今も君は待っているだろうか

家猫のノラ

第1話

『勉強も運動もそこそこに出来ない。

学生時代は黒板を見るよりも窓の外を見ている時間の方が長かった。

あの日もただぼんやりと窓の外を見ていた。

見つけてしまったんだ。

午後の授業で、日が傾いて、影になったプールサイドに、君の姿を。』


『次の日、僕は朝早くに学校に行って、プールサイドを訪れた。びしゃびしゃと水がはねる音がした。』


『君は前日と同じように、プールサイドに腰掛けて足に水をつけて、動かし、はねる水を眺めていた。

「君は、誰?」

僕の問いに君は答えなかった。なおも水を眺めていた。』


『「朝日」

水を眺めながら、君が一言つぶやいた。

「え?」』


『朝日が二人に降り注いで、僕は一人になった。』


『君は透明人間だったのだ。日光に当たることで、この世界から、僕の世界から、消えてしまう、透明人間だったのだ。』


『それから僕たちの不思議な友情が始まった。』


『朝日に負けまいと、毎朝走った。だんだんそれでも足りなくなって君に日傘を贈った。

「ありがとう」

影の中に浮かぶ笑顔がただただ眩しかった。』


『今も君は持っているだろうか。』


「『今も君は待っているだろうか』再重版決定ー。話題沸騰中でーす」


売り子の声が響く店内。初夏の気温と相待って暑苦しいことこの上ない。

足を運んだことに早くも後悔しつつ、平置きされた自分の本を、僕はどこか他人事のように眺めていた。

ポップがてきとうな売り文句を並べている。実を言えば賞をくれた評論家の言葉も何一つ納得がいっていない。

何かが違う。そう思いながらここまできてしまった。


目の前で一人の女性が本を手にとった。立ち読みをしたいらしい。

傘を、あの日傘を、棚に立てかけた。


「待って…」


僕は手を伸ばし君の肩をつかもうとした。

君もそれに気がついて、振り返ろうとした。


「た」


生ぬるい風が起きた。

僕の手が宙を切ったことで。

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今も君は待っているだろうか 家猫のノラ @ienekononora0116

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