✾ Episode.2 ✾ 『ガーナ王弟と恵みの神』


 ――およそ十六年前ねんまえ、カール王国おうこくにて。



 人間にんげん地上ちじょうからはる上空じょうくうにあるくもうえ王国おうこく カール王国おうこくには、一際ひときわ目立めだしろ石造いしづくりのとう〔ここでは〝神々かみがみとう〟とぶ〕がある。

 地上ちじょうよりも太陽たいようちかいということもあり、天候てんこうれていなければ、ひかり反射はんしゃして神々こうごうしい姿すがたおがむことができるだろう。

 どんよりとしたくもぞらるそれは格別かくべつで、はじめのうちはかなり印象的いんしょうてきうつる。

 ただそれも、よくよくてみれば風化ふうか日焼ひやけで色褪いろあせていて、地表ちじょうちかくのくさとう輪郭りんかく沿ってつたびているのをたりにすると、これがいかになが年月ねんげつごしてきたのか、自然しぜんおもいがよるほど。

 カール王国おうこくはその土地とちのほとんどがなだらかで、民家みんかひくく、むかし立派りっぱえていたであろう建物たてものも、おおくはさびれていたり、こわれていたりする。

 それもあってか、塔を含めた町全体が一見 寂れている〔れたあじわいのあること〕ようにもえるが、やはり〝くにのシンボル〟というだけあって、ほかのモノよりぐんいていることは一目瞭然いちもくりょうぜんだった。

 そのたかさはとう先端せんたんくもけるほどたかく、出入でいりする唯一ゆいいつもんはおよそ一九〇mえの成人男性せいじんだんせいたてに五人ほどつらねたくらいのおおきさがある。

 うまでもなく〝神々かみがみとう〟は、もの圧倒あっとうさせるほどの存在感そんざいかんはなっているのだが、残念ざんねんなことに、その実情じつじょうほどうつくしくはない。

 というのも〝神々かみがみとう〟は、くにのシンボルとすることをねらいとしててられたのではなく、〝かみ〟が〝かみ〟をばっする場所ばしょ、あるいは、〝かみ〟が〝べつのかみ〟に〝神頼かみだのみ〟をする場所ばしょとしててられたとうだからだ。

 ゆえにこのとう使つかわれるときというのは、大抵たいてい場合ばあいが〝不幸ふこう〟のはじまりであることがおおかったりする。



 ――いわゆる、いわくつきの場所ばしょだ。



 〝神々かみがみとう〟はおもに二つのエリアにけられていて、一つが下段げだんにある〝神々かみがみ〟、もう一つが上段じょうだんにある〝審判しんぱん〟だ。

 どちらもカール王国おうこくでは唯一ゆいいつ不可能ふかのう可能かのうにする場所ばしょとして名高なだかいが、利用頻度りようひんどとしては当然とうぜんのことながら、かなりすくない。

 ひと出入でいりも 指定していされた人物じんぶつ、あるいは、一部いちぶ人間にんげんかぎり、おおくの人間にんげんがそこに密集みっしゅうするなんてことは滅多めったになかった。



 ――そう、滅多めったにないことなのだ。



 それなのにこのめずらしく、〝いわくつきのとう〟に長蛇ちょうだれつ出来できていた。

 しかもなん因果いんがか、当時とうじさいだった猩々しょうじょうもまた、長蛇ちょうだれつなら一員いちいん仲間入なかまいりしている。

 かれはまだ寝起ねおきの状態じょうたいだった。

 かみもボサボサで、みがかず、ろくにあさごはんもべていない。だからあたままわらず、まぶたおもく、欠伸あくびだってまらなかった。



 ――がた



 そらっすらとしらはじめ、太陽たいようがゆっくりとかおころしろとうには東雲色しののめいろひかりした。

 夜明よあけにるそれは、やや黄色きいろみがかったあわ桃色ももいろひかりはなっている。その光景こうけい日中にっちゅう神々こうごうしさとは段違だんちがいで、ぼんやりと幽霊ゆうれいのようにえた。

