第6話 魔法使いのお姉さん
武装した兵士は15人ほど。全員が歩兵だった。よく見たら女性も一人だけ混じっている。
ガイウス号を引いてきたお父さんと一緒に、お母さんと村人たちの出迎えを受ける。
彼らの到着は昼前だったが、すぐに行動が始まった。打ち合わせなどは道中で済んでいたのだろう、迷いのない動きだった。
村の男衆と二匹の犬も駆り出されて、山に分け入っていく。
どんなふうに駆除をやるのかとても気になったけれど、ぐっと我慢して家に残った。
以前ならきっと、家を抜け出して様子を見に行ったと思う。でも、私はもうイカレポンチではないのだ。ここでバカなことをやれば、我が家の評価が下がってしまう。
お母さんと女衆は料理やらもてなしの準備で大忙しだ。
私とアレクは家の窓から山を眺める。だんだん時間が過ぎ、夕暮れに差し掛かって薄暗くなる中、山肌にいくつも灯火の明かりが灯っていた。焚き火をしているのか、煙が幾筋か登っているのが印象的だった。
「兵隊さんが、リスをやっつけるの?」
窓枠にぶらさがりながらアレクが言う。
「そうだよ。強そうな人がいっぱい来てくれたもの、きっとリスなんてすぐやっつけちゃうよ」
「桃太郎の鬼退治みたいに?」
「うん、リスの巣に乗り込んで全員とっちめるの」
平たく言えば皆殺しだが、まあそこまでストレートに言う必要もなかろう。
やがて夜になり、月が高く登る頃になると山に灯っていた明かりが消えた。
しばらくしてガヤガヤと人の気配が近づいてくる。明るい雰囲気を見るに、駆除は成功したようだ。
お母さんを先頭に、みんなで家の前に並んで兵士たちを迎えた。
「お疲れ様です。首尾はいかがでしたか?」
「ああ、全部済んだよ。巣も全て潰して、ブドウリスたちも残らず始末した」
お母さんの言葉に、お父さんが疲れた様子で、でも笑顔で答えた。
お父さんの隣にいる番犬たちも、どこか誇らしげな顔だ。ちゃんと役に立てたんだろうか。
「全てはフェリクス本家のおかげです。ありがとうございました」
「ささやかながら食事の準備ができておりますので、どうぞ」
「ええ、いただくわ」
一人だけいた女性がうなずいた。鮮やかな赤毛の若い美人さんだった。10代後半くらいに見える。
中庭にテーブルが並べられ、料理とぶどう酒が置かれた。兵士さんたちは思い思いの場所に陣取って、宴会が始まる。
リス退治の話を私とアレクが聞きたがると、皆が口々に教えてくれた。
駆除作戦はまず、リスを巣に追い込むところから始まった。ブドウリスは巣を守る習性があるので、それを利用したのだ。
数匹でも逃がすとまた増えてしまうため、一匹も残さないよう念入りに追い込みが行われた。
逃げ道になりそうな場所でリスが嫌がる匂いの香草を焚いて煙を出し、退路を断った。あの上がっていた煙はそれだったんだ。
集まってきたリスは、兵士たちが次々と切り捨てた。
その数、全部で40匹あまり。ブドウリスの群れとしてはまあまあ大きい方だそうだ。それでも対処が早かったので、このくらいの規模で済んだということだった。放って置いたらどんどん増えるからね。
兵士たちの剣さばきは熟練のそれで、パニックを起こして襲ってくるリスを軽くいなし、あっという間に始末したと村人が興奮気味に語っていた。
なお毛皮と肉は多少の値段がつくので、回収してきたそうな。兵士の一人が笑顔でいくつかの大きな袋を指さして、「見たいか?」って言ってたけど遠慮しといたよ。アレクは見たそうだったけど。
「決め手はオクタヴィー様の風の魔法だったな。あれで煙をうまく操作して、リスを追い込めた」
「え! 魔法!?」
武勇伝の終盤、聞き捨てならない単語に私は反応した。
「オクタヴィー様は、どちらさま!?」
「私よ」
例の女性がひらひらと手を振った。
「魔法使いなんですか!?」
「ええ、そう」
食って掛かる私に動じた様子も見せず、彼女は優雅にワインを飲んでいる。あのワイングラス、我が家で一番いいやつじゃないか。貴重なガラス製で、きれいな花の絵が描いてあるやつ。
「魔法があるんですか。ほんとのほんとに魔法ですか?なんかこう、手品とかじゃなくて」
「ゼニス、やめなさい。失礼だろう」
お父さんが私の肩を押さえた。
「別にいいわ。子供の言うことだし」
