄ちゃんがいるのか! 俺のとこは姉ちゃんだけだよ」


「ゼニス姉さまですね。アレクの話は姉さまから聞いています」


「ふーん、そうなの? まあいいや、それより遊びに行かない? ブドウのマルクスごっこしよう!」


 ブドウのマルクスごっことは??

 聞いたことのない言葉に私は首を傾げた。一年前はそんなのなかったはずだが。


「おっきなブドウから生まれたマルクスが、悪いリスを退治するお話だよ! マルクス役とリス役をかわりばんこにやるの」


 アレクは誇らしげに答えてくれた。

 なんだそれは、桃太郎の亜種か……?

『マルクス』はユピテルで非常にありふれた名前で、日本語の太郎みたいな意味合いだろう。

 なんか、前に私がアレクに話した日本昔ばなしがご当地風にアレンジされたらしい。桃、ここらでは見たことないものね。


 押せ押せなアレクに対し、ラスはちょっと困っている。同年代の子が今まで周りにいなかったので、どうしていいか分からないようだ。

 私とヨハネさんを交互に見ているので、声をかけた。


「よし、ラス、一緒に行こう。私も久しぶりに村の子たちに会いたいから。……ヨハネさん、いいですか?」


「構いません」


 ヨハネさんはうなずいてくれたが、意外にアレクが文句を言いだした。


「えーっ、姉ちゃんも来るの? ブドウのマルクスは男の物語なのに」


 うわ、一年ですっかり生意気になってる! 呼び方も『おねえちゃん』から『姉ちゃん』になってるし?


「物語に男も女もないでしょ! わがまま言うなら、私の必殺技でぶっ飛ばすよ!」


「わー、やめてー!」


 イカレポンチ時代の勢いで凄んでやったら、きゃらきゃら笑いながら走っていった。まったくもう。

 私たちのやり取りに目を丸くしているラスの手を取って、アレクの後を追いかけた。







 ラスと村の子供たちはすぐに仲良くなった。

 冬の木枯らしが吹くのもなんのその、みんなでブドウのマルクスごっこをやって、その後は追いかけっこ。

 ユピテルの子どもたちの定番の遊び、クルミ投げもしたよ。

 すっかり葉を散らしたブドウ畑でかくれんぼも楽しんだ。




 気がつけば夕暮れ時だ。三々五々、子供たちは家に帰っていく。

 そういや勢いで家を飛び出してしまったけど、両親とヨハネさんは気まずくなっていないだろうか。両親には手紙でエルシャダイ国についてざっと説明してあるが、どこまで伝わったか分からない。

 ううむ、また考えなしに行動してしまった。ちょっと反省しながらアレクとラスと3人で家に戻ったら、意外に和やかな雰囲気だった。お父さんとお母さん、ヨハネさんで大麦のお茶を飲みながら談笑している。


「あら、おかえり。楽しく遊んできたかしら?」


 お母さんが笑顔で言う。


「もう少しで夕食の準備ができますからね。お茶で体を温めていなさい」


「はい、ありがとうございます」


 ラスがきちんとお礼を言って、お母さんはにっこりした。


「ヨハネさんに、ゼニスの話を聞いていたの。いっぱい褒めて下さったわ」


「あの暴れん坊のゼニスがなあ。信じられないよ」


 お父さんがしみじみしている。暴れん坊っていうかイカレポンチね……。

 どうやら彼らは私の話で場を繋いでいたらしい。共通の話題としては無難だろう。オトナの対応だね。

 そうこうしているうちに夕食が出来上がり、皆で席についた。

 ラスとヨハネさんはいつもどおり食前の祈りを唱える。


「ねえ、あれ、なにやってんの?」


 アレクが小声で言った。


「シャダイ教の決まりなの。いろんな決まりがあるけど、ラスたちにとっては大事なものだから。からかったり、変な目で見たら駄目だよ」


「ふーん?」


 アレクは分かったのかどうなのかって感じだったが、両親は承知しているらしい。嫌な顔もせずお祈りの終わりを待って食べ始めた。

 料理についても食材を説明して、食べられるかどうか確認している。

 そんなわけで夕食も良い雰囲気で終わった。その後、ヨハネさんとラスは移動の疲れが出たからと早めに客室に引き上げていった。


「お母さん、配慮バッチリだったね。首都でもシャダイを変な目で見る人多いから、心配してたのに」


「ゼニスの手紙の他に、ティベリウス様からも念押しされてたのよ。文化も風習も違う人たちだから、分からない点は率直に聞いて、その通りにするようにと」


 ううむ、そうだったのか。


「東の国境、アルシャク朝の隣の国なんだろう? かなり遠いよなあ。なら、習慣が違ってもそういうものかと思ったよ」


 と、お父さん。

 そうは言っても偏見を持たないでいられるのは、けっこうすごいことだと思う。イカレポンチ幼女をきちんと育ててくれたり、うちの両親はよく出来た人たちだ。


「明日もラスと一緒に遊ぶんだ!」


 アレクは張り切っている。きょうだいは姉の私だけだから、男の子が家にいるのが嬉しいらしい。




 こうして、久しぶりの実家滞在は楽しい空気の中で始まった。

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