 時間じかんによってまと雰囲気ふんいきえる不気味ぶきみとうをわざわざくにのシンボルにするなど、このくに王様おうさままったわっている。

(おっさん〔現国王げんこくおう ラスターおうのこと〕らしいぜ)

 猩々しょうじょうのひらサイズの通行証つうこうしょうだるげにトン、トンとかたたたきつけてから、わりにそれをくちてて、なみだるほどおおきな欠伸あくびをした。

「ねみぃ。マジでこんな時間じかんなんようだよ、あのおっさん」

 なんとなく背伸せのびをして、かれまえならんでいるひと人数にんずうかぞえてみる。大人おとなどもわせてザッと七十人くらいだった。

 ということは、自分じぶんはまだ七十一番目ばんめくらいの位置いちにいる。とう開館時刻かいかんじこくのぼってからおよそ一時間後じかんご……。

 これはあまりかんがえたくもないことだが、おな場所ばしょ長々ながなが時間じかんつぶさなければならないのは、かなりゾッとする。

 今度こんど欠伸あくびではなく、溜息ためいきれた。

(めんどくせぇ。はやくククナにいにきたいのに)



 ――ククナ。



 ククナは猩々しょうじょう数多かずおおくいる友人ゆうじんの一人であり、カール王国おうこく 国王こくおう大事だいじ孫娘まごむすめでもある。

 かつてラスターおう彼女かのじょまれて三ねん月日つきひったころ、おなじく当時とうじさいであった猩々しょうじょうめ、

なにがあってもククナをまもりなさい」

 とじかわたした。

 かれは三さいというおさなとしにして、ぐんくほどの美貌びぼうたずさえ、またあたま回転かいてんはやく、ククナとおなどしにしてカリスマせいあわせていた。

 そんなことから器量きりょういと判断はんだんされ、彼女かのじょ護衛ごえい けん はな相手あいてみずか抜擢ばってきしたそうなのだが――もちろん猩々しょうじょうも、はじめのうちは上手うまいこと のらりくらり とさそいをことわつづけていた。

 おうからの命令めいれいえど、これまで自由奔放じゆうほんぽうにやってきた自分じぶん人生じんせいをそう簡単かんたん手放てばなすわけにはいかない。

 まもらなければならないひとがいるというだけで、かれにとっては十分じゅうぶんな〝しばられごと〟であり、〝重荷おもに〟なのだ。

 だから「絶対ぜったいうことをいてやらないぞ!」というかた意志いしのもと自分じぶん人生じんせい堪能たんのうしていたのだが――それもむなしく、いまでは完全かんぜんに〝この仕事しごと〟のとりこになっている。

 おうからのさそいが かなり しつこかったのもあるが、おもいのほか、〝偶然ぐうぜん〟ご対面たいめんした孫娘まごむすめ顔立かおだちがかったのである。



 〝おとこ二言にごんはない〟はずだったのに――。



 と、なか落胆らくたんしつつも、ククナに〝いたい〟とおもっている時点じてんで、彼女かのじょ中心ちゅうしん生活せいかつおくることに、あまり抵抗ていこうはなくなっていた。

