第7話 白光の輝き
真っ白な光が眩しいほどの輝きを放つ。
中庭のたくさんの灯火を圧倒して輝き、その場にいる人々の視線を吸い寄せる。間近で光を見つめる私は、まぶしくて目が焼かれてしまいそうだ。
光は10秒ほど輝き続け、やがて音もなく消えた。
「……驚いたわ」
静まり返った中庭で、オクタヴィーさんが言った。
「こんなに強く輝くのは、首都でも多くはないわ。かなりの魔力ね」
私は元の乳白色になった石を握りしめる。まだほんのり温かい。静かになった周囲に反して、心臓はどくどく脈打ってうるさいくらいだった。
「こりゃあすごい! フェリクスの家門から、また女の魔法使いが出るぞ!」
沈黙を破って、兵士さんの一人が大きな声を出した。それを機に他のみんなもわいわいと騒ぎ出す。
「いいねえ、魔法使いがいると大助かりだ。水に火に風に、なんでもござれだもんな!」
「今日のブドウリス退治だって、オクタヴィー様がうまい具合に風を吹かせてくれて、一匹も逃さずに済んだぜ」
お酒が入っているせいで、みんな好き勝手言ってる。
兵士さんたちは代わる代わる私の頭をぽんぽん叩いたり、魔力石を借りて指でつついてみたりしている。もちろん誰も光らない。
そしてそのうち飽きたのか、彼らは宴会に戻っていった。
「参ったわねぇ……」
にぎやかな兵士さんたちと対照的に、オクタヴィーさんは気だるそうなため息をついた。
ていうかなんで参るのさ。身内の子が前途有望な才能を示したんだから、もっと喜んでくれてもいいじゃん。
いや待て、私ちょっと舞い上がってる。向こうにも事情があるのかもしれない、ちゃんと聞いてみよう。
「あの、オクタヴィー様。私、魔法使いになれますか?」
「まあ、あの魔力の光を見せられたらね。家門の子に才能があるのなら、拾い上げるのも本家の義務よ」
「おぉー!」
ということは、本当に魔法使いへの道が開けてきた!
お父さんと、光を見て厨房から出てきたお母さんが、私の肩に手を置いて両脇に立つ。お父さんが口を開いた。
「ゼニスに才能があるのですか?」
「ええ。首都でも――つまりユピテルでも上位の魔力と言っていいでしょうね」
「けれどこの子は、その、お恥ずかしい話ですが。ついこの間まで分別がまるでなくて、年相応の教養も身に着けていないんです」
と、お母さん。
うん、ごめんなさい。イカレポンチでした。毎日暴れ回ってばかりで、手伝いも勉強もまるでしてこなかったです。
「そうなの? しっかりしてるように見えるけど?」
「こうなったのは最近で。木から落ちて頭を打って以来、別人のように……いえ、別人は言いすぎですが、急にしっかりしました」
別人のようにって言ってくれてもいいんだよ、お父さん? 別人は言いすぎ程度にしかイカレポンチ時代と違わないなら、アラフォーとして逆にショックなんだけど。
「ふーん? いわくつきなのね。……はあ、ますます参ったわ」
「なにか問題がありますか。オクタヴィー様のご迷惑にならないよう、私、一生懸命頑張ります!」
意気込んで宣言したものの、彼女の反応は思わしくない。
「頑張ってもらってもねぇ。きみが魔法使いの勉強を始めるとなると、首都のフェリクスの屋敷で預かることになるの」
「おお! すごいですね、私、まだ首都に行ったことないです」
「で、当然、後見人は私。面倒を見るのも私になるわ」
「はい、よろしくお願いします」
「私、子供は嫌いなのよね。うるさいし、汚いし……」
なんと。オクタヴィーさんの個人的な好みで「参った」とか言ってたのか。なんだそれ。ちょっとわがままじゃないですかね?
いいや、こちらがお世話になる以上はそんなことを言ってはいけない。一生懸命頑張るのみ。
「大丈夫です。静かにできます。汚くもしません、お風呂も一人で入れます」
「どうかしら。それに教養がないと言ってたわね。読み書きはできる?計算は?」
「……読み書きはできません。でも、計算はちゃんとできます」
「はあ? なにそれ」
ユピテル語の読み書きは、勉強をサボっていたせいでまだできない。でも、計算は普通にできるぞ。そりゃあもうアラフォーだから高校数学あたりはうろ覚えになってるが、中学レベルまでなら大丈夫なはずだ。因数分解程度ならできるできる。
「こら、ゼニス! 嘘はやめなさい。計算なんてできないだろう」
お父さんに小声で叱られた。
うーん、できるのは本当なんだけど、周りから見たらできなくて当然か。むしろ計算だけばっちりだったらおかしいよね。方向性を訂正しよう。
「えーと、すみません。やっぱり計算もできません」
この後ちょっと勉強したら、すぐ覚えたことにしよう。
私の言葉に、オクタヴィーさんはジト目になった。
「子供は嘘つきよね。そういうところも嫌い」
しまった、墓穴を掘ってしまった。
「ごめんなさい。今後は正直に答えます」
ある意味、今も正直に答えたのに。くそ、めんどくさいな。
「できるだけご迷惑をかけないようにします。どうかよろしくお願いします」
「はぁ……。ま、義務である以上は私もちゃんとやるわよ。せいぜい頑張って頂戴」
オクタヴィーさんはうんざりした顔で、ワイングラスの残りを飲み干した。おかわりを注ぎながら、お母さんが言う。
「本当にゼニスが本家預かりになるのですか。こんなことは初めてで、私どももどうしたらいいか」
「そうね、その辺りは明日にでも話し合いましょう。そちらの準備もあるでしょうから」
今日はもうみんな宴会モードで、お酒も入っちゃってるものね。
当初の予定では、明日の朝にもう一度、裏山の見回りとブドウリス全滅の確認をして引き上げる手筈だったらしい。両親とオクタヴィーさんが話して、兵士は帰すが彼女だけ数日残ることになった。
そこでこの話はいったん終わりになって、リス駆除成功祝いの宴会にみんなで改めて参加したのだった。
魔法使いになれる!
その夜はわくわくして、興奮してなかなか寝付けなかった。
オクタヴィーさんは風の魔法を使うらしいが、どんなものなんだろう。今度は実演してくれるかな?
兵士さんは水も火も風もなんでもござれって言ってたっけ。
首都で暮らすことになるらしいけど、どんなところかな。ああでも、首都に行ってしまったらお父さんとお母さんと、アレクと、ティトともお別れになっちゃうのか……。
いやいや、二度と会えないわけじゃない。たまに里帰りくらいできるだろう。いい大人がホームシックなんて情けないからね。
――『二度と会えない』のフレーズで、ふと前世の家族を思い出した。
両親と2人の姉。あの時の私は末っ子だった。姉は2人とも結婚して子供もいた。
私が死んで、彼らは悲しんだだろうか。高齢だった両親は、気落ちしなかっただろうか。
あの人たちには、言葉通りもう二度と会えないんだ……。
考えても仕方がない。ゼニスの体で、私は頭を振った。
今は夢が叶いそうなんだ。そっちに集中したい。
前世はもう終わった時間。ゼニスにはこれからがある。
心に湧いた気持ちを無理やり押し込めて、私は枕をぎゅっと抱きしめた。中に詰めた羊毛の、太陽に干した匂いとちょっぴり獣臭い匂いがする。
前世ではかいだことのない、けれど今生では毎日親しんだ匂いだった。
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