完全勝利。
公式戦ではなく単なる球技大会という点を差し引いても、水島充にとって燃えるシチュエーションだった。
最終回、同点、ノーアウト一塁で打順が巡って来たのである。
とはいえ、後続の打者には期待できそうにないので、次に繋ぐような手堅いバッティングでは勝ち越せない。
──つまりは俺様が、かっ飛ばすしかねぇッ!!
「おうおう、単純バカの打ち気が無闇に透けて見えるぜ」
水島がバッターボックスに立つなり、さっそく敵のキャッチャーが煽りを入れ始めた。
守備時は囁き対策として耳栓をしていたのだが、打者の際は審判の判定を聞き取るためにも聴覚は必須となる。
「ほぉら、打ちやすいとこに投げちゃうよ〜」
という言葉に釣られたわけではなく、初球から水島はフルスイングをした。
「──ットライーク」
内角低めという読みが完全に外れたのである。
周囲には無様な空振りに映るだろうが、打ち気をさらけ出すことにも意味はあった。
相手バッテリーにプレッシャーを与えると同時、自身のメンタルを前傾姿勢に保つ効果も期待できる。
この期に及んで弱気になり、中途半端なバッティングに終われば後悔が残るだけだ。
「──な〜んてことを考えてるのが見え見えなんだよ、チッ」
マウンドへ返球をしつつ、苛立たしそうに舌打ちをした。
「単純バカが」
「クソ、単純で何が悪いんだよ」
廃部が決定するより先に追い出された水島にとって、先輩も何も関係がない。
いや、もともと礼儀正しい後輩ではなかった。
──水島くんはレギュラー取れる実力あると思うんだよねぇ。でも、世渡り的には敬語を使った方がいいと思うな。アハッ。
だが、そう言って水島の自主練に遅くまで付き合ってくれた年上のマネージャーは、廃部という傷を抱えたまま卒業してしまった……。
「よく聞けタコ。単純にバカがついてんだ。悪いに決まってんだろッ!」
「うる──」
投手がリリースした瞬間に、待っていた内角に入ってくると分かる。
「──せぇなっ!!」
脇を締め柔らかく振り抜いたバットから手元へ確かな手応えが伝わった。
快音と共に空高く舞い上がった白球を見上げ、一塁側では大きな歓声が上がる。
「ふぅ、アブねぇ、アブねぇ」
「──」
ファウルラインから徐々に反れていく打球を確認した後、気落ちした様子も見せず水島はバットを握り直した。
「単純バカはプレッシャーとか感じないの忘れてたわ」
キャッチャーの囁きは止まらない。
「つーか、気遣いとか良心も無いか。考えなしに突き進んで、全員に迷惑掛けたんだからな。そういや、マユミ先輩すんごい泣いてたぜ〜」
その言葉に、水島はギリギリと奥歯を噛み締めた。
──あのね──相談があるんだけど……。
野球が好きで、野球部が好きで、そして世話好きだった彼女はある日、自分では抱えきれない問題を最初に相談する相手として水島充を選んだ。
薬物と金の汚染がどこまで広がっているのか不安に思う彼女にとって、監督や学校関係者ではなく、個人的に最も信用しており同じく野球を愛する水島が気安かったのだろう。
「クソがクソがクソがクソがっ!!」
ツーストライクと追い込まれた水島だったが、怒りと後悔を叩きつける以外の選択肢は残されていなかった。
ここで、証明するのだ。
水島充は──、
薬の問題なら、薬に詳しそうな相手が適任だと思うバカである。
裏社会をネタに日銭を稼ぐ親戚のフリーライターに電話をした低能である。
親戚ならば悪いようにはしないと信じた間抜けである。
「けど、俺、野球が」
ランナーを抱え、アウトを欲する投手の顔を見れば分かる。
遊び球を投げる余裕はない。
キャッチャーのサインに頷き、投手が振りかぶった。
「す──」
彼はそれを、証明しなければならない。
◇
「聖水のお陰で助かった」
「せ、せいすいっ?」
まさしく聖水と呼ぶに相応しい液体の効果は即座に現れた。
天上寺キララの毒液から復活した時と同様に、苦しそうに呻いていたオサムはベットから起き上がり元気いっぱいの様子となっている。
──やはり、全てはフォースの仕業だったのか。
