第18話 異国の小さな王子様

 突然だが、ユピテル共和国のある制度・慣習を説明したい。


 ユピテル共和国はこの周辺一帯でダントツ一番の大国である。最初は半島の片隅の小都市国家に過ぎなかったが、その後めきめきと力をつけて周辺諸国を呑み込んで成長していった。

 成長の秘訣は軍用道路に代表されるインフラ整備や、統率の取れた集団戦の徹底などがあるが、重要な施策として併合地域のユピテル化も外せない。


 戦争で勝利してその土地を占領すると、ユピテルはまず元々の統治制度をある程度残して、支配下に置く。例えばその土地を支配していた豪族などがいれば、彼らの中から親ユピテルの者を選んで代表とする。そうすることで占領後の混乱や反発を最低限に抑えるのだ。


 そして、その豪族の若年の子弟を首都ユピテルに留学させる。

 留学といえば聞こえがいいが、人質も兼ねている。親がユピテルに歯向かったら、人質の命はない。

 でも留学の側面があるのも本当で、親たちが大人しくしていれば子弟は丁重に扱われ、ユピテル式の教育を施される。

 ユピテルは大国だけあって、文化レベルも生活水準も他の国よりかなり高い。だいたいの子弟は祖国にいる頃よりいい暮らしをする。同じくらいの年頃のユピテル貴族の子と友だちになり、一緒に学んで過ごす。


 すると、子供やごく若い年齢の子弟たちは、すっかりユピテルシンパになって帰郷をする。その頃には占領地も落ち着いているので、ユピテル方式の統治法を導入して完全にユピテル化するというわけだ。

 同時に庶民たちは占領地を植民地として積極的に進出する。現地の住民と結婚が奨励されているので、結ばれて子供を作れば、生まれた子供はユピテル市民権を得る。


 これをえげつないと取るか、優れた融和政策と取るかは人によるだろうが、効果的なのは実証済みだ。

 実際、留学した子弟の子供世代になると、自分たちを完全にユピテル市民、ユピテル貴族だと考えている人が多い。

 広い領土でありながら国家としてまとまりを持っている理由は、このやり方も一つの重要な柱なのである。






 説明が長くなってしまった。

 そのようなわけで今、私はティベリウスさんの執務室にいる。目の前には小さな男の子と、いかめしい顔の男性。

 東の国境近くからやって来た、ランティブロス王子と世話役のヨハネさんだ。

 小さな王子様はユピテルの東に位置するエルシャダイ王国の第三王子。この国はユピテルの属国だ。名目上は独立国の体裁を保っているが、事実上の占領地である。


 王子様は例の留学制度によって首都に送られてきた。兄が二人いて、長兄の第一王子はすでに成人済み、祖国で父王の補佐をしている。第二王子はやはり留学中で、他の大貴族の家に預けられているそうだ。

 それで今回、第三王子のこの子がフェリクスの預かりとなった。


「当家では、ちょうどいい年頃の直系の子が今はいなくてね。分家筋から預かっているゼニスが、一番近い年になる。学友として、また年上のユピテル貴族の子としてランティブロス王子のよき友となってくれ」


 リウスさんが言う。

 王子様はくるくる巻き毛の濃いめの金の髪に、金色に見える明るい茶の目。年齢は私の3歳年下の5歳とのこと。弟のアレクと同じ年だ。

 でもこの子はやせっぽっちで小さくて、私の記憶にある4歳のアレクよりもむしろ幼く見えた。長い旅の後に知らない場所に連れてこられたせいか、おどおどと周囲を見回していた。


「ゼニス殿。よろしくお願いいたします」


 ヨハネさんが口を開いた。あまり愛想がいいとは言えない低い声だった。


「は、はい、こちらこそ。よろしくお願いします。ランティぶりょす殿下」


 噛んだ!! めっちゃ噛んだー!

 だって、私だって急な話で驚いたし緊張してたんだよ! 本物の王子様なんて初めて見たもん! それにこの子の名前、ユピテルじゃあんまりないタイプの発音だし!


「すみません、失礼を! どうかお許しください」


 立場上はユピテルの大貴族のほうが強いのかもしれないが、あくまで私は分家の生まれ。初対面でやらかした失礼はちゃんと謝らなければ。

 目を上げると、ヨハネさんは不機嫌な顔をしていた。当たり前だ、いきなり主君の名前を噛まれたんだもの。

 けど、当の王子様はきょとんと目を丸くした後に、くすくすと笑った。


「だいじょぶです。怒ってません。僕の名前、むずかしいですか?」


「えっと、そうですね、ちょっと長いですね……」


 焦るあまりまたぶっちゃけてしまった。変な汗が出る。


「じゃあ、ラスって呼んでください。母さまはそう呼んでいました」


「え……はい」


 はにかむように笑うラス殿下は、とてもかわいらしい。つい「はい」と返事をした後にヨハネさんを見ると、めちゃくちゃ苦い顔をしていた。怖いんですけど。

 でも面と向かって反対されることもなく、今後はラス殿下と呼ぶことになってしまった。

 リウスさんが笑顔で続ける。


「うん、仲良くやれそうで安心した。やはり子供は子供同士、通じるものがあるんだね。ゼニス、殿下をくれぐれもよろしく頼むよ」


「はい……」


 実質上の当主のティベリウスさんにそう言われたら、私に拒否権はない。

 私をこの部屋に連れてきた師匠を見ると、あからさまにあさっての方向を見ていた。あんまり助力は望めそうにない。おのれ。


 こうして私は、ランティブロス王子の「ご学友」に任命されたのだった。

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