 そしてこのも、ククナのための大事だいじなルーティーンをこな予定よていだった。

 それなのに このときばかりは自分じぶん判断はんだんあやまったとしかおもえない。

 今朝けさ、〝あの言伝ことづて〟をいたときから、猩々しょうじょう気分きぶん憂鬱ゆううつ一途いっと辿たどるばかりだったのである。




          ~・~ ◇◇◇ ~・~




王様おうさまんでいるの。いますぐ〝神々かみがみとう〟までて」

 その簡素かんそ言伝ことづては六さいくらいのちいさなおんな言葉ことばとおしてつたえられた。

 あさめたらおんながベッドのすぐよこっていて、あまりわらっていない表情かおでそうげたのだ。

 もちろん、ひとづてにかされたことには当人とうにん解釈かいしゃくによって、事実じじつすこゆがめられている可能性かのうせいがある。

 だから、その言伝ことづてうたがうべきか、しんじるべきかはすべ自分じぶん判断はんだんゆだねられた。

 でも今思いまおもえば、あの言葉ことばは〝いつわり〟だったのではないか、とさえおもう。

 ラスターおう自分じぶんすときは、黙秘義務もくひぎむせられるククナにかんすることが大半たいはんであり、それは大抵たいてい 人目ひとめけておこなわれた。

 だが内密ないみつわせる場所ばしょとしてえらばれたこのとうはどうだ? るからにおおくのひと続々ぞくぞくあつまってきている。

 かれは一つとしてただしい選択せんたくをしている気分きぶんには到底とうていなれなかった。

(やれやれだな、まったく)

 猩々しょうじょうおおきく二回目かいめ溜息ためいきく。

 そうこうしているあいだはすっかりてんのぼり、れつすすんでとう入口いりぐちまで順番じゅんばんがまわってきた。

 おおきなゲート両脇りょうわきには一人ずつ門番もんばんいている。かれらは一つずつ丁寧ていねい通行証つうこうしょう確認かくにん身体検査しんたいけんさおこなっていった。

 猩々しょうじょうまえ親子おやこがそうしたみたいに、自分じぶん通行証つうこうしょう門番もんばんせ、厳重げんじゅう身体検査しんたいけんさけてからとうなかはいった。



 ――第一だいいちのフロア〝神々かみがみ〟。



 そこにあしれると、すぐにふわりとあまかおりがただよった。それははなみつとも、菓子がしにおいともちがって、ぎすぎるとあたま朦朧もうろうとするような独特どくとくこうまとっていた。



 ――なぜかすこしだけまえ景色けしきがよくえなくなる。



 ゲート入口いりぐち猩々しょうじょうがボーッとっていると、うしろからこえけられた。

猩々しょうじょう殿どの

 ほうけたかおでゆっくりとかえると、そばにさきほどの門番もんばんっていた。

「まもなくガーナ王弟おうていによる演説えんぜつはじまります。かれのご意向いこうで、こちらのメガネを着用ちゃくようするように――と」

 そうってされた門番もんばんには、はねいた派手はでなメガネがあった。

「どうしてこれを?」

かりません。ですがガーナ王弟おうていのことですから、もしかすると酔狂すいきょうな〝アソビ〟をされるのかもしれません」

「ガーナ王弟おうてい……」

 猩々しょうじょうはふいにはじまった頭痛ずつうかおゆがめながら、それをる。

 広場ひろばると、フロアに全員ぜんいんいろとりどりの衣装いしょうまとい、仮面かめんや、これとおな派手はでなメガネなどでかお正体しょうたいかくしていた。

酔狂すいきょうな〝アソビ〟……ね。)

 猩々しょうじょう門番もんばんくちから〝ガーナ王弟おうていによる演説えんぜつ〟といた段階だんかいで、警戒心けいかいしんがさらにつのった。

(やっぱりおれめられたのかもしれない。あのおっさんは多忙たぼうひとだ。こんな場所ばしょ時間じかんつぶせるほどひまじゃないだろう。

 自分じぶんはあまりそばにいてやれないから、ククナの護衛ごえいおれまかせているんだ。

 それなのに――くそっ‼ はやくククナをさがさねぇと……)