本当にどうでもよさそうに、オクタヴィーさんが言う。
「ちょっとやってみせて下さい」
「こら、ゼニス!」
お父さんの制止を振り切って、頑張って言ったのだが。
「嫌よ。見世物じゃないもの」
あっさり断られてしまった。
「オクタヴィー様、申し訳ない。娘は年の割に落ち着きがない子で」
お父さんが彼女に謝罪している。
「ゼニス、オクタヴィー様はフェリクス本家のお嬢様だ。強力な魔法が使えるから、今回の駆除に同行して下さった。うちの恩人だぞ、これ以上の失礼はだめだ」
なんと、あのお姉さんは大貴族の娘だったのか。しかも魔法使い。異世界のロマンが詰まっている。
しかしそうなると、あまり強引に迫るのもできない。けれど魔法は確かめたい。
私は別路線で攻めることにした。なるべく落ち着いて、丁寧な口調で質問をする。
「私も魔法使いになれますか?」
「さあ、どうかしら」
「魔法使いになるには、どうしたらいいですか?」
「まずは魔力がないとね。ある程度の魔力がなければ、魔法は使えないから」
魔力。なんかそれっぽい単語が出てきたぞ。これはいよいよ本物かもしれん。
「魔力のあるなしは、どうやったら分かりますか?」
「ゼニス、そのくらいにしておきなさい」
再びお父さんのストップが入ったが、今度はオクタヴィーさんが「いいわよ、教えてあげる」と答えてくれた。ちょっとめんどくさそうな様子ではあったが。
「分家の子にそんなに熱心に聞かれたら、無視もできないじゃない」
恐縮するお父さんを尻目に、彼女は荷物袋から小さな石を取り出した。乳白色で、親指の爪くらいの大きさをしている。
「これは魔力石といって、生き物の魔力に反応して光るの。……こんなふうにね」
手のひらに載せた小石に彼女が人差し指で触れると、石は淡いオレンジ色に輝いた。温かみのある、でも不思議な光だった。
「触ってみて」
石を手渡された。先程の彼女と同じように手のひらに載せて、指先でつついてみる。
何も反応がない。
「残念、きみには魔力がないみたい。魔力はない人がほとんどなの。だからもう、魔法は諦めて頂戴。はい、これで話は終わり」
やれやれ、といった感じでオクタヴィーさんが言う。でも私は引かなかった。
「待って下さい。これ、魔力に反応して光るんですよね。指先から魔力を流すというか、なんかそんな感じの方法があるのでは?」
「……へえ?」
だって手のひらに載せただけでは、オクタヴィーさんの時だって光らなかった。光ったのは指で触れた時だ。
彼女は少しだけ目を見開いて、私を見た。
「よく気づいたわね。ちょっとは見どころがあるのかしら。そう、きみの言う通りよ。だいたいの人は、これで騙されてくれるのにねぇ」
騙す気だったのかい。こんないたいけな子供に平気で嘘をつくとか、困った人だな!
まあそれはともかく、やり方があるならやってみよう。
「指先は魔力が流れやすい場所と言われているわ。血の流れを意識して、指から石にその流れを移すように触れてみて」
また渋られるかと思ったが、今度はきちんと教えてくれた。
血の流れ、血流か。魔力は血液と連動するものなのだろうか?
その辺はまだ分からないけど、イメージならできる。むしろイメージは得意だ。前世はずっとオタクで妄想はお手の物だった。オリジナル卍解とかオリジナルチャクラとか考えたよね。
オタク方面だけじゃなく、プログラミングの仕事だって完成形をイメージしながら設計するのだ。イメージ力と妄想力なら任せてくれ。
血流に魔力なるものを乗せて、指先から流れ出るように。そして石に流し込むように。
左手に乗せた小石に、右手の指先からイメージを注ぐ。目を閉じて、体を巡る血管と血流をイメージしながら、全身から集めた力を右腕に、そして右手の人差し指に。
うなれ、私のハンドパワー。そしてフィンガーパワー!!
右手が熱い。その熱をそのまま流して、石に触れる。今度は石まで熱を帯びたように感じる。
「……これは!」
そう言ったのは、誰だったか。
ゆるりと開いたまぶたの間、狭い視界を埋め尽くすように、小石から白い光がまばゆく放たれていた。
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