第11話 十章
「まさか、警察まで頼りにならないのか」
ついに警察は動かなかった。森本の両親からも連絡をもらったけど、そもそも学校内に警察が踏み込んだ形跡がほとんどない。職員室にそれらしき人が来ていたなんて話は上がっているけれども、それもおそらくパフォーマンスだ。
現場であるパソコン室には、警察がまったく踏み込んでいなかったんだから。
「水川さんのお父さんが政治家だから?」
確かにそれはありえた。政治家ならば警察に少しは顔が利くだろう。しかし、それではもう手出しのしようがないんじゃないか。俺たちも、ゲームをクリアできなければ森本の様に、ずっと眠らされてしまうのではないだろうか。
「くそっ、どうしてこんなことに」
もちろん、学校内での立場は向上して、以前よりもよい生活を送れていることは確かだ。高校生にとって、学校はほとんど世界と言ってもいい。しかし、それは自分の体をかけるほど大事なものなのだろうか。
「まさか、警察まで頼りにならないのか」
ついに警察は動かなかった。森本の両親からも連絡をもらったけど、そもそも学校内に警察が踏み込んだ形跡がほとんどない。職員室にそれらしき人が来ていたなんて話は上がっているけれども、それもおそらくパフォーマンスだ。
現場であるパソコン室には、警察がまったく踏み込んでいなかったんだから。
「水川さんのお父さんが政治家だから?」
確かにそれはありえた。政治家ならば警察に少しは顔が利くだろう。しかし、それではもう手出しのしようがないんじゃないか。俺たちも、ゲームをクリアできなければ森本の様に、ずっと眠らされてしまうのではないだろうか。
「くそっ、どうしてこんなことに」
もちろん、学校内での立場は向上して、以前よりもよい生活を送れていることは確かだ。高校生にとって、学校はほとんど世界と言ってもいい。しかし、それは自分の体をかけるほど大事なものなのだろうか。
「俺たちはどうすればいいんだよ」
海堂さんを止めるにはどうすればいい?
もはや警察にすら影響を及ぼすことのできる海堂さんと水川さんに対して、俺たちができることなんてあるのか?
石川さんが空元気で話すが、それもなんだか見ていて痛々しい。
「ほら、今週末は天草君のサッカーを応援にいくんだよね。楽しみ!」
そうだ、問題は山積みだった。
週末には、天草が海堂さんに頼んでスタメンを確約してもらった試合がある。それを、今野さんと俺たちの三人で応援に行くと約束していたのだ。
もちろん、天草を素直に応援したい気持ちはあるけれども、きっと全てを純粋にそこに向けることはできない。だって、もし、試合に負けてしまえば、天草はどうなるのだろうか。俺達でも海堂さんの力が働いたこともわかっているのだから、きっとサッカー部員も気が付くはずだ。
海堂さんに関われば、どんどんと追い込まれていく。間違いなく、俺たちの学校ないでのカーストはトップだ。しかし、山でもそうだが上にあがればあがるほどに足場が狭く、追い込まれた状況になってしまう。
俺はその先のことを考えたくなかった。
いや、考えられなかったと言うべきかもしれない。
俺は天草の活躍を祈ることしかできなかった。あいつが、実力で掴んだレギュラーなのだと証明してほしかった。先輩をも納得させるような結果を出すしかない。
そして、それができると信じていた。
放課後になると、教室からは次々とクラスメイトがいなくなる。みんな部活に行ったり、塾に向かったりするからだ。俺は机の中から教科書を取り出す。
すると、携帯が鳴る。メッセージの通知だ。見ると、そこには石川さんからのメッセージが届いていた。
俺は、それを見てからすぐに校舎裏へと向かった。
「どうしたの石川さん。急に呼び出したりなんかして」
なぜか、そこには悠介がいなかった。普段は三人で集まっているはずなのに、なんだかおかしい。石川さんと二人で話すことは慣れたけど、それでも今日だけはなんだか違和感があった。
「あのね、荒木君。こんな時にいう事じゃないのかもしれないんだけど」
「どうしたの?」
明らかに石川さんの様子がおかしい。なんだか、隠していたことを話そうとしているような、そんな気がした。
「私ね……」
「うん」
「実は、荒木君のことが好きなの」
「え?」
一瞬何を言われたのか分からなかった。彼女は俺のことを好きと言ったのか?
