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第1話

何も見たくない。

何も聞きたくない。

もう放っておいてよ。


「舞彩(まい)、何してるの。」

ああ。またお母さんが怒ってる。

何してるってなんだろう。

ソファーで水を飲んでます。とかかな。

「返事ぐらいしなさい!信じられない。」

「あ、ごめんなさい。」

「それで勉強は?あなた受験生でしょ。」

「ちょっと休憩を…してて。」

始まった。今日もこれだ。

お母さんが笑った顔なんていつ見たっけ。

まぁ、私がいたら笑えないか。

「休憩するならついでにご飯食べなさいよ。効率よく動きなさいよ。」

「はい。ごめんなさい。」


今日の夜ご飯は、麻婆豆腐。

今日も1人で食べる夜ご飯。

なんでだろう。味なんてしない。


お父さんは、仕事で単身赴任中。

家には、お母さんと2人きり。

なのに、お母さんには目が合えば怒られる。

そもそも、中学受験って必要なのかな。

まぁ、やりたいことないし。

あ、受験上手くいけばお母さん笑うのかな。

でも、今さら受かる気もしない。

なんだかなぁ。家なのに、居心地が悪い。


夜ご飯を食べて、部屋に戻る。

ドラマだと夜星見るといい事があるよね。

窓を開ける。少し冷たい風が気持ちいい。

住宅街なのに誰も通らない。

やっぱりなにも起きないよね…。

知ってるよ。期待なんてしても無駄なんだ。


泣いたらすっきりするかな。

でも、涙なんてもう出ないよ。

泣いても何も変わらない。

もう知ってるんだよ。


朝起きたら、もうお母さんはいない。

牛乳を飲んで、学校に行く。

少し肌寒い空気を感じながら、1人で歩く。

光が丘小学校。毎日ここに来る。

まぁ、学校だから当たり前だけど。

そして、ここも居心地が悪い。


「あれれ。こんなとこで何してるの。」

あー、また来た。まだ席に座ってもないよ。

この人は、6年2組立花さん。

同じクラスで隣の席。

そして、私をいじめる人。

どうしてわざわざ話しかけに来るのかな。

「何。無視?お受験するからそんな暇ないのかな?金持ち自慢かよ!」

私、まだ何も答えてないけど。

「教科書くらい出したら?まさかお金持ちなのに教科書もないの?」

あなたが捨てたんじゃない。

「え、なになに?言いたいことでもあるの?」

「何もないよ。」

「聞こえないんだけど!はっきり話せよ!」

わざわざ話しかけてこないでよ。

「あれ、たっちー。どしたの。」

「あ、華。おっはよ。」

来た。華ちゃんは立花さんのお友達。

いわゆるイツメンらしい。

「またこいつなんかしたの?」

「それがさ、話しかけても無視すんのよ。まじありえないよね〜」

「やっば。クラスメイトと話もできないとか。」

「庶民とは話したくないんじゃない。」

「なにそれ。ウケる」

教室に響く2人の笑い声。

何がそんなに面白いの。

私は、何も面白くない。笑えない。

この人たちと関わりたくないのに。


2人の笑い声を聞きながらトイレに行く。

「おはよ。」

「あ、おはよ。」

この人は、柏木くん。

隣のクラスになった人。

いつも必ず挨拶をしてくれるいい人。

いつも静かに本を読んでる人。

サラサラの黒髪が印象的。

あ、メガネとかも似合いそう。

背も高いし、運動も得意。

あれ、柏木くんって悪いとことかあるのかな。悩んだこととかなさそうだな。

私とは、全然違う人だ。


トイレから戻ってすぐに先生が来た。

「はい、それでは今日も元気に頑張りましょう。」

ぼーっと聞いてたら、午前中が終わった。


給食はいい時間。感染対策で静かに食べる。

誰とも話さずにすむ。


給食が終わると昼休み。

私が学校にくる理由は、この時間のため。

渡り廊下の入口に段差がある。

この段差が私のお気に入りの場所。

少し肌寒いけど、太陽があったかい。

このあたたかさが心地良い。


「あのさ、ここでいつも何してるの?」

「えっ。」

振り向くと、そこにいたのは柏木くん。

「ど、どうしてここに?」

「なんかいつもここにいるから、そんなに居心地いいのかなって。あと、教室うるさいから逃げてきた。」

「そ、そうなんだ。」

あ、どうしよう。緊張してきた。

「うん。それで舞彩さんは?」

「え、なんで名前…」

「え、間違ってる?小野田舞彩さんでしょ」

小野田舞彩。間違いなく私の名前だ。

「あってる…けど。なんで下の名前で呼んだの?」

「呼びたかったからかな。」

「なにそれ。意味わかんない。」

「なんかさ、可愛い名前じゃん。舞彩って。似合わないなぁと思ってたから呼びたくなった。」

「似合わないよね。私もそう思う。」

「ほら、そういうとこだよ。」

なに。いきなりなんなの。

柏木くんってこういう人なの!?

「あ、ごめん。なんか勘違いさせたかも。」

「え?」

「舞彩って字を見た時、ころころ表情が変わる姿を思い出したんだ。2年生ぐらいの時に見かけた舞彩さんは、ほんとにそんな感じだったから。でも、同じクラスになったら全然笑わない人になってて、それで…」

