第2話 お針子生活の始まり

「すみませんでした、急に叫んじゃって……」


 数十分後、私はお兄さんや他の店員さんにこんな街は知らないこと、魔法なんて使えないこと、魔法なんて今まで見たことはないことなど色々説明してようやくちょっぴり落ちついたのだった。不思議そうにこちらを見つめる彼らの中で、一番最初に口を開いたのはふわふわの赤毛のお姫様のようなお姉さんだった。


「つまり、あなたは他の世界から来たってこと? しかも魔法も使えないって……ほんとうなの?」


 椅子に座った私をじろりと探るような目つきで店員さんの隣に立った彼女……リリオンヌさんがこちらを見つめる。ちょっと怖い雰囲気だけど、私の悲鳴を聞きつけて真っ先にかけつけてくれたのが彼女だった。多分、悪い人ではないんだろう。


「嘘ついてるとかじゃないんですか? アークローみたいに魔力が弱い人はいるけど、無い人なんて見たことないですから」


 反対側では私よりも年下に見える少年が興味なさげにつぶやいた。フォルツさんと名乗った彼は見た目は小学生くらいだけど、エプロンをしているから多分店員さんなんだろう。亜麻色の髪は優し気な色をしているけれど、彼の言葉はどこかとげとげしかった。


「僕みたいには余計だぞぅ! まあたしかに信じられない気持ちは分かるけど、数百年前にも同じように他の世界から来た人がいたって話も聞いたことあるし…………何より嘘をついているようには見えないからね、信じるよ」


 アークローさんは少し考え込むそぶりを見せた後、私に向けて安心させるようにほほえむ。それだけで変に緊張していた肩から力が抜けて、私はうつむいて小さくため息をついた。


 ああ、自分の言っていることを信じてもらえるだけでこんなにも安心するものなんだ。

 思わず涙ぐむ私の目の前にずずいとクッキーの乗ったお皿が差し出される。見上げれば、リリオンヌさんが真剣な表情でこちらを見下ろしていた。


「それがホントなら、とりあえず泊まるところとか探したりご飯食べたりしなきゃダメよ! 魔力がないなら栄養だって取れないんだから!」

「あ、ありがとうございます……」


 ……やっぱりちょっと言い方は怖いけど、優しいお姉さんなんだなあ。

 彼らによると「魔力の強い人は何もしなくても生きられるけど、弱い人はご飯も食べないと栄養がとれない」らしいのだ。あわててクッキーを一枚手にとって食べれば、ふんわりとバターの香りが口の中に広がった。


 やさしい甘さにやっと「これは現実なんだ」って気持ちが追いついて、それからちょっぴり怖くなる。

 私、どうして知らない世界に来ちゃったんだろう。元の世界に帰れるのかな。もしかしたらずっと帰れないのかな。


「あの……私、家に帰れるんですか?」


 思わず不安を口に出したら、なんだかもっと胸がザワザワしてしまう。アークローさんたちにとっては「異世界から来た」って言葉だけでも半信半疑だったのに、元に戻る方法を知ってるわけないよね。


 私の言葉にフォルツさんやリリオンヌさんが気まずそうに顔を見合わせる。ただ一人、アークローさんだけは明るい表情で私に歩み寄ると視線を合わせるようにしゃがみこんだのだった。


「大丈夫! 王様なら君のことを元の世界に帰してくれるはずだよ」

「王様……?」


 オウム返しをすれば、アークローさんは「うん」とうなずくとどこか自慢げに胸をそらす。


「僕らの国の王様さ。魔法が上手でなんでもできる人だから、君が家に帰れる方法も知ってるよ……きっと」

「ほ、ほんとですか? 会いたいです、けど……」


 王様なんて偉い人にそんなにすぐに会えるものなんだろうか。私の心を見透かしたようにアークローさんは「すぐに、と言うわけじゃないけどね」と口を開く。


「半年後に城下町で王様の即位三百周年を記念して舞踏会が開かれるんだ。その時なら誰でも彼に会えるから、きっとお願いも聞いてもらえるさ!」

「さ、三百周年?!」

「ああ、そっちの世界だとそんなに長生きはしないんだっけ」


 あんまりにも大きな数字にびっくりしてしまったけど、問題はそこじゃない。

 元の世界に帰るのってすごく大変なことなんじゃないのかな? それにお願いを聞いてもらうって言っても私はお金も何も持ってないし、そもそもお願いを聞いてくれるかなんてわからないし……