 ひたいからじっとりとあせにじる。猩々しょうじょうあら呼吸こきゅうでゆっくりともんかった。

「ねぇ、奥様おくさまきまして?」

「どうしましたの?」

 あるいているとき、偶然ぐうぜんみみはいってきたおんなこえ

 猩々しょうじょう眉間みけんしわせながらそちらへ視線しせんをやると、わかそうなむすめが二人、会話かいわはなかせていた。

「わたくしたち、もしかするとすごうんがよいかもしれませんわよ」

「なぜ?」

じつは――」

 そこまでってむすめはさらにこえちいさくさせる。それからっていたド派手はでおうぎ口元くちもとかくし、

「ここに〝めぐみのかみ〟がまぎんでいるかもしれないのよ」

 とった。



 ――〝めぐみのかみ〟。



 そのワードをいた瞬間しゅんかん猩々しょうじょうあしめた。



 ――この部屋へやに〝ククナ〟がひとりでいる。



「さっきお手洗てあらいにったとき、ちょうどすれちがったガーナ王弟おうていはなしていたのをいて、わたくしいきまりそうなほどおどろいてしまったのよ。

 だって〝めぐみのかみ〟といえば、姿すがた正体しょうたいがベールにつつまれていることで有名ゆうめいなおかたじゃない?」

「そうよそうよ!」

 もう一人のむすめもまた、興奮こうふんしたようにこえはずませた。

「わたくしも一度いちどだって〝めぐみのかみ〟をごらんになったことはないわ。

 それに〝めぐみのかみ〟は、その実力じつりょくもかなりのモノといています。どんなねがごとにも代償だいしょうはらわず、一回でかなえてくださるのだとか」

「ええ、ええ。わたくしもそのはなしぞんじておりますわ」



 ――なんてこった。



 猩々しょうじょう猛烈もうれつあせりをかんじた。

 うらではラスターおうなかわるいことで評判ひょうばんなガーナ王弟おうていかれ今回こんかい演説えんぜつ主催者しゅさいしゃであり、かつ、この会場かいじょうにククナがひとりでまぎんでいるという可能性かのうせいがあるだけで、猩々しょうじょうにとっては悪性腫瘍あくせいしゅようにいたるネタになった。



 ――れる視界しかいなか、ふと壇上だんじょうる。



 舞台ぶたいのカーテンよこでメガネをけた小太こぶとりのおじさんが居心地いごこちさそうにひげろしていた。



 ――ガーナ王弟おうてい



 この独特どくとくにおいのせいで、思考判断しこうはんだんにぶっているようながする。

 猩々しょうじょういしばってなんとか正常せいじょう意識いしきたもちながら、ククナを利用りようしてなにかをたくらんでいるであろうえつ表情ひょうじょうのガーナからかおそむけた。




          ~・~ ◇◇◇ ~・~




 会場かいじょうおおくのひと混雑こんざつしている。

 大人おとなども。たかひとひくひとふとったひとほそひと

 その大勢おおぜいうごめ十人十色じゅうにんといろ広間ひろまなかで、特定とくていだれかをさがてるのはなかなかほねれる。

 


 ――ククナの髪色かみいろはサンカヨウのように透明感とうめいかんのあるしろだ。



 それからたってもかれることのないしろすぎるはだひとこころ奥底おくそこまで見透みすかすような黄金おうごんひとみ――。

 けれどここでは、それらの特徴とくちょうたいして役立やくだちそうにない。そのほとんどが装飾品そうしょくひんなどで自分じぶん正体しょうたいかくしているからだ。

 あのとき門番もんばんにド派手はでなメガネをわたされたように、ククナもまた正体しょうたいかくしてこのなかまぎれているにちがいない。

(――け)

 何度なんども、何度なんども、最悪さいあく事態じたい脳裏のうりをよぎる。そのたび猩々しょうじょうは、その妄想もうそう必死ひっしさなければならなかった。

(――集中しゅうちゅうしろ)

 猩々しょうじょうあしめると、つむって五感ごかんました。

 とがった意識いしき人々ひとびとあいだめぐらせ、ひと呼吸こきゅうあるおとはなごえなどの些細ささい情報じょうほうらいつく。

 一人めぐるたびに、あま情報量じょうほうりょうがどっと自分じぶんせてきた。

(――……)

 まぶたしたしきりに眼球がんきゅううごかす。ひたいあせつたい、呼吸いきめ、猩々しょうじょうはククナをさがすための一切いっさい労力ろうりょくしみなく使つかった。

 その甲斐かいあってか、かすかではあるけれど猩々しょうじょうするど気配けはい背中せなかかんじて、緊張きんちょうしたようにいきおとこえた。



 ――かれけ、反射的はんしゃてきにそちらをる。



 するとひとだかりのこうに、チラリとしろかみおどったのがえた。

「ククナ」

 大勢おおぜいちかくにいるまえで、猩々しょうじょうおもわず彼女かのじょ名前なまえくちにする。

「まってくれ!」

 かれ咄嗟とっさした。さきさきだれかの身体からだはげしくぶつかり、だれかの爪先つまさき容赦ようしゃなくみながらも、やっとのことでククナのうでつかむのに成功せいこうする。

