毎日小説No.22 怒り発電

五月雨前線

1話完結

「そんなに怒らなくてもいいじゃん」


「何でそんなに怒ってるの?」


「冗談が通じないなぁ」


 等々。今までの人生の中で絶えずかけられてきた言葉だ。皆俺を異常者だと思っているが、俺は至って普通の人間である。


 俺の名前は怒号剛どごうつよし。普通の会社に勤める普通のサラリーマン。自分のことを優秀だとも無能だとも思ったことはない。常に及第点の成績で他者からも及第点の評価をもらう。そんな波風立たないような人生を送ることを望んでいたが、残念ながらその願いは叶えられていない。俺の評価、というより印象は及第点ではなく、どちらかというと悪い方に該当しているからだ。


 俺は怒りっぽい、というのが他者からの総評だ。何かにつけて怒っている、すぐに文句を言う、常にイライラしている……。そんな根も葉もないことを昔から言われ続けてきた。俺はそれが腹立たしくてしょうがなかった。別に俺は怒っているわけではないのに、何故そんなことを言う? 何故俺から遠ざかる? 理不尽な状況に苛立ち、また周囲をビビらせて距離を置かれてしまう。社会人になってからこのループが何度も繰り返され、気付くと俺は社内で孤立していた。


 車内で孤立することが及第点でないことだけは確かだ。俺はなんとか他人と仲良くなろうと勤めたが、無理だった。どうしても怒りっぽくなってしまうのだ。


 何とかならないものか、と悶々とイライラしていたある日、突然電話がかかってきた。大学時代の同期の名前がスマホの画面に表示されている。名前は家中修一かなかしゅういち。確かエネルギー工学系の研究所に就職していたはずだ。


「もしもし」


「久しぶり〜! 僕のこと覚えてる?」


「家中だろ。忘れるわけないって」


「あれ、怒ってる?」


 怒ってない! と怒鳴りつけようと息を吸い込み、そこで我に返った。ここで頭に血が昇るからよくないのだ。平常心。平常心だ。


「怒ってないよ」


「そっか。最近調子どう? てっきり、大学時代みたいにいつもムカムカしてるせいで孤立してないかな〜とか思ってたんだけど」


「こ、こ、孤立なんかしてねーし!!」


 動揺を全面に押し出しながら否定するが、嘘をついていることはバレバレだった。


「孤立してるみたいだね〜。どうせ会社でも常にムカムカしてるんでしょ? そりゃ皆距離を置きますわなぁ」


「うるせー!!!」


 平常心という言葉はすっかり頭から消え去り、いつもの如く怒号を発してしまう。


「怒らないでよ〜。剛にとっておきの情報を教えてあげるから、それで機嫌直してちょうだい」


「とっておきの情報?」


「むふふ。とりあえず今度僕の研究所に来てよ。そこで全部説明するからさ」


 意味深な言葉を残して家中は電話を切った。何がとっておきの情報、だ。いきなり煽ってきた奴の研究所になんか行ってやるものか、と俺は鼻息を荒くした。


***

「来ると思ってたよ〜!」


「……うるさい」

 

 誘いになんて乗らないと決めていたが、家中の言葉が気になって結局足を運んでしまった。


「まあそう怒らないで、ゆっくりしていってよ」


 家中に手招きされ、俺は東京都内に位置する大型研究所の中に足を踏み入れた。研究所の規模はかなり大きく、それなりの数の社員が常駐しているらしい。さらに家中と社員のやりとりから、家中がかなり偉い立場であることが見て取れた。


「早速本題に入ろうか。じゃじゃーん! 剛にこれをプレゼントしちゃいます!」


 そう言って剛が取り出したのは、腕につける小さなリング、そして腰に巻くベルトだった。リングとベルトにはそれぞれ小型の機械が接着されており、チカチカと鈍い光を放っている。


「何だこれは?」


「ズバリ、怒り発電装置! 怒りの感情を特殊な機械で電力に置き換えて、発電出来るハイテクな装置なんだよ〜!!」


 怒り発電? 首を傾げる俺の前で、家中は怒りを電力に変える仕組みを説明してくれた。専門用語が多すぎて殆ど理解できなかったが、この装置にはどうやら凄い技術が内蔵されていること、そして家中が優秀な研究者であることだけは理解できた。


「どう? これ、つけてみたいでしょ? これをつければ怒りは瞬時に電気に変換されるから、ムカムカして他人に迷惑をかけることもない! そして生み出した電気を売ればお金が手に入る! 凄いでしょ!」


 言われてみれば、確かに凄い。いや、ものすごく凄い機械だ。こればあれば俺はムカムカして他人に迷惑をかけることもなくなり、そして電気を売ってお金も手に入る。一石二鳥ではないか。