 不安な気持ちもあるけど、それ以上に「帰れるかもしれない」って思うと急に安心してしまって、今度こそ私はポロポロと涙をこぼしてしまったのだった。

 泣きじゃくる私にあたたかさを分けるみたいに、アークローさんは片手でそっと私の指の先を包み込む。

 知り合ったばかりの人なのにただただぬくもりが嬉しくて、私はすんすんと鼻を鳴らしながら「ありがとうございます」とお礼を言ったのだった。


「だからそれまではうちにいたらいいよ。ご飯だってあるし、寝るところなんてたくさんあるからね」

「えっ?!」

「ちょっと、アークロー!」


 思っても見なかった申し出に私が変な声を上げるのと同じタイミングでフォルツさんが声を荒げる。そちらを向けば鋭い目つきの彼とぱちりが目が合った。


「僕は反対です。ただでさえアンタがよく食べるから食費がかかるのにこれ以上食べる人が増えるなんて! もう少しちゃんと売るもの売ってから話をしてください!」


 う、うわぁ……小さいのにすごい迫力……!


 けど、フォルツさんが怒るのも当たり前だ。アークローさんは優しいけど、私はここの世界のお金なんて持っていないから何も返せない。フォルツさんやリリオンヌさんは食べなくてもいいみたいだけど、私は普通の人間だもん。


「ごめんなさい、危ないかもなので夜の間だけでも泊めてもらえませんか? 明るくなったら出ていくので……」


 少しでも怒りが収まるようにぺこりと頭を下げれば、一瞬でシンと場が静まり返る。


 え? なんだろう。何か変なこと言ったかな?


 恐る恐る顔を上げれば、予想通り三人ともポカンと信じられないような物を見るような目でこちらを見ていたのだった。


「…………とりあえず、君が本当のことを言ってるってことだけはわかりました。嘘をついていると言ったのは謝ります」


 不意にさっきまで警戒心がむき出しだったフォルツさんが私に軽く頭を下げる。なんで謝られているのかさえわからないのでとりあえず私も同じように頭を下げれば、アークローさんが「ええっとね」と気まずそうに口ごもった。


「なにから話したらいいかな。何にも知らないなら初めっから教えた方が……」

「全部伝えても混乱するでしょ? 大事なことだけ教えておけばいいのよ! いーい?」


 戸惑うアークローさんにピシャリと言い放ったリリオンヌさんはこちらを振り返るとびしりとまっすぐに指を指す。


「あなたの国じゃどうだったかは知らないけど、アタシたちの国はの。ずっと祝福の光に照らされて守られているのよ」

「だからこそ、僕らは光の中でも素敵な夢が見られるように夢のとばりを売っているのさ」


 夜が存在しない。

 思っても見なかった彼らの言葉にぽかんと口が開いたまましまらない。けど確かにここに来る前は夕方だったのに今は青空が広がっているのとか、いつまで経っても夕方にならないとか不思議なところはいっぱいあった。

 けどまさか、夜がない世界があるなんて……!


「にしてもこんなことも知らないなんて……放っておいたらすぐ行き倒れちゃうんじゃないかしら」

「それは……そうかもしれませんけど」

 

 私の常識とのあまりの違いにあっけに取られているうちに、こそこそとリリオンヌさんとフォルツさんが内緒話を始める(聞こえてるけど)。

 けど彼らの言うとおり、何も知らない私がここを出たら絶対に生きていけないだろう。だからと言って、何かお返しできるわけでもないし……


 なんて頭を悩ませる私たちをよそに、アークローさんは「うーん」と悩んでみせたあとポン、と手を叩いて明るい声を上げたのだった。

 

「それなら彼女にもお店を手伝ってもらえばいいじゃないか! 人手も足りなかったしちょうどいいよ!」

「私ですか?」


 突然の彼の申し出に頭が真っ白になる。

 えっと、中学生ってバイトしちゃいけないんじゃなかったっけ。でも今はそういうこと言ってる場合じゃない、のかな?

「ダメかな。わからないところは教えるし、手伝ってもらえたらこっちとしても助かるんだけどなぁ」

「でも、私お裁縫なんてしたことなくて……」

「……いいんじゃない? 下っ端が出来たらコキ使えるし悪くないもの」


 オロオロしてるうちにリリオンヌさんも加勢して、賛成と反対が二対一になる。ここで私が断れば、きっと彼らは私の意見を大事にしてくれるだろう。けど……


「じゃ、じゃあ……精一杯頑張ります!」

「うん、決まりだね!」


 行くところもないし、全然知らない人なのにこんなに気にかけてくれたアークローさんたちになにかお返しがしたいと思った。


 だから勢いよく頭を下げれば、彼らは三者三様の反応と共に同じセリフを口にしたのだった。


「『夢のとばり屋 ルゲイエ』にようこそ!」




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眠らせ姫と夢のとばりの繍い手たち 折原ひつじ @sanonotigami

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