第5話 リス、その名はブドウリス

 泣きながら畑を飛び出したら、声を聞きつけたお父さんが駆けつけてくれた。


「ゼニス、どうした?」


「お父さん! リスが、でっかいリスがいっぱい!」


 私の説明を聞いたお父さんは顔色を変えた。


「ブドウリスが出たのか、それも10匹も!? 大変だ!」


 あいつらブドウリスっていうのか。まんまなネーミングだね。

 お父さんは私に家に戻るように言い、鎌を持ってリス軍団のいる畑に入っていった。

 私は迷ったけれど、素直に家に戻ることにした。リスに手も足も出なかったのは実証済みだ。下手についていって足手まといになってもいけない。


 段々畑の間の道を降りていると、お父さんが追いついてきた。髪の毛や服のあちこちに緑っぽい汁とか実の破片がくっついている。彼も手ひどくやられたらしい。


「だめだ、数が多すぎる。人手を集めて駆除しないと」


 父は険しい顔をしている。いつもは穏やかな人なので、初めて見る表情だった。


「お父さん、あのリスなんなの?」


「ブドウを好んで食べるリスだよ。あれがいると、ブドウに大きな被害が出てしまう」


 足早に進む彼に遅れないように、私は必死で後を追った。


「ゼニスはお母さんとアレクと一緒に家にいなさい。ブドウリスは群れていれば、人を襲うからね」


 ゼニスが無事で良かったとお父さんが言う。

 あのリス、襲いかかってくるのか。硬い実をぶつけられたくらいで済んだのは幸運だったらしい。あいつら私のことをバカにしてたから、本気の攻撃というよりはからかった感じだったのかも。


 家につくとすぐに村人が集められ、大人たちは鍬や鎌で武装して再び畑に向かった。我が家の二匹の番犬たちも一緒に連れられて行った。

 犬たちは白い毛並みの犬が私と同い年のプラム。黒い毛の犬が年下でフィグという名前だ。

 番犬といっても普段はのんびり暮らしている犬たちだから、ちゃんと役に立つかどうか。久々の仕事に張り切ってキリッとした顔をしていたので、信じてあげたいところだ。


 畑から降りてきたリスがいるといけないので、私とアレク、ティトは家に入る。お母さんの指示で戸締まりをした。


「やっかいなことになったわね」


「ブドウリスが出るなんて、この10年なかったことなのに」


 お母さんと使用人のおばさんが話している。

 ブドウリスは普段山奥に住んでいる獣で、ごく稀に人里までやってくる。繁殖力が高くて、放っておくとあっという間に増える。だから見つけたらすぐに狩り尽くすのが大事ということだった。

 前世なら動物愛護団体がクレームを入れてくるだろうが、主力産業のブドウに被害が出たら死活問題である。やむを得ない。ていうか人を襲ってくるわけだし、どうしようもない。


 何時間か後、疲れた様子のお父さんが戻ってきた。服があちこち破れて血が滲んでいる。

 お母さんが水を絞った布を持ってきて、血を拭いた。


「予想以上に数が多かったよ。これはうちだけでは対処できない」


 畑にいたリスは追い払ったが、裏手の山に巣がいくつもできていたとのこと。巣を守ろうとするブドウリスはとても凶暴で、村人では手に負えないらしい。


「フェリクスの本家に応援を頼む?」


 お母さんが言うと、お父さんはうなずいた。


「今から俺が伝令に走る。家のことを頼んだぞ」


 お父さんは一度部屋に戻って着替えると、またすぐに家を出た。家の周りに村人が集まっている中、厩舎から馬が引き出される。

 栗毛に金色のたてがみをした、我が家で唯一の騎乗用の馬である。名前はガイウス号という。ブラッシングが好きなおしゃれさんで、ごしごしこすってやると気持ちよさそうな顔をする、かわいいやつである。


 いや、今はそんなことを言っている場合ではなかった。

 お父さんは馬にまたがると、両足で馬の腹を締めるようにして騎乗した。この国には、馬に乗せる鞍はあるけどあぶみがない。足を置く場所がないから、バランスをとるのが大変そうだ。乗馬は難しい技術のため、この村で馬に乗れるのはお父さんしかいない。


「いってらっしゃい、気をつけて!」


 お母さんが言って、私とアレク、村人たちも見送りと励ましの言葉を口にした。

 時間はもう夕方で、空はうっすらと茜色に染まっている。集まった人々の影が長く地面に伸びていた。

 お父さんと馬が見えなくなるまで見送って、それから皆で家に戻った。


「お母さん、お父さんはどこに向かったの?」


 家中が落ち着かない雰囲気の中、私は聞いてみた。


「首都のフェリクス本家のお屋敷よ。馬で走れば、明日の日没までには到着できるはず」


 我が家は大貴族・フェリクスの家門に連なる家だ。その縁を頼って駆除のための兵士を派遣してもらう手筈だということだった。


 ちゃんと助けてもらえるだろうか? 断られたりしないだろうか。


 私は不安だったが、お母さんは助力を疑っていない様子だった。本家と分家のつながりは、私が思う以上に強いのかもしれない。こういう社会的な知識とか常識が私にはないので、不勉強さが悔やまれる。お手伝いも必要だけど、これからは勉強もしないと。


 一夜明けて朝になると、お母さんは忙しく働き始めた。

 村の男衆に指示を出して畑と村の見回りをさせ、女衆を集めて倉庫から麦の袋を取り出す。普段は使っていない客室を開け放して、掃除や寝台の準備をする。


 フェリクス本家から派遣される兵のもてなしは、お母さんの仕事だ。

 女衆は皆、忙しそうに立ち働いている。ティトも私たちの子守を一度休んで、家の仕事に駆り出されていった。


 私は精神こそアラフォーだが、体は女児。それに前世でも荒事なんてやったことがない。害獣退治は役に立てそうもない。

 家の仕事の手伝いを申し出ても、断られてしまった。それよりもアレクのお守りをしてと頼まれて、引き受ける。


 外遊びを禁止されて退屈したアレクに、日本の昔話を話してやった。桃太郎は大ウケであった。かぐや姫はいまいちで、浦島太郎は玉手箱のオチにびっくりしてポカンとしていた。かわいいね。

 もっとお話聞かせてとおねだりされたので、思い出せる限りの昔話や童話を話して過ごした。







 そして、それから数日。

 武装した兵士たちを引き連れて、お父さんが帰ってきた。

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