転生大魔女の異世界暮らし~古代ローマ風国家で始める魔法研究~

灰猫さんきち

第一部 幼少期

第一章 異世界生活、スタート

第1話 お約束の頭強打

「にゃんたまキラキラ金曜日! にゃんたまキラキラきんようび~!」


 のどかな夏の田舎村に、元気いっぱいな幼子の叫び声が響いた。


「明日はうきうき週末で、だけどわたしは出勤日ー!」


 舗装されていない土の道を、小さな少女が走っている。明るい褐色の髪、赤みがかった茶の瞳をした6、7歳くらいの子供だった。簡素な麻の短衣チュニカに革のサンダルという出で立ちである。

 夏の日差しは強い。ここのところ晴れの日が続いたせいで、土はすっかり乾燥していて、少女の足が地面を蹴る度に土ぼこりを立てた。土ぼこりの向こうには低く連なる山々と、その山肌に刻まれたブドウの段々畑が見えた。

 道沿いには、まばらに民家が並んでいる。大半が石とレンガ造りの素朴な平屋だった。少女がたまに通行人とすれ違うと、相手は「またか」というような顔で苦笑をする。


「待って下さい、ゼニスお嬢様! また変なことばっかり叫んで!」


 もう一人、少し年上の少女が息を切らせながら、小さな主を追いかけていた。濃い茶色の髪と瞳をした彼女は、10歳程度に見える。短衣より長いスカートをはいているせいで、走りにくそうだった。


「ティト、おそーい! 早く来ないと、遅刻でタイムカード押しちゃうよ!」


 乾いた土の道の上で、ゼニスと呼ばれた子供がぴょんぴょん跳ねる。


「なんですか、タイムカードって。ゼニスお嬢様の言うことは、わけがわかりません」


「わたしもわかんない! けど、思うままに叫べと内なる魂がささやきかけてくるの。あ、魂はソウルって読んでね」


「意味不明です」


 ようやくティトが追いついた、ように見えたのも一瞬で、ゼニスはまた勢いよく走り始めた。

 しばらく走った後、ゼニスは道脇に生えていたオリーブの木に飛びつくと、よいしょ、よいしょと登り始めた。


「正義の味方は高いところから登場するんだよ。タキシードな仮面様も、いつも電柱の上とかからお花投げてた!」


「なんですか、タキシードって……。あぁ、気をつけて下さいね。お嬢様がケガでもしたら、あたしが奥様に怒られちゃう」


「そんなヘマしないよ! それより見て見て、セーラーな美少女戦士の決めポーズ!」


 ゼニスが不安定な枝の上でポーズを取る。片手を腰に当て、もう片方の手は指を2本立てて額に持っていく。当然、両手が離れて、支えを失った体がバランスを崩した。


「うわ、わあぁ!?」


「お嬢様!!」


 悲鳴をあげるのと、滑り落ちるのはほとんど同時。ティトが慌てて駆け寄るが、間に合わない。

 ゼニスは地面に落っこちて、盛大に土ぼこりを立てた。







++++







 後頭部がひどく痛んで、わたし、いいや、私は目を覚ました。

 横向きに寝転がった寝椅子から見えるのは、見慣れた自宅の部屋。石造りで、シンプルながらモザイク画が描かれている。


「ゼニス、あぁ、よかった。目が覚めたわね」


 すぐ隣で声がした。横を見ると、ベッドの端に座ったお母さんが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。

 昼間の仕事を中断したらしく、インクや糸くずで汚れたエプロンをつけたままだ。私よりも少し色の濃い茶色の瞳が揺れている。


「えぇと……」


「あなた、木登りして木から落ちたのよ。ティトが真っ青になって人を呼びに来て、家まで運んでもらったの」


 そうだった。私が調子こいて木の上で月のプリンセスの真似をしたものだから、足を滑らせたんだった。

 おそるおそる後頭部を触ってみると、大きなたんこぶになっている。ちょっと触っただけですごく痛い。

 でも出血しているわけでもないし、意識もはっきりしてる。痛みはあるが吐き気などはない。大丈夫だろう。


 そして。

 頭をぶつけた衝撃のせいなのかどうかは分からないが、私の脳みその中で猛烈な勢いで記憶と人格の統合が行われていた。


 ユピテル共和国の片田舎の生まれ、弱小貴族の長女ゼニス・エル・フェリクスの心と。

 21世紀の日本で32歳まで生きて死んだ社畜喪女の精神とが。

 ゼニスとして生まれて以来、赤ん坊の頃から中途半端に混ざりあい、混沌として自分でも理解できなかった『前世の記憶』が急速に整理されていく。ごちゃごちゃに散らかっていた知識と記憶と経験とが、明確に仕分けされてあるべきところにしまわれ、整理整頓されていく。


 ベッドの上でまばたき一つ。

 うん。私はゼニス。この村を領地とするエル家の長女で、7歳女児。先月誕生日だった。

 そして、前世の記憶を持つ転生者でもある。


 ユピテル共和国なんて国は、地球の人類の歴史になかったはずだ。絶対にと言う自信はないけど、たぶんそうだ。

 つまり私は――異世界転生を果たした!


「なんてこった」


 呟いて頭を抱え、でっかいたんこぶをうっかり触ってしまって、


「いたたたた、なんてこったぁー!」


 痛みのあまり、自業自得の悲鳴を上げたのだった。

 

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