第8話 シールド全開

 翌朝、夜遅くまで飲み食いしていた兵士さんたちは二日酔いの頭を抱えながら起き上がり、オクタヴィーさんの指示のもと再度裏山へと向かった。


 もう危険はないだろうということで、私も同行させてもらった。兵士以外ではお父さんと村人が何人か、それに我が家の番犬が二匹である。黒くてがっしり体型のがフィグ。白っぽくてちょっと小柄なのがプラムという名前だ。ちなみにプラムの方がお兄さんである。

 番犬たちは最近出番が多いのが嬉しいらしく、はりきった顔で歩いている。二日酔いで青い顔をしている人間と対照的で、なんだか可笑しかった。


 裏山は入った当初こそいつもと変わらないように見えたが、例のブドウリスの巣がある辺りは昨日の戦闘の跡が残っていた。

 巣は大きな木の洞にあった。小枝や葉っぱが敷き詰められていたらしく、あちこちに散らばっている。

 地面はざっと掃かれたようになっていた。リスを斬り殺した時に血が飛んだので、片付けたとのこと。血の匂いをそのままにしておくと、今度は肉食の獣が寄ってくる可能性があるから。


 辺りはひっそりとしていて、リス一匹もいない。

 兵士の何人かが地面に膝をつき、指で地面をなぞったり顔を近づけたりしている。私が不思議そうに見ていると、「リスや他の獣の足跡や痕跡を確認してる」と教えてくれた。

 犬たちもあちこち匂いを嗅いでリスを探したが、やはり全くいなかった。昨日できちんと全滅させたようだ。

 黒い犬のフィグが何かを見つけたと得意げに吠えたが、それは単におもちゃにちょうど良さそうな枝であった。

 これで遊んで欲しいってか。うん、後で投げっこしてあげよう。フィグは投げた棒を拾ってくる遊びが大好きだもんね。


「問題ないわね」


 1~2時間ほどあちこちを確かめた後、オクタヴィーさんがうなずいた。

 今度こそ本当に撤収だ。私はフィグが見つけた枝を持って、大人たちについていった。

 村に戻ってくると、お母さんたちが出迎えてくれた。

 ……なんか血なまぐさい匂いが立ち込めている。なんだ?

 お母さんが進み出て、樽を一つ差し出す。


「村の皆で狩ったリスの毛皮を剥ぎました。まだ半分ほどですが、塩漬けにしておきましたので」


「ご苦労様。それは持ち帰らせるわ。肉と残りの分はそちらで好きに処分して頂戴」


 オクタヴィーさんが鷹揚に頷くと、兵士が樽を受け取って馬に積んだ。馬は騎乗用じゃなくて荷馬なんだね。

 その後は村人一同で兵士たちに改めて感謝の言葉を伝える。その声を受けながら、彼らは帰っていった。

 残ったのはオクタヴィーさんと兵士が2人。兵たちはオクタヴィーお嬢様の護衛だろう。


「さて、と。それじゃあゼニスの今後を話し合いましょうか。でもちょっと疲れたから休憩したいわ」


「かしこまりました。お茶の準備をします」


 お母さんに先導されて、オクタヴィーさんと兵士さんたちが家に入っていった。お父さんは水を飲んでくると言って井戸の方へ行く。

 私はどうしたらいいかな?そう思ってると、「おねえちゃん、おかえり!」とアレクの元気な声がした。なんか後ろ手にものを隠すようにして走ってくる。


「ただいまー。アレク、なに持ってるの?」


「えへへ、見たい?」


「うん、見せて」


 じゃーん!と目の前に取り出されたのは……ブドウリスの生首であった……。死後1日経っているせいで目玉がどんより濁り、半開きの口の端から舌がだらんと垂れている。ぐ、グロい、うおぉ……。

 私は自慢じゃないがグロ耐性が低い。前世ではホラーもスプラッタもバイオなハザードもだめだった。ゼニスの人生でも鶏を締めるのくらいは見たことがあったが、ここまで生々しいのは初めてだ。


「すごいでしょ!お母さんがひとつくれたの。後で皮を剥いで、よーく洗って、骨のペンダントにしてもらうんだ!」


「そ、そう、よかったね?」


 ちょ、アレク、それを私の顔に近づけるのはやめて。うわっ生臭い、きもいきもい!

 正直逃げ出したかったけど、はたと思い直す。私がここで「リスの生首きもい~~~!」とか叫んで逃げたら、アレクを傷つけないだろうか。こんなに嬉しそうに見せてくれてるんだもん。

 それにこの子は、これからこの村で大人になっていく。農村で家畜やその他の生き物の生き死にに触れるなんて、珍しくないだろう。私が嫌悪感丸出しにして拒否ったら、まだ幼いアレクに影響を及ぼして、彼のグロ耐性も下がってしまうかもしれない。そうしたら暮らしていくのが大変になってしまう。




 そう、例えば。この子がいずれ大きくなって、好きな女の子ができた時。グロ耐性が低いばかりに、鶏を締めたり獣を捌いたりするのが下手だったら、振られてしまうのではないか。「こんなこともできないなんて、サイテー。あたし弱っちい男は嫌いなの!」って。そしてアレクは、初恋の人に手ひどく振られたのがトラウマになって婚期を逃してしまい、周囲の跡継ぎを望むプレッシャーにさらされるのだ。

 そんな日々の中、久しぶりに里帰りした私はブドウ酒を飲みながら彼の愚痴を聞く。「姉さん、俺、どこで間違ったのかな……」アレクはかみしめるようにブドウ酒を飲む。

 それを聞いた私は思う。ああ、あの時、私がリスの生首から逃げたばかりに……と。




 一瞬の間にそこまで思考が回り、私は決心した。

 よし、がんばれ私。アレクの将来のために、この状況を穏便に乗り切るんだ。グロ耐性シールドを全開にしろ!


「素敵だね!えー、なんというか、こう、形のいい頭がい骨をしたリスで?」


 かなり棒読みだった上に褒めるポイントがそこでいいのか怪しかったが、アレクは満面の笑みで答えてくれた。


「うん!かっこいいのを選んだの。おねえちゃんの分もあるよ。後でいっしょに、選ぼうね」

「あっ、はい」


 善意100%のかわいい笑顔を前に、私はそう言うのが精一杯であった。

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