第2話 生まれ変わったわたしは私
まさか自分が異世界転生するとは。
そりゃあ前世は大人になってもラノベ好き漫画好きゲーム好きのオタクだったけど、そんなことが自分自身に起こるとは想像していなかったよ。
まずは夢かと疑うところだけど、ゼニスとして生きてきた7年間は私の中に確かに存在していて、これが現実だと教えてくれている。
というか、心も体もすっかりこの場所に馴染んでいて違和感がなかった。
お母さんは私が目を覚まし、一通り騒いだ後に大人しくなったのを見て仕事に戻っていった。
心配と手間をかけてしまって申し訳ない。
申し訳ないといえば、今までのゼニスの行いは申し訳ないことばかりだった。
なにせ赤ん坊の頭に前世30歳オーバーの記憶を無理に詰め込んだせいで、脳みそがバグってイカレポンチになっていたのだ。
前世の記憶を自分でも理解できず、全部ごちゃ混ぜにした結果、この国の人から見たら意味不明な言動ばかり取ってしまった。いわゆる奇行である。
おやつにポテチが食べたいと泣き叫び、美少女戦士のおもちゃが欲しいと全力で駄々をこねた。どちらもこの国には存在しないのに。
日本語とユピテル語の区別もつかず、混ぜこぜにして喋っては周囲を困惑させた。
ふとした時に前世の職場の記憶が蘇って、何の脈絡もなく「納期、納期までもう時間がない! 営業のばかやろう、なんでこんな無茶な案件引き受けたんだよ、現場に全部しわ寄せくるじゃん!」とか「もう土下座しかない、リーサル・ウェポン土下座!!」と叫んだ。実際土下座した。
さらに、前世で愛読していたキン肉なプロレス漫画の技を真似て、ティトにコブラツイストまでかましてしまった。ついでにジャーマンスープレックスもやろうとしたのだが、幼児の筋力で投げ技は無理であった。無理で良かった。
今日だってネットスラングを叫びながら爆走するという愚行をやらかしたばかりだ。なんだよ、「にゃんたまキラキラ金曜日」って。
いや分かってる、本当は「にゃんたま」じゃなくて「きん○ま」なのだ。某青い鳥のSNSで一部の人に受けていた言い回しだ。きんのたまと金曜日とキラキラで頭韻を踏んだ語感のいいネットスラングである。
いくら脳みそバグり中とはいえ、きんのたまを叫びながら走り回る幼女ってどうなのさ。「にゃんたま」になっていたのは、なけなしの良識がブレーキを掛けてくれたんだろうか。せっかくならそもそもその言葉にブレーキ掛けて欲しかったわ。
うん。一から十まで、何をどう考えても頭がおかしい奴である。とても申し訳ない。
両親と子守役のティトに、よくよく謝罪しなければ。
というかお父さんとお母さんは、よくもまあこんなイカレ幼女を見捨てないでくれたものだ。
この国の文明レベルは恐らく中世以前、なんなら古代ローマとかその辺なので、倫理観は前世よりずっと未発達。児童福祉なんていう概念はない。子供を大事にする文化も薄く、児童のブラック労働もどんとこい。実子と言えど手に余れば捨てられてもおかしくなかった。
でも両親はゼニスをきちんと育ててくれた。娘の奇行に困り果てていただろうに、突き放すこともせず愛情を持って接してくれた。
ううう、心の底から申し訳ない。それに、ありがとう……。
私が一人、ベッドに身を起こして過去の態度を猛省していると、部屋のドアが開いてティトが入ってきた。3歳年下の私の弟、アレクも一緒だ。
「お嬢様が起きたと聞いたので、お水を持ってきました」
ティトは水差しとコップをお盆に乗せていた。コップにお水を注いで差し出してくれる。
アレクはおっかなびっくりという様子で私を見ている。イカレ幼女は弟にも容赦なかったので、姉が怖いのだろう。ごめんよ。
私はコップを受け取って水を飲んだ。コップは素焼きの陶器である。ガラスはあるにはあるのだが、日常使いするほど普及していないのだ。この辺でも文明度がうかがえる。
陶器の素朴な感触とひんやりとした水が喉を滑り落ちるのが、心地よかった。冷蔵庫なんかないけれど、汲みたての井戸水は冷たくておいしい。
「ありがとう、ティト。それから今までごめんね」
空になったコップを返しながら言うと、ティトはぎょっとした顔をした。
「どうしたんですか、急にそんなことを言って」
そう言いながら私のおでこに手を当てたりしている。井戸水を汲んできたであろう彼女の手は少し冷たくて、気持ちがいい。
「ティトだってまだ11歳なのにね。イカレポンチの子守は大変だったでしょ」
「え? それはそうですが。お嬢様、どうしちゃったんですか?」
ティトは狐につままれたような顔をしている。まあ、今までのゼニスの行いを考えれば当然の反応だろう。
彼女は弱小貴族の我が家に代々仕える使用人の家の子である。私と年が近いという理由で、数年前から子守の仕事をしてくれていた。
「おねえちゃん、あたま、まだ痛いの?」
ベッドのふちから顔を出すようにして、アレクが言った。私とよく似た茶色の目が、心配そうに見つめてくる。
今までイカレ幼女の餌食になってきたのに、心配してくれるなんて。いい子だなあ。
「たんこぶになっちゃって痛いけど、大丈夫だよ」
私がにっこり笑って答えると、アレクも微妙な顔をした。昨日までのゼニスであれば、「めっちゃ痛い! 冷えピ○ちょうだい!」などと叫んだだろうが、今の私はもう大人なのである。
幼い弟に向かって「かめ○め波ー!」とか言いながら殴りかかったりは、もう二度としない。正直ごめんなさい。
「ゼニスお嬢様……。お医者様を呼んだほうがいいですか?」
真顔になったティトが、そんなことを言う。正気を疑われているようだ。
「いやいや、平気だって。あーでも、お医者はいらないけど、たんこぶを冷やすものが欲しいなぁ」
保冷ジェルはもちろん、氷もないだろう。今は夏だ。温暖なこの地域じゃ、冬になっても雪は降らない。氷室とかそんな高級なものは我が家にはないし。
「では、井戸水で手ぬぐいを冷やしてきますね。……本当に大丈夫ですか?」
「平気、平気。手ぬぐいお願いね」
「はい」
お盆を持って部屋を出たティトと一緒に、アレクも行ってしまった。警戒されている。
私はため息をついて、ベッドから降りた。
周囲のみんなに大変な迷惑をかけてしまった7年間だったが、今日からは前世32歳の大人としてしっかり生きていこう。
てか、今の私は前世32歳プラス今生7歳で39歳か。立派なアラフォーである。……なんか心がえぐられる響きだな、アラフォー。
私は微妙な思いを心の隅に追いやると立ち上がった。異世界転生をした以上、どうしても試さねばならないことがある。部屋の真ん中で両手を広げて言った。
「ステータスオープン!!」
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