第3話 スキルはどこで手に入りますか

「ステータスオープン!!」


 ゼニスはお約束の言葉を唱えた! しかしなにも起こらなかった!


 やばい、だいぶ恥ずかしい。周りに誰もいなくてよかった。

 いやほら、異世界転生といえばやっぱこれかなって思ったんだ。

 でも残念ながらこの世界にステータスはないらしい。考えてみれば、7年の記憶でそんなんやってる人誰もいなかったわ。

 正気を取り戻した(?)矢先にまた奇行に走るとか、私はいったい何をやっているんだ。


 そうこうしているうちに、ティトとアレクが戻ってきた。

 水で冷やされた布をたんこぶに当てながら、聞いてみる。


「ねえティト、この世界にはスキルとかはあるかな?」


「はい? スキル??」


 ティトは不審そうな、でもどこかほっとした表情になった。急に大人になったゼニスお嬢様が、やっぱり意味不明のイカレポンチで安心するやらがっかりするやらといったところだろう。


「スキルっていうか、ほら、技能? その人が身につけた特別な技術というか」


「技術ですか? それはあるでしょう。お裁縫とか、お料理とかですよね?」


 なんとも女の子らしい答えである。


「うん、そう。それがシステムメッセージ……天の声? みたいので、『料理スキルLv1を獲得しました』と言われるやつ。もしくは、5歳か10歳くらいで神殿に行って鑑定してもらうやつ」


「お嬢様。技術は練習して身につけるものです。そんなわけのわからない方法で得られるものではありません」


「あ、はい」


 大真面目に諭されてしまった。スキルシステムもないらしい。


「じゃあ魔法は!? 魔法、あるよね?」


 最後の望みをかけて私は聞いた。7年のゼニスの人生で魔法に触れた経験はなかったが、世界のどこかに存在すると信じたい。せっかく異世界転生したのだから、そのくらいのファンタジー要素はあってもいいはずだ!


 異世界転生などというレアカードを引き当てたのだ。ここは一つ魔法使いになって、かっこよく活躍したいではないか。私は魔法が大好きだ。キャラメイクできるタイプのゲームでは必ず魔法系を選んで、遠距離火力職をやっていた。

 魔法を組み合わせて色んな効果を生み出したり、魔法そのものをクリエイトできるゲームは大好物だった。職業としてプログラマになったのも、そのへんが大きく影響していたもの。


 ところが。


「魔法ですか……。都会の方ではあると聞いたことがありますが、あたしは見たことがないです」


 なんかすごくふわふわした返答であった。そりゃあここは田舎だけど、都会の方ってどこよ。

 前世的なノリに置き換えると、「都会には4Dの映画館があるんだって!」「すごいね、見たことないよ。田舎にはそんなんないよねー」くらいの勢いである。

 これは魔法もないのかもしれない。がっかり……。


 私が落ち込んでいると、短衣の裾が引かれた。見ればアレクが小さな手で私の服を引っ張っている。


「おねえちゃん。あたま痛いの、かわいそうだね。これあげるから、元気だして」


 差し出されたのは干したイチジクの実だった。いやここは異世界なので、イチジクっぽいなんかの実である。

 いやいやそれより。


「これ、アレクのおやつでしょ。いいよ、自分で食べなよ」


「あげる」


 なんということだ。幼児にとっておやつは命の次くらいに大事なものなのに。しかもこの国は、日本みたいにお菓子があふれているわけではない。甘味は希少品、干し果物だってそこそこの貴重品。弱小とは言え貴族だから食べられる。

 なので、ついさっきまで幼児だった私にはよく分かる、これは宝物だ……!

 昨日まで、というか今朝までイカレポンチ全開で弟に絡んでいたファンキーな姉のために、宝物をくれるだなんて。弟がいい子すぎる。


「アレク、ありがとう。じゃあ、半分だけちょうだい。はんぶんこして一緒に食べよう」


「うん!」


 そこでティトのことを思い出した。彼女は使用人なので、私たちみたいにおやつは食べられない。


「ティトにもひとくちあげるね」


「もらえません。叱られてしまいます」


「大丈夫、大人にはナイショで。今までのお詫びをかねて」


 よく考えたら弟からもらったおやつでお詫びするのもどうかと思ったが、とりあえず置いておこう。こういうのは気持ちが大事。

 はんぶんこしたさらに半分をティトに渡したら、アレクもかじりかけのイチジクをティトにあげた。姉弟で彼女の口に押し込むようにしてやって、一緒に笑った。

 子供だけの秘密のおやつの時間は楽しくて、私は本当はもう大人なんだけど、7年間生きてきたゼニスの存在がしっかりと心に根づいているのを感じた。


 前世は不摂生の末に32歳で過労死した。独身喪女で、ブラック労働に明け暮れていたせいで友達付き合いもほとんどなかった。最期の方の記憶はなんだか曖昧で、けれどひどく重く苦しく、心も体も辛かったのだけはっきりと覚えている。

 もう一度、子供からやり直せるなんて想像もしていなかった。

 これはきっと、奇跡。

 だからステータスや魔法がなくっても、この幸せな時間があるだけで満足だよ。そう、思った。

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