第37話 少女

 スガリは、そんなことを考えながら聖堂の奥へと進むことにした。


 聖堂の最奥部までたどり着いた三人だったが、そこにあったのは大きな祭壇だけだった。ロザリーはいない。祭壇に近づくにつれてスガリはある違和感を覚える。


 何かいるような気配がある。それが神様だとかいうつもりはない。だが、誰かに見られている気がするのだ。スガリは、剣に手をかけながらゆっくりと近づく。すると、突然声が響いた。


――ようこそ、私の信徒よ!


 まるで、頭の中に直接話しかけられたかのような感覚だった。しかし、あたりを見渡しても人はいない。いるのはナナとリノとスガリだけだ。


――私はテイネモシリ。我の愛を汝に授けよう


「やめなさい。そこにいるんでしょ」


 その声の途中で、ナナが声を出した。そして、そこにあったドアを開く。そこには、一人の男性がいた。見た目からしてもうかなり年を召している。


「魔力が動いたのが見えたわ。まあ、一般人からすれば神様を信じるには十分よね」


 確かに、スガリは普段からナナの魔法を見てきているから動揺はしなかったが、一般人からすれば十分に神様の存在を信じる材料になるだろう。


「そんなちゃちな手品はやめた方がいいわよ」


「貴様も魔法使いか」


 その老人は、魔法を見破られたにしてはやけに冷静だった。


「貴様なんて、失礼ね。私はナナっていうちゃんとした名前があるの」


 そう言うと、ナナはまじまじと老人の顔を見つめる。その顔には当然だが見覚えは無かった。まあ、帝都に来てから初めて歩き回っているのだから、ほとんどの人が初めて見る顔なのだ。しかし、こいつは何者だ?


 貴重な魔法使いであることを考えると、おそらく教団内でもかなりの地位が手に入れられるはずだ。もしかすると、こいつが教団の長かもしれない。


「あれ? なんだかおかしくない」


 しかし、ナナは老人の顔を覗き込むと何かに気づいたようだった。手招きして呼び寄せるようにナナがするので、スガリも同じように失礼だとは思いながらも顔を覗き込む。すると、確かにそれは違和感があった。なんだか、その老人の顔がつくりものみたいだったのだ。なぜそう感じたのか、それはわからないでいる。


「リノ。ナナの言っている意味がわかるか」


「ええ。だって、その老人は人間じゃありませんもの。ほら」


 リノは疑問に答える代わりに、手鏡を老人の顔のちょうど真ん中に建てた。普通なら、リノはそんな失礼なことはしない。だからこそ、何か意味があることが分かった。スガリはナナと顔を並べて、手鏡を覗き込む。すると、そこに違和感があった。


「この老人、顔が左右対称ですよ。だから、なんだか違和感があるというか気持ちが悪いです。たぶん、二人が感じている違和感もそれが原因でしょう」


 確かに、リノが手鏡を元に戻してから見比べてみると、目の細さやしわの数。そのすべてが全く対称だった。まるで版画みたいに。


「でも、どういうことだ? この老人が話して、魔法を使っていたんだろ?」


 スガリはナナに問いかける。その瞬間だった。ナナは思いっきり力をこぶしに込めて、そのこぶしを思いっきり老人の顔へとぶつけた。


「お、おい!」


 スガリはあわててナナを止めようとしたが、間に合わない。ナナのこぶしを止めるにはスガリが体全てを使わなければいけないので、必然的にとりおさえる、いや抱きしめるような形になる。


「な! 急に何!」


「ち! 違う!」


 そんな二人を見て、リノは微笑ましいなあと思っていた。そして、ナナのこぶしがぶつかった老人のほうはというと、何も言わずに佇んでいた。


「顔にひびが」


 リノはそこに触れると、ひびが入った部分に指をあてる。指についた物質は、おそらく蝋。つまり、蝋人形ということか。


「素手で蠟人形をたたき割るなんて、ナナも大きくなりましたね」


 まあ、そんなことができる人間は大陸広しと言えども彼女だけだろう。しかし、ナナの身体能力の高さはこんなところでも発揮されるらしい。走っても、飛んでも、彼女は圧倒的な身体能力を持っている。最強と謳われた傭兵、フェンドリックにだって本気でナナが戦えば負けることはないのだから。


 魔法は使わずとも。つまり、単純な戦闘力では圧倒的な力を有している。


「でも、どういうことなんだろう。確かに、この老人が魔法を使っていたように見えたんだけど。魔力の動きを見間違えたとは思えないし」


 魔力の流れを、ナナが見誤ったことは、過去には無かった。なぜなら、魔力の使用は基本的に魔力痕が残る。もちろん、それを隠すことはできるが、相手が自身よりも魔力が強い場合には看破されてしまうのだ。つまり、魔力の痕がばれないということは、ナナがその方向にむかって一切の視線を向けなかったか、あるいはナナよりも魔力が強い人間がいることだ。


 しかし、そのレベルの魔法使いがごろごろいるはずもない。ナナ以上の力をもっていればその時点で大陸にあるどの国でも十分に戦力としてカウントできる。そんな人間が見つかっていないとは思えない。それに、仮に見つかっていたとしても、この老人のように街中を自由に動き回れるはずがないのだ。


 ならば、一体どうやったのか。それは分からない。ただ、一つ言えるのは、目の前にいる老人が人間ではないということだけだ。


 その時だった。


 老人の顔に亀裂が入り、中から人間の女の子が出てきた。いや、人間なのか?


 その少女は見たところは別に、不思議なところはない。オレンジがかった赤の短い髪に水色の瞳。背の高さもナナと変わらないくらい。平均的なスタイルの女の子だ。  


 一つだけ違うのは彼女の背中に羽が生えていることだった。大きな翼が。


「うふふ、見つかっちゃった。じゃあね」


 彼女は、薄く微笑むとこちらに手を振った。その光景が神々しくて、スガリは何もできないでいた。そして、彼女はそのまま飛び上がって、聖堂の屋根をすり抜けて消えていった。ナナが慌てて外に向かうのに合わせてスガリもそれを追うが、外に出て彼女が通ったところを見るころには彼女の姿はどこかへ消えていた。


 先に出ていったナナに何も言わずに問いかけるが、ナナも首をふるばかりだ。いったい、彼女はなんだったんだ。


「羽をはやす魔法なんて、聞いたことがない」


 彼女は、何者なんだ。そのことが頭を支配するのに時間はかからなかった。

                                 第一部(完)

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Number9 渡橋銀杏 @watahashi

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