「2年生の時なんかあったっけ。」

「ううん。俺が見かけただけだから。」

「そうなんだ。」

2年生の時は、確かによく笑ってたかもなぁ。

お母さんとも友達ともうまくいってたし。

まぁ、今では有り得ないけど。

でも、なんか嬉しい。

私の事知ってたんだ。名前覚えてたんだ。

「拓真(たくま)くん。」

「え、なんで名前。」

「柏木拓真くんでしょ?違う?」

「いや、合ってるよ。嬉しい。」

「え、何が?」

「名前、知っててくれたんだね。」

眩しいものを見るように拓真くんが笑った。

嬉しいな。この笑顔、いいな。

「あのさ、舞彩ちゃんでもいい?」

「あ、うん。いいよ!」

「良かった。それじゃ、また明日ね。」

「え、帰るの?」

「ううん。でもさ…、やっぱり秘密。明日来てくれたら教えるよ。」

「あ、うん。わかった。また明日。」

あ、また笑った。この笑顔、太陽みたい。


「ただいま。」

静かな家。お母さんまだなのかな。

塾も終わって帰ってきたからもう夜なのに。

もうお風呂入って寝よう。

拓真くんと話して、いい日だったから。

お母さんに怒られたくない。

今の気持ちのまま、寝たい。


「なんでまだ起きてるのよ」

「あ、おかえりなさい」

なんで今帰ってくるかな。

「模試の結果、返ってきてるでしょ。早く出しなさい。」

あー、嫌な話がきた。

「はい…。」

「何この成績!これでいいと思ってるの!?信じられない!今まで何してたのよ!」

「ごめんなさい…」

「はぁ。もういいわ。疲れてるのよ。部屋に戻って復習しなさい。次こんな成績とったら、許さないからね。」

「はい…」

なんでだろう。あんなに幸せだったのに。

拓真くんがあたたかくしてくれたのに。

あー、だめだ。

また、心が冷たくなっていく…。


「なんか今日ぼーっとしてるね。」

「拓真くん…。もうお昼休みかぁ。」

「え、大丈夫?」

「あ、うん。ごめんごめん。」

気づけば昼休みで渡り廊下の入口にいた。

自分でもびっくり。

「あのさ、何かあったの?」

「え?」

「さすがに何もなくてそんなに落ち込まないでしょ?」

「え、あー。」

何かあったと言われると困るんだよなぁ。

いつも通りの家。いつも通りの学校。

どこにいても居心地が悪い。ただそれだけだから。

なんて答えたらいいか…わからない。

「何かあったのって言われると何もないかな」

「そっか。まぁ、言いたくないならいいんだよ。」

「言いたくないとかじゃなくて…。なんて言えばいいかわからないだけなの。」

「なら、今の気持ちを教えてよ。」

「今の気持ち…」

「そう。何を思ってる?」

「拓真くんって太陽みたいだよね。」

「え?なにそれ。」

「いつも思ってたの。」

「そんなこと言われたことないよ。というか、どちらかと言えば月じゃない?」

「ううん。違うよ。月は私だから。」

「俺が太陽で舞彩ちゃんが月?」

「あのね、拓真くんと話してると心があったかくなるの。にぱって笑うでしょ。そういうところが太陽みたいなの。でもね、私は1人じゃあったかくなれないの。太陽がいなきゃ、存在することすらできないの。」

