第36話 教団

「まずはご苦労だった。君の活躍はアルタイルの報告で聞いている」


「ありがとうございます」


「ゆっくり休んでくれ。いきなり戦場へと向かってもらうのは申し訳なかったと思っている。いくら、君でもさすがに疲れただろう。当分、君の出番はないはずだから」


「わかりました。失礼します」


 ナナがそう言うと、三人が揃って立ち上がり、サンクチュアリの部屋を後にした。


「さあ、なにを食べようかな」


 ナナは早速美味しいものを探しに飛び出していった。


「俺は古代の遺跡とかが見たいんだけどな。旧帝都には文化的な価値があるものがたくさんあるのに、ナナはそう言う事に興味がないだろうけどさ」


 スガリは、溜息を漏らす。


「ひどい、崩れようだな」


 ナナにご飯を食べさせてから、スガリはかつてアンドロマキアで民衆の心を支えていた信仰の対象である神をかたどった銅像とその神に祈りをささげる聖堂へと向かった。しかし、そこには悲惨な光景が広がっていた。


 銅像は燃えて崩れており、聖堂はぼろぼろで所々に人為的な穴があけられていた。 


 おそらく、敵が侵攻した時に何かしら金品などを求めて忍び込んだのだろう。美しく作り上げられたステンドグラスも、ぐしゃぐしゃに割れて床に落ちている。


 何よりも悲惨だったのは、その周りにいる人々だった。もう、彼ら彼女らは目に光を宿していない。かすかに残る信仰心が、この場所へと呼び寄せたのだろう。幾人かが、こちらを見ていたが決して話しかけるような素振りは見せない。ただ、この日を生きていくのみに食べ物を食べて水を飲んでいる。


 こんな状況を、早く何とかするためにも国を再興させなければいけない。


「おやおや、こんなところにも飢えに苦しむ方が。ほら、どうぞ」


 そこに一人の修道女が現れた。その修道女はどこから手に入れたのかもわからないパンと水を、聖堂の周りにいる人たちに配っている。もう、人々はお礼を言う気力すら残っていないようだが、しっかりと頭を下げて感謝していた。それに対して、修道女も笑顔で返している。


 民衆の生活を保障するのが国の役目であり、スガリの役目でもあると自負していた。だからこそ、彼女のようにふるまわなければいけないことはわかっているが、そんな力はない。スガリ達だって裕福な暮らしをしているわけではないのだから。


 だけど、彼女に礼を言うくらいのことはできる。スガリはその修道女に歩み寄って、声をかけた。


「君は何をしているのかな?」


 スガリの言葉に、修道女は変わらない笑顔を浮かべて返す。


「私は、わが主の命に従って救済を施しているだけです」


 その言葉は、まさに聖女のような慈愛に満ちた響きを持っていた。しかし、それに違和感を覚えた。優しすぎたのだ、それも作り物のように。彼女は、スガリのことを見つめると言葉を紡ぎ続ける。


 それは、まるで神によって決められた台本を読むかのように淡々としていて抑揚がなかった。ただ、優しい表情と口調がそれについているだけだった。


「そ、そうか。ありがとう」


「いいえ、私はただ神に仕えるのみですから」


 彼女はそう言ってバスケットに入ったパンと水を配りに歩いて行った。


「どうしたのスガリ。なんだか、調子が悪そうよ」


 ナナが少しかがんで、覗き込むようにスガリの顔を窺う。心配してくれているのはわかるのだが、どうしても先ほどの彼女が気になった。


 あれではまるで人間らしさがない。何も感じていない、ただの人形。それが、スガリには恐ろしく思えた。だが、それを否定するように頭を振った。


 きっと、あの女性はああいう人間なのだ。誰かを救うことだけに喜びを感じている、そういう存在なのかもしれない。


 だけど、どこか心に引っかかるものがある。本当にそうなのだろうか? 