「だから、付き合ってください」
彼女が頭を下げる。俺は彼女のことをよく知っているつもりだった。石川さんなんて、クラスどころか学年のマドンナだ。そんな美少女が俺の事を好きなんて、夢でも見ているんじゃないかと思う。だけど、さすがにおかしい。
「どうしたの? 何かあった?」
「え?」
俺は心苦しいながらもそう聞いた。さすがに、石川さんの様子がおかしい。俺のことが好きかどうかはともかく、森本がこんな状況になって天草もかなり危ない。そんな状態で告白なんて、普通は考えられない。俺も普段ならそれを喜んだだろうけど、今は付き合うとかそういうことを考えられる状態じゃない。本当に俺の事を好きで言ってくれているのなら、申し訳ないけど無理だ。
「やっぱり、迷惑だったかな」
「違うよ。本当に嬉しいんだ。ただ今はどうしてもそういうことを考えられない」
「そっか、そうだよね。ごめんね」
石川さんは目に涙を浮かべながらうつむいた。俺は胸が痛くなる。しかし、仕方がない。俺にはどうしてもそんなことを考えられない。森本と天草の問題が解決、いやパソコン部に関する問題が全て解決してからの話だ。
「急にどうしたの?」
石川さんも、きっと苦しんでいる。彼女なら、今は俺が告白を受けることなんてないことはわかるはずだ。ゲームの実力に不安がある石川さんが、もっとも森本の植物状態に恐怖を覚えるのは当然だった。
俺は、そのケアを怠っていた。
「ごめんね、急に。ごめんね」
石川さんの黒くて大きな瞳から、大粒の涙が流れ出す。しかし、俺はその涙をぬぐうこともできない。どうすればいいのだろうかと考えるけれども、こんなときに取るべき行動がわからない。
石川さんが目の前で泣いているのに、俺は何もできなかった。
もう、パソコン部は崩壊し始めている。
そして、さらに俺を悩ませることが起こる。ついに迎えた天草のスタメンで出る試合。俺は石川さんと悠介と今野さんと応援に向かう。だが、石川さんとは告白以来は気まずくて電話もメッセージもしていない。
間に悠介と今野さんが挟まってくれて助かった。
しかし、試合の結果は散々だった。天草はもちろんスタメンだったし、それを意気に感じているようでかなり動きが良かった。しかし、連携が不足している。どうしても、試合に出ていた経験が少ない天草ではどうにもできない。
さらに、先輩たちも不満を持っていたのか天草がフリーだとしてもパスを回さないようなシーンもあった。しかし、天草はそれでも活躍しようとして敵に向かって行くけれども、どうしてもスタンドプレーに見えてしまう。
「雄大! がんばれ!」
今野さんの応援が響く。だけど、天草には届かない。必死に走り回るけれども、パスも回ってこないのでどうしようもない。なんとか相手のパスコースを防ぐなどできることで貢献しているが、苦しそうだ。
「ああっ!」
そんな体力が削られた天草を、相手チームも当然だが狙ってくる。次々とボールを持った選手が天草の守る方向へとせめてラインを押し上げようとしてくるのを懸命に防いでいるけれども、一人では限界がある。
結局、天草のところを集中的に攻撃されたことで次々と点を取られてしまい、チームも敗戦してしまった。最悪だ。思いつく限りで、最悪のシナリオだ。
「なんだよこれ。天草がかわいそうだろ」
「ひどい、こんなの」
俺たち四人は言葉を失った。あまりにも悲惨な結果に、俺たちもどうしていいかわからなかった。天草は、レギュラーになったのにもかかわらず、ほとんど活躍できなかった。いや、それよりもこの後だ。
きっと、レギュラーを外された先輩も、他に試合に出られなかったメンバーも天草に反感を抱く。彼が出たせいで負けたとそう受け取るだろう。そのことで、天草がサッカー部で孤立することは目に見えている。
「どうするんだ?」
悠介が俺に聞いてくる。俺はそれに答えられない。どうしたらいいのだろうか。
天草がレギュラーになれたのは海堂さんのおかげだ。だからといって、天草が試合に負けてしまったら何も残らない。それどころか、先輩たちから恨みを買うかもしれない。それで頼れるのは、海堂さんだけだ。そうなればどんどん海堂さんがいないと学校生活が成り立たなくなってしまう。
「どうすればいい?」
考えろ。なんとか、この状況から天草を救い出す方法を。このままだと、天草はさらにサッカー部で孤立していき、ついには普段の学校生活にも影響を及ぼすことは想像に難くない。天草は、こんなところでつぶれていいはずがない。
「荒木君」
石川さんが俺の名前を呼ぶ。しかし、俺はそれどころじゃない。とにかく、今はどうにかして天草を救う方法を考えないと。どうすればいいんだ?
