第15話 巻物くるくる
あっという間に二年次クラスを飛び級してしまったので、三年次クラスに進むことになった。
その辺の手続きはオクタヴィー師匠がさくっとやってくれた。魔法学院は要は私塾なので、その辺はテキトー……いや、柔軟なのである。
ただ、魔力操作とイメージについては十分だけれど、基本的な呪文の暗記は必要だった。
というわけで、1ヶ月ほど図書室通いをすることになった。オール自習だ。おかげで図書室の管理人さんとちょっと仲良くなったよ。
書物で各種の呪文を覚え、その魔法で起こす現象の本質なるものをイメージする。イメージするものは各人で微妙に違うようで、例えば水ならば、山奥の清流を思い浮かべる人もいれば、深い井戸水を想起する人もいる。結果として魔法が発動すればいいのだそうだ。
私の場合は知っている限りの科学知識を織り込むことにした。
水は分子。
風は気圧差。あと、ビル風なんかは風の通り道が建物で遮られ、避けて通ることで結果、風が集中して突風になるよね。
火は熱、熱運動エネルギー。燃焼に限って言うなら、熱と酸素と可燃物。
土。石つぶてを射出したり土壁を出したり、地面を掘り起こしたりする魔法があって、これには苦労した。結局科学を織り込むのはほとんどできず、妄想力頼みになってしまった。
前世の職業はプログラマで、大学は文系だった。理系だったらもっとばっちり知識を入れられたんだろうなあと思いながら、なけなしの記憶を必死に思い出してみたよ。
でも、前世の科学だって全てを明らかにしたわけじゃない。そういう意味では、ふんわりした文系のイメージも捨てたものじゃないと思う。だいたい、古代水準のユピテルの人々だって魔法を使いこなしてるんだ。科学知識で足りない所は、妄想力全開で補ってやるぜ!くらいでいいのかもしれない。
オクタヴィー師匠も最近は態度を軟化させて、私を変に避けなくなった。積極的に仲良くしてくれるわけではないが、だいぶ進歩だ。
おかげで独学だけじゃ分からない点もちゃんと教えてもらっている。
魔法の実践は魔法学院やフェリクスのお屋敷のお庭で。火とかものによっては危ないので、師匠とティトの立ち会いのもとにやっている。
余談だけど、ユピテルの書物はパピルスみたいな繊維の長い植物を薄く切って縦横に張り合わせた紙で出来ている。羊皮紙もあるにはあるけど高価で、たくさん紙を使う書物にはまず使われていない。そして、前世のような和紙や植物由来紙は存在していない。
書物の一番の特徴は、冊子じゃなくて巻物形式という点。
この書物読みたいなーと思ったら広いテーブルに持ってきて、くるくる広げて読むの。
最初は面白がってやってたけど、もう不便でしょうがない。
途中まで読んで、しばらく前の内容を見返したいと思ったら、またくるくるやらないといけない。別の書物の一部だけ読みたい時もくるくる、くるくる……。めんどくさいわ!
あまりにめんどくさかったので、ページごとに切り分けて冊子として綴じたらどうかと師匠に言ってみた。
すると答えはこうだった。
「嫌よ。だいたい、巻物を手繰る仕草がかっこいいのよ。冊子とやらにしてしまったら、重厚さが薄れるじゃない」
かっこいいからが理由なのかい!
まあ、図書室の書物を作り変える権限は師匠にはないと思うけどさ。あと確かに、
そんなわけで、一部苦労はしたものの、おおむね順調に基本呪文の習得も終わった。
書物を読んでいると面白くてあちこち寄り道したせいもあり(つまりそれだけくるくるした)、1ヶ月少々かかってしまった。そろそろ夏も後半だ。
去年の初冬に実家を出てユピテルに来てから、もう8ヶ月くらいか。
基礎教養の勉強に1ヶ月半程度。魔法学院の一年次クラスで魔法語を学んだのが5ヶ月くらい。で、今回の呪文習得で1ヶ月ちょい。
毎日頭に色んなことを詰め込んで、あっという間だったなぁ。
あ、そうそう、私は8歳になったよ。前世と合わせてちょうど40歳だ。
ユピテルでは個人の誕生日を祝う習慣は薄いんだけど、当日はティトが特別にクッキーを焼いてくれた。実家のレシピで、素朴で固いやつ。蜂蜜をもらってチマチマと垂らしながら、二人でバリボリ音を立てて食べた。おいしくて懐かしくて、その日はちょっとホームシックになってしまったよ。
実家とは月イチくらいで手紙のやり取りをしている。
向こうはブドウの繁忙期に入ったみたい。アレクはリスの生首を加工してもらって、頭蓋骨に紐を通して首にさげているんだそうだ。どんな蛮族だよ。
冬になってブドウ収穫とワイン造りが一段落した頃、一度里帰りしたいな。初歩の魔法は使えるようになったから、お披露目して驚かせてあげよう。
さて、明日から正式に三年次クラスに進級になる。
ここまでは駆け足だったけど、次はどんなことをするのだろうか。楽しみだね。
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