第4話 でかいリス

 イカレポンチ幼女からアラフォー女児にクラスチェンジした私は、家業の手伝いを始めた。具体的にはブドウ畑で雑草抜きである。


 我が家は一応貴族だが、仕事は農業がメインなのだ。

 この国の貴族は、いわゆる中世風の貴族とはちょっと違う。

 爵位制度はないし、領地も国からの拝領ではなく私有地。貴族っていうか地主と言ったほうが実情を表しているかもしれない。

 貴族・平民・奴隷の身分はあるから、身分による特権とかもあるにはあるんだけど、その辺は私も勉強不足でまだよく分かってない。

 なのでとりあえず、この地方の主産物でワインの原料になるブドウ栽培のお手伝いをすることにした。


 つい先日までイカレ幼女だった私が進んでお手伝いしたいと言ったら、両親はびっくりしていた。びっくり通り越して不信感を抱かれるくらいだったよ。

 もっともまだ7歳なので大したことはできない。結果、雑草抜きのお仕事をすることになった。

 夏の暑い中、段々畑まで登ってはせっせと雑草と格闘をしている。


 前世の私はプログラマだった。だから農業はまったくもって素人だ。

 これが農家だったり農学部卒だったら前世知識で農業革命を起こせただろうに、私の農業経験は小学校の頃の稲作体験くらいなので、何の役にも立たない。

 夏の日差しを受けて元気いっぱいに生い茂る雑草たちを、ひたすらちぎって引っこ抜く日々である。


 ブドウは少し前に花の季節が終わって、今は青くて小さい実がなっていた。これがあとひと月もすれば色づいて、収穫できるという話だった。

 ブドウの木もよく育っていて、雑草抜きのためにしゃがんでいると、葉っぱがまるで屋根のように頭上を覆ってくれる。おかげで日陰になっており、気温の割には暑さを感じずに済んだ。


 手伝いを始めた当初は、イタズラでもするのではないかと両親やティトが見張っていたが、しばらく真面目に働いていたら信用してくれたらしい。今は一人で畑に入る許可をもらっている。

 今日も今日とて、私はせっせと雑草たちを抜いていた。単調な作業だけど、ルーチンワーク的な繰り返しは嫌いじゃない。前世でもRPGでひたすらレベル上げとか好きだったし。少しずつ積もっていく成果を眺めながら働くの、けっこう楽しいよ。

 手の届く範囲の雑草を殲滅して、さて次に行こうと立ち上がった時のことである。


 ブドウの木の陰に見慣れないものがいた。

 紫っぽい茶色い毛をした変な動物だった。大きさは猫より一回り大きいくらいか。

 ぱっと見た目の印象はリスなんだけど、やけにでっかい上に視線がかちあった目が凶暴そのもの。可愛らしさのかけらもない。

 そいつは私を睨みつけながら素早くブドウの木に登り、まだ青くて硬いブドウの実をかじり始めた。


 どうしよう。私は迷った。

 大事なブドウをかじる害獣、追い払うべきなんだろうけど、けっこう体が大きいし口元からのぞく前歯が鋭いしで、正直こわい。

 せめて棒きれでもあればいいのだが、まったく素手である。草刈り鎌は危ないからと持たせてもらえなかった。

 でっかいリスは警戒と威嚇の眼差しでこちらを睨んでいたが、私が何もしないでいるとだんだんバカにしたような雰囲気を出してきた。かじりかけの実を手で持ち(ちゃんと指が5本あって器用に実を掴んでいた)、私に向かって投げつけてきたのだ。


「痛っ」


 実は私の頭に命中し、思わず声を上げてしまった。

 痛みはそこまででもなかったが、リスが物を投げるという行動をしたのですごいびっくりした。さすが異世界、リスまで異次元。今まで前世とさほど変わらない生き物しか見てなかったから、すっかり油断してたわ。


 リスは私が反撃しないのを見て、ますます調子に乗ったらしい。実を茎からかじり取っては投げ、かじり取っては投げしてきた。


「痛い痛い、ちょ、やめて、やめろこのやろう!」


 さすがに私も腹が立った。やられっぱなしでいられるか。地面に落ちた実を拾い、投げ返してやった。本当は小石でもあればよかったんだけど、ここはお父さんたちが丹精込めて手入れしている畑。そんなものは落ちてない。

 私が投げた実はあさっての方向に飛んでいき、ちょっと離れたところのブドウの葉を揺らした。リスは揺れた葉に視線を移し、次いでまた私を見て、いかにもバカにしたような顔をした。うわムカつく!


 さっきのはたまたまノーコンだっただけだ。次こそしっかり命中させて追い払ってやる!

 意気込んだ私は再び実を拾ったが、今度は後頭部に当てられた。

 え? 後頭部? リスは前方にいるのに。

 振り返ると、後ろの方にもリスがいた。よく見るればその後ろや横手にも、全部で5匹、6匹……いや、10匹くらいいる!?

 そいつらはみんな凶暴な顔つきで、手に実を持っていた。


「うわぁあ!?痛い、わあーっ!」


 リスたちの一斉投擲を受けて、私は泣きながら逃げ帰る羽目になった。

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