 スガリは、彼女についていってみることに決めた。すると、彼女はすぐに見つかった。ゆっくりとしたペースで、教会らしき建物の中に入っていった。先ほどの破壊された教会とは違う宗派なのは、一目でわかる。掲げている旗に見覚えはなかったけれども、建物があまりにも綺麗なままで保存されている。これはおかしい。


「ナナ、ここは絶対に何かがある」


「別にやることもないからいいよ」


 スガリ達が中に入ると、そこには数十人の子供たちがいて、子供たちは一斉にこちらを見た。その瞳には警戒の色がありありと浮かんでいて、思わずひるみそうになる。しかし、ここで引くわけにもいかない。


 スガリ達は一歩踏み出して、子供達に声をかけた。


 最初は、なかなか近寄ろうとしなかったが、しばらく話すうちに少しずつ近づいてきてくれるようになった。その中で、一番年上の少年が代表して答えてくれた。


 彼の話では、彼女は孤児を引き取って育てているそうだ。名前は、ロザリーというらしい。彼女はいつも身につけていた十字架を首から下げていたという。


「ロザリー。聞いたことのない名前だ」


「スガリ、あの女性には気を付けた方が良いです」


「何か、知っているのか?」


「ええ、彼女の首にかけていたロザリア。あれはテイネモシリ教団のものです」


「テイネモシリ?」


 スガリには聞き覚えの無い単語だった。教団というのは、宗教ということだろうか。ならば、この建物がテイネモシリ教団が持つものなのか。


「新興宗教団体です。どうやら旧帝都を中心に活動範囲をひろげているらしいですね。最近になって急激に力をつけてきた集団だと聞いています」


 そう言ってリノは自分のポケットからメモを取り出して、テイネモシリという教団について調べた情報を見せる。そこにはこう書かれていた。


 テイネモシリとは、旧世界より伝わる神話である神界エデンと魔界イーラの対立の物語に登場する神様である。その存在は絶対神であり、全ての創造主である。


 正義の神様や悪の神様、炎、水、風、雷などの分類もない。ただ、全てがテイネモシリである。わかりやすくいうなれば、この聖堂も、メモも、スガリ自身もテイネモシリである。そんな感じだ。


 そして、それは常に平穏を望んでいる。飢えている人間も無ければ、私財をため込んでいるものもいるべきではないと。すべての人間がテイネモシリの名の下に平等であり。平等に幸福と苦難を与えられる。だからこそ、今にも餓死しそうな人々にパンと水を分け与えていたのだろう。


「なるほど、宗教団体を装った政治活動かもな」


 帝政アンドロマキア、共和政アンドロマキアにも揃って明確に存在したのが、厳格な身分制度であった。それ故に、貴族階級の人間は平民を見下す傾向にあった。しかし、その制度はテイネモシリの教えに反している。


 テイネモシリは、すべての人に等しく幸福を与えてくれる。それがたとえ奴隷であっても。それがたとえ貧民であろうとも。たとえ王族であろうとも。


「すでに貧民の大部分には布教を終えているらしいので、きっといつか国を動かすことになります。それが良いことか悪いことかは」



「まあ、そうだな。人の数は武器になる。そのテイネモシリ教団の長は誰なんだ?」


 宗教団体は、基本的に外面だけは政治などを介さずただひたすらに救いを求めている。その実内部ではどんな陰謀が繰り広げられているのかはわからない。もし仮に、彼らが本当に救うというのならば、パンと水を与えることが正解なのだろうか。


「それが不明です。突如、大陸のどこかで発生した宗教らしいです。アンドロマキアには国教がなく、信仰の自由が認められていたので細々と活動していたらしいですけど。今回の戦争で他の教団が領土外へ逃げ出したのも関わらずに、テイネモシリのみがとどまったらしいですね」


 リノの言葉を聞いて、スガリは考え込む。もし、このまま国がまとまらず内戦が続いたらいったいどうなるか。教団が国を建てる可能性すらもある。


 しかし、それは間違いなくうまく使えば莫大なエネルギーを持つ劇薬だった。

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