第15話 魔物の転生

 という訳で、魔王ソドムの大魔法により、フラーワは異世界において麻倉蘭子として転生する。

 王女と騎士の転生先を探るのは、難しい事ではなかった。

 腕に光のつぶてを受けて負傷したゴブリンが逃げ帰ってきたので、それを傷口から取り出すと、僅か数ミリの小さな白い球体だった。それがサバイバルゲームで使用されるBB弾であることを知るのは、転生後十数年後のことである。

 ソドムが指先でつまみ上げると簡単に潰れてしまう程もろい材質だったが、これを王女の魔力で光のつぶてに変化させていると推測できた。

 とにかく、異世界への道しるべとなる材料は手に入れた。後はこれを媒体とし、この小さな白い球体が本来あるべき世界へとフラーワを転生させるだけだった。


 そこは、人間ばかりが我が物顔で生息する世界で、魔物は大昔に絶滅したのか影も形もなかった。

 魔物が存在しないので、フラーワがその世界で転生する可能性がある生き物が、実は二種類あった。

 鳥と人間である。

 もしも鳥に転生してしまえば、魔王ソドムもフラーワも全て諦めるしかなかった。どれほどフラーワが策略に長けていようと、鳥の小さな脳に入れば、鳥並の思考しか働かない。

 だが、幸いにもフラーワは人間に転生した。人間から人間への転生とは違い、魔物からの転生は生まれた時から前世の記憶がある。

 ところが、いくら前世の記憶があろうと、避けようのないアクシデントがフラーワに生じてしまう。

 体重1000グラムという未熟児での転生だったのである。


 自分が正常な状態での誕生ではない事は、周囲の人間の慌ただしさでわかった。その人間たちの手の大きさと比較して、自分が異常に小さい事もすぐに理解した。

――ああ、これではとても生き延びれない……。

 フラーワはソドムに心から詫びた。せっかく転生に成功したのに、目的を果たせずに前世へと戻ってしまう。

 現世で死ねば、前世の転生する前の瞬間へと戻る。その時、ソドムは転生魔法の発動に莫大な魔力を消費しているだろう。

――いくら魔王様でも、二回連続の転生魔法は無理というもの……。

 ソドムの魔力が回復する前にあの騎士が乗り込んで来たら、いくら魔王とて一溜まりもない。

 そしてそれは、魔族の滅亡を意味する。

 フラーワは最悪の事態を受け入れるしかなかった。作戦が失敗したと知れば、ソドムはマンティコアの姿を維持できず、人間体に変わるに違いない。

――魔王様の美しいお姿を見ながら死ねるのであれば、それも悪くないか。それより、コッチで死んで、またすぐアッチでも殺されるのかと思うと気が滅入る。

 そんな事を考えていると、フラーワは持ち上げられて、どこかへ連れて行かれた。

 身動きどころか、呼吸さえままならぬ状態だ。されるがままに身を委ねるしかなかった。

――いよいよゴミ捨て場か。我を喰らうのはドブネズミかカラスか、いずれにせよパクッと一口で終わらしてほしいぞ。

 だが、フラーワは透明な箱に入れられると、身体にベタベタと何本もの線が取り付けられた。

 フラーワは眠くて仕方なく、これが死かと思いながら、そのまま眠ってしまった。


 ところが、それは死ではなかったらしい。

 目が覚めると、透明な箱の外から、大きな優しい目がフラーワを見つめていた。

 フラーワは、その目に記憶があった。前世では卵から生まれたが、殻を破って外に出た時に出迎えてくれた親セイレーンと同じ目だ。

――この世界でのお母さん?

 大きな優しい目から涙が溢れた。

「ごめんね……こんなに小さく産んでしまって。ママ、負けないから、あなたも頑張って……」

 フラーワは驚いた。ここは、不完全に産まれた者でも見捨てない世界らしい。

 母親が声をあげて泣くので、フラーワもつられて泣いた。

 すると、母親は慌てて立ち上がり、誰かを呼びに行く。

「看護師さん! 私の赤ちゃんが、娘がやっと泣きました!」

 肺が未発達で自発呼吸ができなかったフラーワが、生きる最初の力を得た瞬間だった。

 わらわらと何人もの人間が集まってきたが、フラーワは泣き疲れて再び眠ってしまった。


 自分で殻を破る力を持たなかったヒナは親に見捨てられ、他の生き物の餌となる。

 それが自然の摂理であり、フラーワはその是非について考えた事もなかった。

 だが、この世界の人間は違った。障害の有無に関わらず、誰もが生存していける社会、それを実現しようとしているようだ。

 どうすればそんな考えに至るのかは解らない。だが、自分の命を守るために必死の努力を続ける人間達に、フラーワは素直に感謝した。

 標準より随分小さく産まれたフラーワだったが、手厚い医療により一命を取り留め、その後はスクスクと育つ。

 それでも同じ年の子供達と比較すると発育は遅く、両親は過保護に育てた。

 しかし、身体は幼くても精神は大人……の筈だが、精神とは肉体に引きずられるものらしい。ハンディを持って産まれてきた我が子へ注がれる無償の愛に甘えることは、前世が魔族であろうが心地良く、王女と騎士が光のつぶてを手に入れるのを阻止するという重大な目的さえ忘れるほどだった。

