萵苣《ちしゃ》

霜月サジ太

萵苣《ちしゃ》

 さて、旅のおかた。

 萵苣ちしゃという食物をご存じかね。



 聞いたことが無い?



 そうか、そちらの地方では「レタス」などと呼ぶようじゃが……。


 それなら知っている?



 そうか。

 では、話を続けてもよいかの。



 萵苣ちしゃ乳草ちしゃとも書くものでね。

 これは茎や葉の芯を切ると、断面から白い汁……乳が出るからなんじゃ。


 不思議じゃろう? 植物から乳が出るなどと。



 これは、言い伝えによるとじゃな……


 お産で亡くなってしまった母親が、乳が飲めず泣き止まない我が子を不憫に思い、

 神さまにすがったところ、哀れに思った神の一人が母親の乳房を植物の姿に変えた。


 お告げにより父親がその植物を刈り取ると、切り口から乳がでるので、これを子に与えると、子は泣き止み夢中でこれを飲み、すくすく育ったというのじゃ。


 これが葉が結球する植物、萵苣ちしゃとなったという。



 ん? いい話? そうじゃろう。そうじゃろう。



 ただ、この話には続きがあっての。


 先の親子と同じ村に、こちらもお産で母を亡くした父子がいたそうな。


 そして、萵苣ちしゃのうわさを聞き付けた父親が、同じように子にこの植物を刈り、切り口の乳を与えた。

 そこまではよかった。



 こちらの子は母が居なくて寂しかったのじゃろう。

 乳が要らなくなってからも、乳草ちしゃをしゃぶりたがった。


 ところが、乳はもう出ない。

 それでも乳離れできずにしゃぶり続けてるおると、切り口も古くなってきて、白ではのうて赤い汁が出るようになった。


 乳草ちしゃではなく血草ちしゃになったのじゃ……。



 乳飲み子は血飲み子となり、やがて肌も朱に染まり、鬼になった。


 驚いた父親は鬼となった我が子に腰を抜かし、村の男どもがこの鬼を追い出してしまった。


 それ以来、鬼となった子は山に籠り、母が恋しいと泣き続け、やがて枯れ果てた。



 それが、あそこの「鬼哭おになき山」と、ここの特産「萵苣ちしゃ」の由来じゃよ。



 なに? かなしい話?


 そうじゃろう、そうじゃろう。 



 せっかくじゃから、この萵苣ちしゃ買っていかんか? 


 安心せい、採りたてじゃ。

 切り口はまだ白い。



 まぁ、気を付けることといえば、赤くなった切り口は決して食べてはいかん、ということくらいじゃな。鬼になりたくなければ、のう。


 ひっひっひ。



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萵苣《ちしゃ》 霜月サジ太 @SIMOTSUKI-SAGITTA

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