 その装置の金額は50万円だったが、俺は即座に購入した。これで避けられ続ける人生とはおさらば出来ることを考えれば、安い買い物だろう。


 翌日、その装置をつけて出社した。装置のお陰で、ムカムカがすぐに消えていく。やはり大金をはたいてこの装置を買ってよかった、と心底思った。


 ムカムカしていない俺を見て当初社員達は困惑していたが、やがて少しずつ話しかけてくれるようになった。ようやく社員と仲を深めることが出来たのである。


 そんな状態が数ヶ月程続いていたが、段々装置の調子が悪くなってきた。装置の効果が弱まり、再びムカムカする機会が増えてしまったのである。ようやく社員と交流が出来るようになり、仲の良い同期もできた。ここで昔のムカムカ男に戻ってしまえば、また皆に避けられてしまう。


 そう思って毎日必死に堪えていたが、ある時遂に決壊してしまった。きっかけは、上司の理不尽な説教だった。どう考えても上司が悪いのに、その責任を俺達に押し付けている。我慢の限界に達した俺が反論すると。頭に血が昇った上司は俺に罵声を浴びせた。


 馬鹿。ノロマ。出来損ないの社畜。


 その瞬間、俺の中で何かが弾けた。


 溜め込んでいた怒りの感情が爆発したかと思うと、腰に装着していた装置が猛烈に光を放ちながら輝き始め、次の瞬間、装置から極太のビームが放たれた。ビームは瞬きの間に上司の体を飲み込み、上司を消し炭にし、ついでに斜線上にいた数人の社員も消し炭にして、壁に穴を開けた。


 静寂。そして、幾重にも重なる絶叫。社員は悲鳴を上げながら逃げていった。


 俺はその状況をすぐに理解した。俺の怒りの度合いが大きすぎた結果、怒り発電の装置が過度に電力を生み出し、それがビームとなって放たれてしまったのだろう。到底信じられなかったが、それほどでないと今の状況を説明出来なかった。


 あの家中が作った装置なら、それくらいのことは起こってもおかしくない。理屈は理解出来る。理解出来るからこそ。



 溢れ出る怒りが抑えられなかった。



 許さない。こんな訳の分からない装置をつけたせいで俺は殺人者になってしまった。何故? 理不尽に怒った上司が悪い。変な装置を作った家中が悪い。


 いやいや、そもそも悪いのは世間だ。ちょっと怒りっぽいだけで俺を除け者にしやがって。そのせいで俺はこの装置をつける羽目になり、結果この装置が作動して俺は人を殺した。人を殺した俺はもうまともな人生を送ることは出来ないだろう。及第点の人生を送りたい、という俺の願いは瞬時に打ち砕かれてしまった。


 許さない。許さない。絶対に許さない。


 怒りはとめどなく増幅していき、装置から放たれるビームはより極太になっていく。俺は会社の外に出て、周りの建物めがけてひたすらにビームを放ち続けた。建物が倒壊し、人々が下敷きになっていく様を見て胸が痛んだが、怒りの感情がそれを上書きした。この世のもの全てに対する怒りは決して消えることはなく、俺はひたすらにビームを放ち続けた。世界が崩壊していく中、ビームが放たれる音、建物が倒壊する音、そして俺の怒号が混ざり合い、悲しみと怒りに満ちた不協和音を奏でていた。


***

 その後、破壊神と化した怒号剛と人類との戦いが幕を開けた。人類は持ちうる全ての火力を総動員し、数年かけて怒号を撃破した。後に残ったのはおびただしい数の廃墟と、死体と、そして悲しみだった。


 そんな中、家中という男が悲しみ発電装置なるものを開発し、一人の少女にそれを渡した。家族を失ったその少女の悲しみは日を追うごとに増していき、当初発電機関として作動していたその装置は、いつしかとめどない悲しみの温床となり、ある日突然爆発した。家中のようにビームを放つ破壊神が再び降臨してしまったのである。


 そんな地獄のようなことが繰り返された結果、地球上の人類はほぼ滅びてしまった。この一連の出来事は第3次〜第17次地球内戦と名付けられ、銀河系の間で広く周知されることになった。


 生き残った人類の内の一人である家内は火星に移住し、そこで火星人に自身の発明品、悪しき発電装置を売り捌いていた。後に家内が太陽系の惑星に住む住人達を地球と同じ方法で虐殺し、銀河連合が家内に宣戦布告。銀河系を舞台にした大宇宙戦争が繰り広げられることを、今はまだ誰も知らない……。


                            完

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