──以前と異なり遅効性な点は疑問だったのだが、あるいは前回に飲んだ聖水のお陰かもしれんな……。
念のため病院で精密検査をしたのもそれが理由だった。
生霊の仕業などという病院長の見解も、あながち間違っていたわけでもない。
──早く奴を始末したいところだが……。
問題はジョンに頼んだアリア対策の兵装が未だに届かない点である。
──生身のままでは、勝てる可能性があまりに低い。
「が、ともあれ、まずは助かった」
「んあふぅ」
濡れた唇の端を手の甲で拭き取るオサムの姿を見て、アヤメは身体の奥が満たされていく悦楽を味わっていた。
それは、息苦しくなるほどの感覚である。
「ん──? ボクは回復したが、キミは──」
「あ、あぅ、ひぐっ、ま、窓を──あ、暑いの──んぐ」
頬を上気させたアヤメは、外気に触れようと保健室の窓を開け放った。このままでは暴走してしまいそうだったからだ。
「ふぅふぅ──ふぅ──ん──」
球技大会の喧騒と共に流れ込んできた秋風に、アヤメの髪が乱れた。
もうすぐ冬が来る──。
新鮮な空気を吸ってようやく正気に戻ったアヤメは、匂い立つタンブラーを回収するため窓を離れてベットサイドへ歩み寄っていく。
その時、保健室の扉が開いた。
「ひゃうっ、せ、先生?」
養護教諭が戻ってきたと考えたアヤメはタンブラー回収を焦るが、幸いにも現れたのは養護教諭ではなかった。
いや、生憎にも──と表現するべきだろう。
「お兄様」
一ノ瀬アリア・フォースである。
「──早く窓から逃げろ」
「え?」
「今のボクでは勝てない可能性が高い」
「うフふふフふ」
狂ったアリアの視界に入っているのは、戸塚オサムのみである。
「また、動けるようになってしまったのですね。アリア、悲しい」
IEオベリスクを浸透させ相手の運動神経を麻痺させるだけでなく、たとえ万全に動けたとしても、彼女が持つゴルゴンの瞳は生体運動の感知能力が異様に優れているのだ。
相手がどう動くかを先読み出来るため、近距離戦闘においてもオサムを上回っていた。
「痛みを感じることなく、私のカゴに戻って頂くつもりだったのですが……」
「戻るつもりはない」
戦友リカルドとの約束のみが、オサムの生き続ける理由である。
「そう──ですか。では、仕方がありません」
そう言ってアリアが、かつてのように両腕を広げた瞬間のことだった。
ひときわ大きな歓声が校庭に
数秒後、一陣の風がオサムの側面を走り抜け──、
「さあ、私の腕──」
窓から飛び込んできたホームランボールが、オサムの生体運動にのみ意識を集中していたアリアの額を直撃したのである。
「──ぶひゃっ」
と、鮮血と唾液を宙に迸らせた金髪極上美少女が、もんどりを打ち硬い床に倒れた。
「きゃあああ」
アヤメが悲鳴を上げるなか、オサムは彼女のもとに跪くと、何度か頬を打ちながらスマートフォンを取り出した。
「──病院長か。どこにいる? 学校の屋上だと? ふむ──事情は分からんが都合が良い。直ぐに来い」
通話を終えて落ち着き払った仕草で立ち上がったオサムは、開け放たれた窓に近付いて校庭の様子を眺める。
ガッツポーズをしながらセカンドを回る水島の姿を確認すると、呆然と立ち尽くすアヤメを振り返った。
「完全勝利だ」
これが初めて目にする戸塚オサムの笑顔だと、アヤメは後になって気が付いた。
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<ちょこっとあとがき>
これにて、球技大会編終了です。
なお、乙女ロードのストーリーラインについては次章となります。
というわけで、
オサムは一旦休みまして、本業?の巨乳戦記カキカキに戻ります。
あっちは風呂敷を畳むのが大変なんですが……。
でもって、オサムの再開は一ヶ月後あたりかと思いますので、更新通知が来るフォローの方をよろしくです〜。
評価もよろしくです〜。まじでっ ><
オサム 砂嶋真三 @tetsu_mousou
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