「おい荒木」
「え?」
そこにいたのは、天草だった。彼は、汗をぬぐいながらこちらに向かってくる。
「お前、どうしたんだ?」
まだ、サッカー部でミーティングがあるはずだろう。観客席にいていいはずがない。すぐに戻らなければ、より孤立してしまう。
「いや、いいんだ。俺はもう、サッカーをやめる」
天草は諦めるように、そう言った。
「何言ってんだ? これからもっと練習すればいいんじゃないのか?」
悠介も俺と同じように考えていたのか天草の言葉を否定した。
「もう無理だ。これ以上続けても意味はない」
「そんなわけないだろ」
「いや、もういい。先輩たちにも申し訳ないし、あんな方法でレギュラーを手にした俺なんかがサッカーを続ける資格は無い」
しかし、それに俺たちが反論するよりも今野さんが強く反対した。
「雄大の馬鹿!」
「おいおい、俺がサッカーをやめたら、毎週ちゃんとバトミントンの応援にいくからさ。ほら、美紀も嬉しいだろ。休みにはデートもいけるぞ?」
「そんなこと望んでない!」
今野さんはそう言ってカバンを投げつける。天草がそれを受け止めてよろめいた隙をついて、狭い観客席の間を抜けて走って行ってしまった。
「待って!」
石川さんがすぐにそれを追いかける。今野さんはとりあえず石川さんに任せるしかないだろう。二人にしかわからないことだってあるはずだ。
「いったい、なんなんだよ。女心ってわかんねえなあ」
天草は照れ隠しの様に、へらへらと笑っている。だけど、こいつならわかっているはずだ。今野さんの気持ちを。
「すぐに追いかけてこい。今なら間に合うだろ」
俺がそう言うと、天草は痛いところを突かれたという顔をした。やっぱり、どうすればいいのかを理解している。だったら、早く行けよ。
「いやいや、ほんと疲れたよ」
俺は観客席に腰を下ろそうとした天草の胸元を掴んだ。汗でぐっしょりと濡れて貼りついていたシャツをしっかりとつかむと、天草は表情を変える。
「なんだよ。お前らしくもない」
「いいから、早くいけ。こんなところで油を売ってる場合じゃないだろ」
「お前に何がわかるんだよ」
「わかるよ!」
それは天草本人だけが知らないことだ。だけど、それはしっかりと今野さんの口から伝えるべきだと思っていたけれども、それでも仕方がない。
「それ、開けろ」
「お前、なんだか怖いぞ」
俺の声がどうなっているかは知らない。きっと冷たいんだろう。だけど、それは知らない。別に意識もせずにこの声が出るようになってしまった。
「いいから、開けろ」
「わかったよ」
天草はしぶしぶながら今野さんのカバンを開ける。そこにあったのは、弁当箱だった。中には、もちろん今野さんの作った弁当が入っている。
「なんだよ、これ」
サッカーボールの柄になるよう海苔を貼り付けた丸いおにぎりに、卵焼きやタコさんウインナーにブロッコリーなど今野さんが心を込めて作ったのがよくわかる。
きっと、天草がサッカーをしてる姿を思い出しながら作ったのだろう。
天草はそれを見ながら固まっていた。しかし、涙がぽつりとこぼれる。
「ごめん。美紀。ごめん」
「いいから、はやくいってこい」
俺と悠介は、黙って試合の終わったグラウンドを見ていた。
「とりあえず、天草が変な考えを起こすことは無いだろ」
天草は結局、サッカー部に今も所属している。確かに周りからの目は冷たいが、レギュラーを外されて楽に練習できているらしい。
もちろん、勝つことやレギュラーで活躍することも大事だとは思うけれども本人が楽しめることが一番だ。天草は、今野さんとも仲良くなってとりあえずのところは頑張ってみるらしい。
しかし、すべてが幸福に終わりを迎えるわけではない。森本が目覚めないままについに次なる追放が行われた。それは、女子が三人だった。
大和田さん。久野さん。飯山さん。もちろん、俺は話したことも無い。
石川さんによると、三人ともやはり良い評判は聞かないような人間だったが、二年生の彼女たちに恨みを抱いているのは誰なのだろうか。
もちろん、俺も悠介もかかわりは無いし、天草も関係がない。森川さんとは学年が違うしい、石川さんもそんなお願いはしていないはずだ。
なら、森本が事前に海堂さんへと頼んでいたのだろうか。しかし、なぜ?