「俺は、そんなこと考えたことないけどさ。月って悪いことの例えじゃないと思うよ。」

「え?」

「月って昼も夜もずっと空にあって綺麗でしょ。月は見上げて写真を撮るけど、太陽の写真は撮らないでしょ?月には太陽にはない魅力があるんじゃないかな。」

「そっか…。そんな考え方もあるんだね。」

すごいな。そんなこと考えもしなかった。

そっか。そっかぁ。魅力か…。

「それに、月は太陽がいなきゃダメなんでしょ。いいじゃんそれ。気に入っちゃった。」

なんか拓真くんが大人っぽい顔してる。

「ん?そうなんだ。そういえば、昨日の秘密ってなに?」

「あらま。覚えてた?」

「うん。知りたい。」

「まぁ、なんか心残りあったら次の日もこの時間ができるかなって。」

「なんか腹黒い人みたい。」

「まさか。そんなわけないじゃん。」

「そうだよね。」

思わず2人で笑ってしまった。

そっか。拓真くんもこの時間を大事に思ってくれてるのかな。

あ、まただ。心があったかくなってきた。

「あのさ、舞彩ちゃん。何も約束しなくても明日もここで会える?」

「うん。明日もここに来るよ。」

「なら、また明日。」

「うん、また明日。」

明日も会える。

この時間があるなら、もうなんでもいいや。


「ただいま。」

電気がついてる。そっか。

お母さんがいるのか。

「なんでこんな時間に帰ってくるの。塾はどうしたのよ。」

「今日は授業ないから。」

「授業でしか勉強しないからあんな成績なんでしょ。自分で勉強するぐらいやりなさいよ。」

「はい…。」

「先にご飯食べて、勉強しなさい。」

「わかった。」

家が冷たい。心が冷たい。

あ、なんでかな。

あの場所に行きたい。

拓真くんに…会いたい。笑ってほしい…。


また今日がきた。

でも、お昼休みがある。楽しみだな。

「ねぇねぇ。小野田さん。」

「あ、華ちゃん…。どうかしたの?」

「私、聞いちゃったんだけど。」

「え、なに?」

なに。今日はなんなの。

「小野田さんって塾の成績超悪いらしいじゃん。ねぇねぇ、どうなの?」

「え、それは…。」

「なにそれ。華、なんの話!」

あー、立花さんだ。もうなんなの。

「ん?この人の成績が悪い話」

「え?塾まで行って?受験もするのに?」

「そうそう。お金もったいないよね!」

「お母さん、かわいそう!」

「あ、でもお金持ちだから気にしないのかな?」

「有り得る!嫌な人〜。」

また盛りあがってる。

これって悪口なのかな。いじめなのかな。

でも、事実だし。相談相手とかいないし。

もっと傷つくくらいなら今のままで…。


「おまたせ、舞彩ちゃん。」

「拓真くん!」

「え、なに?今の可愛い〜。」

「え、いや…。その…。」

「顔真っ赤だね〜。可愛い〜。」

「ちょっ…。もうやめて…。」

「ごめんごめん。」

恥ずかしい…。可愛いとかはじめて言われた。顔があつい…。

「あ、そういえばさ。」

「ん?なに?」

「球技大会、舞彩ちゃんは何出るの?」

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