「おい、てって!」

 ながかみなびかせて、ククナがかえる。

 彼女かのじょはなあかくしていていた。

「――猩々しょうじょう?」

「そうだよ」

 かれはすっかりいきがっていた。ったままりょうひざをついて、何度なんども、何度なんども、深呼吸しんこきゅうかえす。

 ククナは「大丈夫だいじょうぶ?」と猩々しょうじょう心配しんぱいしながらも、ボロボロとなみだながつづけた。

「わたしラスターおじいさまばれてたの。貴方あなたれずに一人でいとわれたわ。でもどこをさがしてもおじいさま姿すがたがなくて、わたし、こわくて――」

 そうってククナがきつく。

 猩々しょうじょうおびえた様子ようす彼女かのじょきとめて、安心あんしんさせるようにあたまをそっとでてやった。

無理むりもないさ。これはわななんだ。ガーナ王弟おうていがおまえちからしがっている」

「なぜわたしを?」

「みんながしがるだけの魅力みりょくがあるからだよ。おれべつにどうでもいいけど」

 猩々しょうじょううつむくククナを上向うわむかせ、こしくくけていた茜色あかねいろのオーガンジーを、彼女かのじょしになったしろかみにそっとけた。

「これだけひとがあるとかないな」

「うん。いままでわたしちから使つかうときは、存在そんざいだれからもからないように御簾みすやタペストリーをはさんでいたし」

「それだけラスターおうもおまえ大衆たいしゅう面前めんぜん姿すがたさらすことをのぞんでいないんだ」

 ククナの身体からだちからはいった。

 猩々しょうじょうまわりの様子ようすうかがいながら、さっき門番もんばんわたされたド派手はでなメガネをククナにわたす。

「とりあえずククナはこれでかおかくして、できるだけうつむいてあるけ。いいな?」

「うん。」

 ククナはわれたとおり、メガネをけてちゃんとうつむく。猩々しょうじょうは大きなゲートとおくにながら、まゆしかめた。

まいったな。一つしかない出入口でいりぐち完全かんぜん封鎖ふうさされている。おれたちとっくにかごなかとりってわけだ。すでにがない」

「――あ、それなら」

 ククナがなにかをいかけたそのとき、スピーカーの甲高かんだかおと会場かいじょうにうるさくひびいた。

 ガーナ王弟おうてい壇上だんじょううえから広間ひろま見下みおろし、満足まんぞくげにマイクゆびでトン、トン、とたたいている。

「あー、マイクテスト、マイクテスト。うん、マイクは問題もんだいないようですね。

 えー、おあつまりのみなさん。おはようございます。ラスターおうおとうとガーナです」



 ――猩々しょうじょうはハッとかおげる。



 反射的はんしゃてきかおげたのは、なにもガーナの演説えんぜつはじまってしまったからではない。ふいにだれかが自分じぶんかたよこからつかんできたからだった。

 猩々しょうじょう恐々こわごわとした表情かおでそちらをく。その人物じんぶつふかかぶったフードのしたからんだ口元くちもとせた。

「こんなところでうなんて、奇遇きぐうだね」

「――だれだ」

「やだなぁ。ぼくのことわすれちゃったの?」

 緊張感きんちょうかんただよう猩々しょうじょうこえとは対照的たいしょうてきに、その人物じんぶつ陽気ようき調子ちょうしこたえた。

「まぁ、ながあいだ ってなかったから無理むりもないかぁ。ぼくだよ、ぼくしゅうだよ」

 〝しゅう〟と名乗なのった少年しょうねんは、ゆっくりとフードをはずし、みずからのかおおおやけにした。

 そこには猩々しょうじょうにもけをらぬ、目鼻めはなちのくっきりとした凛々りりしい少年しょうねんかおがあった。



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