話を聞いて回る限りは、森本も三人にはかかわりがない。
その答えは意外な形で、現れることになる。
「今日は、いい天気だね。あはは」
もともと、その日は俺と悠介と石川さんの三人で食事をするはずだったのだが、悠介が数学の補習をくらったせいで急遽、俺と石川さんの二人で昼ご飯を取ることになったのだ。石川さんはがちがちで、箸の使い方すら危うい。
「別に気にしてないよ。前の事は」
おそらく、石川さんが前に告白をしてきたことを気にしているんだろうと思っていた俺は、できるかぎり気を使わせないようにと言ったつもりだが、どうやら逆効果らしい。石川さんは顔を真っ赤に染めている。
どうしたものかと悩んでいると、そこに一人の少女が現れた。
「あなたが荒木君と、それに石川さん?」
「そうだけど、誰?」
パソコン部の一件から名前と顔が一気に知られるようになった俺と石川さんが、こうやって名前を確認されるとは珍しいことだなと思いながら振り返る。すると、そこには見慣れない生徒がいた。
「私は佐野幸葉。急な話で申し訳ないけど、私をパソコン部へと入れて欲しい」
ああ、そういうことか。また、パソコン部に関することならと思って俺は断ろうとした。それを遮るように、佐野さんは話を続ける。
「私なら、森本君を直してあげられる」
俺は、一筋の希望にすがるしかなかった。
「すいません、海堂さん。あの話は本当なんですか?」
その少年たちは、もう理性を忘れていた。彼らは、あまりにも魅力的な葡萄を前にして、今までは苦いとまずいと自分に対して無理に理解させてきた。それを甘いと認識させられ、さらにはその葡萄を与えてくれるというのだ。
「もちろん、君たちの働き次第だよ」
「で、でも僕たちなんか顔もカッコよくないですし、勉強も運動も……」
そんなことは知っている。どうせ、ゲームばかりして勉強も運動もできない。それどころかゲームとばかり向き合っているから人と円滑なコミュニケーションもとれずに常識すらも知らない。そんな奴らばかりを集めたのだ。
「大丈夫だよ。君たちがその得意なゲームで敵をばたばたとなぎ倒していくんだ。森川さんだって、きっとそんな君たちを魅力的に思うはずさ」
当たり前だけど、女性の方が恋愛において気持ちを大事にする。こんな、自分たちの全員で森川さんを惚れさせるとか考えてるやつらになびくはずはない。だけど、女子とこれまで向き合ってこなかった奴らにはわからない。
「では、ここにサインを」
こちらだって、動きをつけないわけじゃない。内密に、五人の部員が新たにパソコン部へと入部した。エサは、戦闘要員ではない森川さんだった。
五人の部員が去った後に、海堂は問う。
「僕は、最低だと思うかい?」
やっていることと言えば、自分が無理やりに入部させた美人な部員を餌にさらなる部員を釣っただけに過ぎない。それも、調子のよい言葉を並べ立てて彼らを騙している。到底、特に女性から見れば許せることでは無い。
「いえ、全く」
だけど、蛍にはそれは大したことでは無かった。もちろん、妄信的に彼の事を信じているわけではないけれども、彼がやっていることは全て自身のためであるという前提が、蛍の目を曇らせていた。
ゲームはいったいどこへと向かうのだろうか。
海堂にはまだ駒がある。
現時点では、あと二つ。
「すまない、荒木君。手を抜いてあげるわけにはいかないんだ」
物語は、加速する。 第一部完
電脳戦争 渡橋銀杏 @watahashi
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