 そもそもセイレーンという種族は、子供が飛行と歌を覚えると親は巣、というか家を追い出す習性があった。その時、愛しい我が子は、子種と卵を産むための栄養を奪い合うライバルへと変わるのだ。

 基本的にメスしか産まないセイレーンは、精子の供給を人間の男に頼っている。人間の遺伝子を取り込むことで子孫を残すという稀な生態を持っていた。

 鳥類と同様、卵の元となるものが卵管を通る前に精子を受け取ると、それが受精卵となる。そして、卵の中には、卵黄や卵白といったセイレーンの赤ん坊が孵化するまでに必要な栄養素が詰め込まれている。その栄養を補給するには快楽で骨抜きになった男を喰うのが確実で、その為にも言葉巧みに男を騙す知能と卓越した性のテクニックがセイレーンには必要だった。

 まともに戦ったのでは男に勝てない。セイレーンの腕力は人間の女並だ。

 つまり、男を惑わす魅力と能力の無いセイレーンは、卵を産むこともできずに飢えて死ぬしかなかった。

 これは、セイレーンに限ったことではあるまい。自然界では強い者、能力のある者のみが生き残り、正常に生まれてこなかった子はその場で死ぬのが定めだ。

 ところが、この世界における人間の親はどうだ。健常な子供も障害を持つ子供も分け隔たりなく、いや、むしろ障害があるからこそ深い愛情を注いでいるではないか。

 そして、蘭子と名付けられたフラーワも、現世での両親から深く愛され、自らも愛されようと努力するのだった。

 

 当然だが、蘭子は他の子より早く言葉を話すようになる。

 文字も早く覚えたが、この時は周囲を驚かさないよう、しばらく読めないフリ、書けないフリを続けた。

 小学校に入る頃には天才児と言われるようになり、そういった子供ばかりを集めた特集番組に出た事を切っ掛けに、子役タレントとして何本かのテレビドラマに出演する。元がセイレーンだけに歌がずば抜けて上手く、自らが歌った乳酸飲料のCMソングは大ヒットとなった。

 だが、心の中では家族以外の人間を見下しており、そういった感情は自然と態度にも表れるものだ。生意気さも幼い頃は可愛いとされたが、成長するにつれてテレビ関係者などから疎まれるようになる。

 中学に入る頃には完全に芸能界から干された。その頃には、成績の方も天才から優等生レベルへと格下げになる。元々記憶力には優れていたが、計算はそれほど得意ではなかった。

 しかし、そんな事は蘭子にはどうでもいい事だ。大好きな両親が甘やかしてくれたら、それで蘭子は幸せだった。

 両親にとっても、蘭子が天才だろうが人気子役だろうが、どうでもいい事だった。望みはただ一つ、蘭子が健やかである事だけだ。

 蘭子は中学生になっても親と一緒にお風呂に入って、一緒に寝た。両親も、小さく生まれた娘にはこれくらい当然だと思っていた。

「嫁になんか行かなくてもいいぞ。パパがずっと面倒みてやるから」

 父親の口癖だった。

「それじゃあ、蘭子より長生きしてね。約束だよ」

 蘭子もいつもそう答えた。

 母親も幸せそうに笑いながらそれを聞いていた。

 そんな時、蘭子は前世も魔族もどうでもよくなった。それが、夢か幻のようにすら思える時もあった。

 周りの人間と同じように、ただ今の生を謳歌したいと望んだ。


 それでも、時々ソドムの夢を見た。

 いつも落ち込んだ時に表れる人間体の姿だった。

 悲しそうな目で蘭子を見ており、その目に胸がキュンとした。

 そこに騎士と姫が現れる。塔の上で、魔族の仲間を皆殺しにした時の、あの出で立ちだ。

 それが迷彩服と呼ばれる服で、光のつぶてを発射する筒が自動小銃であることも、中学生になった蘭子は知っていた。そして、自動小銃から発射されていたのは本物の銃弾ではなく、プラスチックの小さな白い球、BB弾である事も。

 つまり、憎き騎士と姫は、サバイバルゲームで遊ぶ感覚で仲間達を皆殺しにしたのだ。

 騎士が手にする自動小銃から光のつぶてが発射され、ソドムの胸を貫く。

 倒れたソドムは、苦し気に蘭子へと手を伸ばした。

 その横で、姫が邪悪な笑みを浮かべている。そして、ソドムを踏み付けると、甲高く「オホホホ!」と笑った。

 蘭子はソドムに駆け寄ろうとするが、なぜか走れば走るほど遠く離れてしまう……。

 いつもそこで目が覚めた。

 夢であったことに安堵すると共に、騎士と姫に対する憎しみが再燃する。

――一日も早くあやつらを捜し出し、サバゲーを始める前に抹殺せねば!

 蘭子は改めて心に誓うのだった。

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