【漆】(異)日常→異常
†
「いやぁ、昨夜ほど困ったことはなかったよ。確か8時過ぎだったはずなんだけど。中橋まで用事で行ったんだ。竹河岸を通ると警官が『待て!』って言って、二人がかりで前後から取り囲んできやがった。その時は何のことだか分からなくて、マジで驚いたよ。すると一人の警官がワイのバックを取って、中身を全部調べて、ポケットや袖、腰紐の間まで全部見られたよ。『おっとこれは失礼した。だがお前はどこから来たんだ?』って聞いてきて、『へぇ、中橋から、今、家に帰るところです』って言ったら、『家はどこだ』って、『南八丁堀1丁目……番地、
「そうだったんですか。実は今朝から大騒ぎなんですよ。少々お待ちください」
「その話、俺も聞いたぞ。窃盗だったのかな。たかだか
「そうかもしれませんね。ここだけの話……結構、ひどい金貸しで、多くの人を苦しめた人だと聞いてますから、ひょっとしたら恨みからの犯行かもしれませんね。少々お待ちください。先に
「ワイが聞いた話だと、今は
「なあ、何時頃のことだったんだ? 6時過ぎか7時前だったって、犯人は京橋方面に逃げたって俺は聞いたけど、
「本当に度胸があるよなぁその犯人。それに
「お客様、お待たせしました。
「それなら、おそらく京橋のどこかに捨てたのかもしれんなぁ。去年は年末に吉原で恋人同士の自殺があったし、今年は年明け七日に都心の竹河岸で日が明けたか明けないかの時間に
「本当に気の毒なことだわ。どうなるんだろう、助かるのかな? あの年だし。それに、銃弾も見つかってないっていうし」
「…………」
「どうしたんだいマスター?
「ワイの
「あ……いや、さっきのお客さん。なんか血相変えて、金だけ置いて出て行ってしまいましてね。……これ飲みます?」
「お、先悪いね、
「マスター、分かりましたぜ。そのお客さんが慌てて出て行った理由」
「はい? あ、
「どうも。きっとあの人はさぁ、ワイたちの話を聞いて……」
「
「「「アハハハハハハハハッ」」」
†
秀三郎は『
驚異的なスピードで走り、野口家のある
特に異常な様子はなく、二階からはお
すぐに今朝に見た
中には、
その他にも、潮多寛三の署名と印鑑が押された証書も見つかった。
「う……
驚きのあまり、全身が冷たくなり、震えが止まらなかった。すぐに
その時、目の前に映ったのは、今朝雄の足の爪先から上の部分が
(なんで……そんな……)
ほとんど息ができなくなった。まるで死んだかのように、思考が、心が停止している。
今の状況、彼の姿、その事物は完全に先ほどの
さらにお
――他でもない
「違う……野口君は……そんな……」
内海は再び震え始めた。この状況でどうすべきか、そんなことも考えられない。ただ茫然として今朝雄の顔を見つめていた。
彼の顔は
(……
ふと以前に
『年末には
半年前までは役人だったので、泥棒や暴漢が来るかもしれないと考え、準備としてその拳銃を油で手入れし、弾を装填していたのを覚えている。
もし、その中の一発でも発射した跡があれば、残念ながら彼は殺人の疑いを避けることはできないだろう。
(いやいやいや……無い無い無い……そんなことあるわけが……》
まるで夢遊病の如くフラフラと今朝雄の用具置きを漁る。拳銃を確認しようとして、小箱を手に取った。
開けると、弾が装填されているか、さもなくば。
(信じさせてくれ――)
発射の痕跡がないかを確認しようとして、緊張しながら目を閉じ、小箱の蓋を開けた。
――中には拳銃の姿は見えず、ただ紙だけが残っていた。
『すぐにその拳銃を川に投げて、革提を奪って逃げたらしいよ』
あの喫茶店の客人の言葉を、思い出した。
秀三郎はその場に倒れ、完全に意識を失った。
†
ようやく意識を取り戻した。秀三郎は息をするのもやっとで、周りを見渡し、腕をこすり、腰を撫でながら、力なく立ち上がった。
今朝雄の姿が、無かった。
(野口君は……!?)
野口は――
「ふぁあ。よく寝た。ああよく寝た。おかげで
普段通りに起きて、トイレで用を足し、洗顔をして、着替えていた。
彼の顔色はちょっと青白く見えたが、昨日の彼と、今朝の彼に違いは見えない。
内海は再び放心状態になった。
「どうしたんだい、秀三郎君。まるで
そこには、いつも通りの
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