GWを求めて

藤泉都理

GWを求めて




 海の水、川の水、泉の水、獣肉、木の実、草の実、根の実、人間なんぞが作った酒や料理をたらふく喰って浴びるほど飲んだが。

 渇きは消えぬ。

 渇いて、渇いて、どうしようもない。

 どうしようもないのだ。






『僕の味噌汁を食べてみてよ』






 渇きは、











 東の小さな島国に、その伝説の井戸はあった。

 お茶に最適の水だ、素材の味を引き出してくれると、茶道家からも料理家からも絶賛される『GW』と呼ばれるその井戸の水を求めて、大陸から渡った強者どもが居た。

 若き一人の料理人と、普段は猫の姿をしている一匹の鬼である。

 大船に揺られること、三十日間。

 その小さな島国の土を踏みしめた料理人と鬼は、情報収集に井戸の周囲で井戸端会議をしている老若男女に『GW』について訊いて回った。


 何だそれは変な名前だなと笑う者も居た。

 何だそれは新しい兵器の名前かと刀を振り回して追いかけ回す者も居た。

 何だそれはかっけー名前だなとついて来ようとする者も居た。

 何だそれは知的な香りがする名前だなと、やはりついて来ようとする者も居る中。


 一人の奥方が教えてくれたのだ。

 その『GW』を最初に見つけたのが、外の国の人だった。だからその国の文字で名前をつけたのだ。

 お茶にしても、料理にしても、それはそれは舌が蕩けて、頬が落ちるほどに美味だった、らしい。


『そうなのよ。私も是非食してみたかったんだけど、もうねえ。私のおばあちゃんの時代に枯れちゃったらしくてね。誰も手入れをしなくなったから、苔もよくわからない草も木も生え放題。え?行ったって無駄だと思うよ。う~ん。けど、気をつけなよ。凶暴な動物たちが闊歩してるって話だから。そう。人里離れた森の中にあるんだよ』




「君が居るから大丈夫だよね~」

「ふん。おまえがどうなろうがどうでもいい」


 てくてくついてくる猫の姿の鬼に、料理人が話しかけると、ふいっと顔を背けられた。

 またまた~。料理人は鬼の方へと一度片手を振った。


「君の渇きを消す僕がどうなってもいいなんて、嘘だね~」

「ふん。その井戸は枯れているのだろう。第一、おまえについて行くのは、単なる暇潰しだ。その暇潰しもそろそろ飽いた頃だ。だからどうでもいい」

「井戸は掘れば復活するだろうし。まあ。もう少し暇潰しに付き合ってよ」


 鬼は返事をしなかったが、歩みを止めもしなかった。






「うわちゃあ~。こりゃあ、すごいな。植物たちで底が見えない。うん。すごいね~」

「感心している場合か。どうするんだ?」


 奥方に教えてもらった森へと入った料理人と鬼は、凶暴な猪や、猿、鹿などに遭遇しながらも、猫の姿のままではありながら鬼が見ただけで、最初はじりじりと、次の瞬間にパッと逃げ去って行くので、順調に井戸へと辿り着けたのであったが、やはり奥方の言っていた通り、苔や植物の葉や根が生い茂っては蔓延り、ひどい有様であった。


「うん。きれいにするよ」

「俺は手伝わんぞ」

「うんいいよ。居てくれたらそれだけでいい」

「ふん。動物避けか」

「まあね」


 料理人は背負っていた布袋から刃物を取り出すと、まずは手前の植物から刈って行き、手が届く範囲の植物を刈り終えたら、周囲の内の一本の木に紐を括り、自身の身体にも痛まないように結んでから、中へ、中へと入って、植物を刈って行きながら、石壁もたわしで擦って苔や汚れを洗い落とし、きれいにしていった。

 その間、鬼は言葉通り何もしなかった。

 料理人が底に着き、極上の匂いがするとはしゃいでいた時も。

 つるはしで井戸の底を掘っている時も。

 料理人はずっと動き続けた。

 腹が減っては、近くの木の実や草の実、根の実を食べては、泥のように眠って、朝日が当たればまた動き出す。

 何日も何日も続いた。




 と或る日。

 眠っていた鬼は冷たい物をかけられると四肢を立たせては、ぶわりと毛を逆立てて臨戦態勢を取った。が。廃れ切った料理人を瞳に映した瞬間、警戒を解き四肢を下ろした。


「へへ。言ったろう。極上の匂いがするって」


 ほら。

 料理人は座って鬼に『GW』を渡したが、鬼は竹皿に入れられた『GW』から顔を背けた。

 ええ?

 料理人は目を点にしたが、すぐに違うと思い至り立ち上がると、村に行って来ると駆け走って行った。


「ふん。騒々しいやつめ」


 いつでも、騒がしいやつ。

 そして。


「ほら。お味噌汁。村の味噌と今が旬のたけのこのお味噌汁と、よもぎご飯。『GW』を使った極上のご飯!」


 これで君の渇きが消えるよ。

 にこにこ笑う料理人を目を眇めて見ては、この地に降り立ってから初めて猫の姿を解いて本来の鬼の姿になり、味噌汁の椀と箸を手に取り、そして、一気に食べ干した。

 えーもっと味わってよ、なんて料理人の言葉は丸無視だ。


「どうどう?渇きは消えた?」

「………いつものおまえの料理と変わらない」

「え~~~。違うだろ!ほら。この素材の味がぐっとしてしゃわっとしてほろろろとして。今までも美味しかったけどさ。ほら!もっと清められるって言うか、もっとふくよかになるって言うかさ。ね!よもぎごはんも。ってもう食べてるし!」

「変わらんと言ったら変わらん。ふん。思った通りだな。まあ、暇潰しになった。そこそこ強いやつらが居たしな」

「僕が身を粉にしている時に何をやっていたのかな?」

「暇潰し」

「ですよねー」


 がっくし肩を落とした料理人はめそめそ泣きながら、たけのこの味噌汁とよもぎご飯を大層丁寧に食べ続けた。






「あ~。じゃあ、次の『GW』を求めて旅をしますか?」

「付き合ってやる。暇潰しに」

「うん。付き合っていて。いつか必ず君の渇きを消すからね。僕の料理で!あ、『GW』を使ってね!」


 満面の笑みを向けて来る料理人を一瞥しては、ふんと鼻を鳴らしたのであった。







 大陸から来た料理人が『GW』を見事復活させたとの情報は、その小さな島国を駆け巡ったが、どういうわけか、料理人がその森から姿を消した途端に、また枯れてしまい、幻の井戸へと戻ってしまったのであった。


「あ~あ。俺も飲みたかったなあ。その伝説の味噌汁。食べたかったなあ。その伝説のご飯。親戚の家になんか行くんじゃなかったよ!」

「へへ~ん。私は食べたよ~。たけのこのお味噌汁もよもぎご飯もどっちも!もう!本当に美味しかった!あの『GW』!黄金の水で作った料理は!」

「ふ、ふ~ん。違うんじゃねえの。『GW』がすごいんじゃなくて、その料理人の腕がすごかったんだよ!だって大陸から来たんだろ!」

「はいはい。食べられなかったってひがまないひがまない」

「うっせうっせばーか!」











 渇きは、


「美味しいねえ。このスコーンってお菓子」

「ふん」

「ふんが多いよ。話せるんだからもっと違う言葉を言っておくれよ」

「くそ」

「………うん」

「ふん」






 渇きは、


 もう?

 それとも、

 まだ?











(2023.4.27)



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