第12話 お勉強な毎日

 こうして、首都での生活が始まった。

 家庭教師は近隣国出身のおじいちゃんで、身分は奴隷だった。

 え、先生が奴隷?と思ったのだが、ユピテル共和国では学問の家庭教師は奴隷が多いらしい。

 おじいちゃんの出身国、グリアという国は長い歴史のある国で、100年以上前に最盛期を終え、ユピテルに戦争で負けて以来衰退している。グリアは学者の多い国だったので知的階級の人々も多く奴隷になり、ユピテルに連れてこられて貴族や裕福な市民の家庭教師をやっている。


 なお、ユピテルに公設の学校はない。貴族や裕福な家では、幼少期は家庭教師に教わり、それ以降は各家庭の方針で私塾に通う。

 中流以下の平民であれば、街なかでやっている寺子屋みたいな私塾に行く。


 ついでに言うと公営病院もない。もちろん健康保険もない。また、国会にあたる元老院の議員は手弁当で、国家から給料は出ない。公務員の数は最低限。

 軍事費は莫大だけどそれ以外の支出があんまりないので、ユピテルの財政状況は割と健全であるらしい。小さな政府ってやつかな。


 なんか話がそれたが、ともあれ私はおじいちゃん先生に基本の学問を教わり始めた。

 最初は読み書き。テキストは歴史書で、一石二鳥の勉強法である。古代風の国らしく国家黎明期は神様がいっぱい出てきたりして、ファンタジー好きとしてはなかなか面白い。

 主神は天空の支配者にして雷神のユピテル。その他の有名どころの神様は大貴族の祖先ということになっていた。我がフェリクス家は幸運の神の末裔であるらしい。私のラッキーはこの神様のご利益だったりしてね。


 歴史は最初期こそファンタジックだったが、その後は堅実に移っていった。別に神様が現実に降臨したりとか、そういうこともないようだ。転生を司る女神様とかおらんのかね。いなさそうだね。


 読み書きはすぐ覚えた。ユピテル語は簡潔明瞭で、英語みたいなSV構成。日本語よりよっぽど簡単だと思う。文字もアルファベットみたいな表音文字なので、覚えるのが少ないのもいい。

 次は算術、これも問題なし。

 歴史、割と面白かったのでするする覚えた。

 中身はアラフォーだけどゼニスの体は7歳なので、脳みそが柔軟で物覚えがいい。とても助かる。


 かなりのスピードで勉強が進んだので、おじいちゃんが驚いて「ゼニス様は天才ですな」などと言っていたが、そんなことはない。算術に関しては完全に前世知識だし、読み書きだって子供向けの丁寧な教え方だったから。あとはまあ、前世で一応は大学まで行って受験勉強の乗り越え方も覚えていたのが大きい。

 あまり分不相応に天才だと思われても困るので、実家で予習していたことにした。おじいちゃんは納得してくれた。


 家庭教師の授業はティトにも同席してもらった。彼女も同じように授業を受けて、四苦八苦していた。

 分からない箇所が多いと言うので、授業が終わった後に彼女に教えたりした。おかげで復習になって良かったよ。


「ゼニスお嬢様は頭が良かったのですね。見直しました」


 なんて言われた。うん、ティトの中では私はまだイカレポンチなんだろう。過去の迷惑を少しずつ精算するつもりである。


 そんなわけで、おじいちゃん先生の見積もりよりずっと早く基礎教養の勉強は終わった。

 この間、オクタヴィー師匠は見事なまでにノータッチで、お屋敷で見かけたら挨拶するくらいしか接点がなかった。まあ別に意地悪されるわけでもないからいいやと思うことにしたよ。


 そして、ついにいよいよ、念願の魔法が学べる!






 魔法学院は分類としては私塾になる。だから入学時期は一定ではなく自由で、私は新年が明けて早々に入学した。

 クラスもこじんまりとしていて、10人程度。普通は3年ほどで卒業になるらしい。

 クラスメイトたちはだいたい13歳から17歳くらいの少年少女だった。7歳のゼニスから見ればずいぶん年上になる。

 いじめられたら嫌だなあと思っていたが、そんなことはなかった。彼らからすると7歳はチビすけ過ぎるのだろう。むしろマスコット的に可愛がられた。もっとも、私の背景にフェリクス本家が構えているのも大きいだろう。大貴族の威光、強し。


 さてさて、肝心の魔法について。

 この世界の魔法は、「魔法語」という特殊な言葉を発音することで発動する。いわゆる呪文の詠唱である。

 ユピテル語とも近隣の他の国の言葉ともまったく違う言語なので、まずはそれを学ぶ。


 魔法語は発話の他に文字もあった。これまたユピテル語とは似ても似つかぬ謎の記号だ。しかも形が複雑で種類がやたらに多い。

 学生のほとんどは魔法語の習得に苦労する。それだけ難解なのだ。

 私もそれなりに苦戦した。ただこの魔法語、なんていうか、日本語含む漢字圏の言葉を思わせるところがあるんだ。特に文字の種類が膨大で、一つの文字も複数の読み方があったりするところとか、むしろ懐かしい。文法もなんだか主語を省いたり倒置法があったりして、前世の学生時代の古文を思い出していた。


 そんなわけで、魔法語習得も他の人たちよりはだいぶ早かったよ。一番チビの私が一番最初に二年次クラスに進級したので、またしても周囲に驚かれてしまった。もっとも見た目はチビでも中身は最年長、下手したら先生より歳上なわけだが……。


「私、ユピテル語の読み書きもこの前覚えたばっかりなんです。だから逆に、不思議な言葉でも変だと思わないで素直に勉強できたのかもしれません」


 とか何とか言って、周囲の驚きと賞賛から逃げたりしてみた。注目浴びるのは苦手なんだよー。

 でもでも、二年次クラスは魔法の実践をするんだよ!

 ここのところ地道な座学ばっかりしてたから、いい加減飽きてきてたところだ。ここらでひとつ、派手に魔法をぶちかましてスカッとしたい。

 私は張り切って新しい教室に向かった。


 故郷を出て半年足らず。季節は春から夏に移り変わろうとしていた。

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