《発売記念SS》例の5日間 side紅林

※side朱蘭のあとの話。

※女同士だと、結構きわどい話もするよね、というやつ。


こちらで最終です。

もし、興味を持ってくださったら、書籍版「傾国悪女」もよろしくお願いいたします。②巻は完全書き下ろしで、不可能犯罪に挑んだり、異国の王子に「妻にならなければ正体をばらす」と迫られたり、関玿とやっと結ばれたりと、ご満足いただけるないようとなっております。よろしくお願いいたします。

――――――――――――――――――――――


「どどどどどうしよう……どうしたらいいの!?」


紅林は刻一刻と迫るその日に、頭を抱えていた。


「まあまあ、紅貴妃様。何をそんなに慌てられる必要があるのですか」

「朱蘭、だって……」

「そうだよ、紅林。あと三日も時間があるのに、慌てる必要無いじゃん」

「何日あろうと、覚悟はできないのよ……!」


頭を抱えて長牀の上で饅頭のように丸くなる紅林に、朱蘭と朱香は顔を見合わせて首を横に振った。


「だって、抱くって何!? ど、どんなことをするものなの!?」

「初心なご質問ですねえ。ご経験がなくて良かったと安心しましたが」


後宮妃として入宮する者と宮女として入宮するものでは、審査の厳しさが違う。宮女であれば、簡単な「おぼこ?」「そうです」という口頭陳述のみで確認は済む。対して妃嬪候補者達は、妊娠の有無の確認、や入宮前の私生活などの調査も行われ徹底的に処女性が求められる。

紅林は今や貴妃であり寵妃ではあるのだが、宮女入宮のためその処女性には疑問が残るという話だ。

しかし、朱蘭の懸念も紅林の初心すぎる態度を見れば、杞憂だっただろう。


「さすがの私でも、どんなことをするものかは知ってるよ……っていうか、紅林って確か花楼に勤めてたんだよね? いっぱい見たし聞いてきたでしょ?」


のそりと紅林の顔が上がる。


「み、見たことはないけど聞いたことなら……でもあれはなんと言うか……その……」


「その?」と朱蘭と朱香が声を重ねる。


「獣の声……というかなんと言うか」

「獣の!?」と朱蘭が口を丸くし

「声!?」と朱香が目を剥いた。


「獣やら怪鳥のような声ばっかりで、そんな声を上げざるを得ない行為ってどんなのなの!? 怖すぎて、一度も姉さん達の部屋には近寄らなかったわよ! 『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!』とか『ヒェェェェェェェッ!!』とか、この世の終わりかと思うくらいにすごかったんだから」


涙目になってまた紅林は「怖いよぅ」腕に顔を伏せてしまい、グスグスと泣く饅頭になってしまった。


「上級花楼って……そのくらいの叫びをあげないと生きていけないところなんだね」

「確かに、お客様の取り合いですものね。華やかな場所に見えて、ある意味戦場だったのよ」


ヒソと侍女二人は、目の前で揺れる饅頭に同情を向ける。

そして、二人は横目を交わして頷きあった。

二人の心はひとつだった。


『普通の知識を入れてあげないと、これはヤバいことになるぞ』


と、二人は謎の使命感に駆られていた。

今のところ紅林の閨の知識は、獣の声や怪鳥の声を上げる行為をする……というとんでもないもので出来上がっている。

関王朝が建ってから初めて開かれる寝宮だ。きっと記録にも残る。

もし、そこから「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」やら「ヒェェェェェェェッ!!」やらとの奇声が聞こえたら、どうだろうか。

内侍官はきっと律儀に描写するだろうし、「初代皇帝の寵妃は獣のような太ましい声を上げ……」などと書かれかねない。


「分かっているわね、香」

「はい、蘭姉様」


二人は饅頭――もとい、紅林の傍らに跪いた。


「大丈夫ですから、紅貴妃様」

「安心して、紅林」

「二人ともぉ……」


柔らかな声と背中を撫でる優しい手に、紅林も次第に落ち着きを取り戻す。


「そのお声はきっと花楼に棲みついた妖のたぐいです」

「そう。多分、呪われた花楼だったんだよ」

「え?」


ガシッと紅林の肩を掴む朱蘭の手は、とても力強い。


「いいですか? 閨で本当の女人はそのような奇声は上げません」

「花楼では妖が女人に化けてたんだね。きっと男の精力を絞りに来てたんだろうね」

「え? え?」

「まずは、できるだけ声は我慢してください」

「声は出すんじゃなくて漏らすの」

「待って、二人はなんの話をしているの?」


いきなり、なんの講義が始まったのか。


「後世に残る、誰もが羨むような艶話をつくるのです、紅貴妃様!」

「『その夜は関王朝の伝説である』とか語り継がれる、聞くだけで耳が孕むような伝説をつくるんだよ、紅林!」

「なんの話!?」


ふざけ話でないことは、二人の目を見れば一目瞭然だった。

真剣マジである。


「陛下が被さってきましたら、このように足先を腰に絡ませ――」

「息を我慢すると締まりが良くなるからね――」

「陛下の陛下が紅貴妃様の紅貴妃様をほにゃららららら――」

「陛下の■■ピーを手で■■■ピーする■■ピーときは■■■ピッピピー――」


真剣な顔してどんどんと直接的な言葉が口にする二人に、紅林の顔色は赤を超えそうだった。ふるふると、今にも爆発しそうな火山のごとく震えている。


「そこからですね――」

「い、いやーーーーーー!!!!! 聞きたくないーーーーーー!!!!」


こうして、紅林は無駄で有意義な知識を身につけたのであった。

それが役に立つかは、三日後にしか分からない。










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いずれ傾国悪女と呼ばれる宮女は、冷帝の愛し妃 巻村 螢 @mkei

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