七、宮廷学院の参観ティーパーティー②


「あ、見てくださいませ。次は剣術演技みたいですわ。アーク様も出るそうです」


 クロネリアは夢中で参観を楽しんだ。

 ちゅうきゅうけいをはさみ、生徒は保護者のテーブルにもどりお茶会のようなものまであった。

 給仕がおと軽食を運び、ポットでお茶をれてくれる。

 お茶会のテーブルマナーもまた、学院で習うことの一つだった。

 それらの成果を年に一度の参観で保護者に全部見てもらうようになっているのだ。

 その後は全員での楽器の演奏や、女の子たちによるダンスの披露などがあって、最後に母親に生徒から感謝をめてバラの花束をおくって参観ティーパーティーはめくくられる。


「お母様、いつもありがとう」


 みんながそう言って母親に花束をわたす中で、アークはクロネリアに花束を差し出した。


「今日は来てくれてありがとう、クロネリア」


 きっとみんなと同じように母であるアマンダに渡したかったことだろう。


「この花束は公爵様のお部屋に飾りましょう。アーク様の立派なお姿は、まるで参観に実際に来ていたとさっかくするぐらい、公爵様にくわしくお話しさせて頂きますね」


 アークは少しはにかんだようにほほんだ。


「父上も喜ばれるだろう。良かったな、アーク」


 隣に立つイリスはそう言って、アークの頭を撫でようと再び手を伸ばす。

 しかしそのイリスの手が届く前に、背後から声がかかった。


「その女が看取り夫人か!」


 はっと驚いてかえると、王子のジェシーがうでを組んで立っていた。

 その後ろにはお付きの衛兵たちと執事がいる。

 王子ともなると、身軽に一人で動くこともできないようだ。


「お前のうわさは聞いているぞ。アークの兄上をたぶらかし、今度はアークまで丸め込んだようだな。このまま公爵家を乗っ取るつもりだろう」

「ジ、ジェシー、僕は丸め込まれてなんかいないったら……」


 アークが慌てて弁解している。イリスも困ったように反論する。


「ジェシー殿でん、私はたぶらかされてもいないし、公爵家を乗っ取るなんて、彼女にできるはずもございません。ご心配にはおよびません」


 イリスも王子相手に事をあらてないように言う。


「たぶらかされている者がたぶらかされていると気付くはずがないだろう」


 王子は大人のイリスに対しても堂々と言い返す。

 自分がどういう存在なのか幼いながらもちゃんと分かっているのだ。


「未来の王になる者として、大切な臣下が不幸になるのを黙って見過ごすわけにはいかない。女よ、何をたくらんでいるのかこの場ではっきりさせるがよい」


 ジェシーはクロネリアを指差し、ぎょうぎょうしい口調で告げた。

 自分の身分を自覚して、それを示してみせたい年頃なのかもしれない。

 かえたくを始めていた他の保護者たちが、何事かと立ち止まって注目している。

 クロネリアの耳に、貴族たちのこそこそ話す声が聞こえてきた。


「まあ、あれが噂の看取り夫人でしたの?」

「イリス様といっしょにおられる女性は誰かと思っていましたけど」

えんせきの方かと思っていましたわ。まさか看取り夫人だったなんて」

「あんなに若い女性でしたのね。あの方と結婚すると寿じゅみょうが縮まるのでしたっけ?」

ゆいのう金でかせいだあとで、遺産までうばおうとしょうを起こしていると聞きましたわ」


 想像していたこととはいえ、やはりそんな風に思われているのかと思うと悲しい。

 そして何より、そんなあやしい女にイリスとアークがだまされていると思われているのが申し訳ない。

 こんな時、何を言えばいいのだろう。

 クロネリアにできることは、ただ正直に自分の胸の内を話すことだけだ。


「さあ! 王子である私に白状するがいい!」


 高飛車に告げるジェシーの前に、クロネリアはひざまずいた。

 クロネリアの行動に人々がどよめき、ジェシーはますます高圧的に見下ろす。

 恐ろしい罪でも白状するのだろうかと、クロネリアの周りに人だかりができていた。


「クロネリア……」


 イリスとアークが心配そうに声をかけてくれる。

 クロネリアは二人に申し訳ない顔で肯き、静かに口を開いた。


「この場で王子様におちかいたします。私がスペンサー公爵様の害になると思われれば、いつでも出ていくことをお約束致します。そして公爵家の遺産を一ルーベルたりとも受け取らないと宣言致します。私に疑わしい行動があれば、らえてくださって構いません」

「!」


 ジェシーは驚いたようにクロネリアを見つめた。


「その代わり……どうかもう少しだけ……、公爵様のお世話をすることをお許しください。王子様の大切な臣下となられるアーク様を不幸にするようなことは致しません。だからどうか……お願い致します」


 深いとびいろひとみで見つめ返すクロネリアに、ジェシーは動揺を浮かべる。


「わ、私に誓うというのだな? 多くの者が見て、聞いていたぞ! もしもその言葉にうそがあれば王宮の兵がすぐに捕らえてやるぞ! いいのだな?」


 半分脅すような口ぶりで言い返す。

 しかしクロネリアは、そんな言われ方にも慣れていた。

 父もガーベラも、前夫の夫人たちも、クロネリアをめ断罪するようなことしか言わなかった。いつだってぎりぎりのところで生きてきた。

 もうクロネリアには失うものなんて何もないのだ。

 せいいっぱいやって、それで捕らえられたなら仕方がないと達観している。

 クロネリアは悲しいようなしょうを浮かべ答えた。


「はい。構いません。王子様のお心のままに……」

「!」


 ジェシーは堂々と答えるクロネリアをぼうぜんと見つめていた。

 しんと静まる庭園に、ふいに高笑いがひびいた。

 全員が驚いて笑い声の主を見る。


「ははは。ジェシーよ。参観の最後に中々おもしろいショーを見せてくれたな」

「父上……」


 それはジェシーの父、ルーベリアの国王だった。

 近付いてくる王を見て、その場の全員が跪く。


「なるほど、あなたが噂の看取り夫人であったか」


 王はクロネリアを見て微笑んだ。


「ジェシーはずいぶんかたよった噂を聞いていたようだが、私はブラントこうしゃくくなる直前に会った者に話を聞いている。あのへんくつな侯爵がずいぶん改心して、妻に感謝していたと。余命を三年も延ばした不思議な女性だと。何か余命を延ばすほうでもあるのなら、私も是非とも看取ってもらいたいものだが」


 クロネリアは慌てて首を振った。


「いえ。私には余命を延ばすような力はございません、陛下」

「うむ。だが少なくとも、ブラント侯爵はうらまれていた相手に謝罪と弁済をして、ずいぶん身辺をれいにして旅立ったようだ。私の臣下があなたによって多く救われたのは事実だ。礼を言うぞ、看取り夫人」


 クロネリアは驚いた。まさか王に礼を言われるとは思っていなかった。


「父上……」


 ジェシーは父が看取り夫人を認めたことで泣きそうになっている。

 このままではクロネリアを責め立てたジェシーが悪者のようになってしまう。

 王子といっても、まだアークと変わらぬとしの子どもだ。

 クロネリアは思わず答えていた。


「恐れながら、陛下。私は、王子様がスペンサー家のご家族をどれほど大切に思ってくださっているのかを知り感動致しました。臣下を思う王子様の尊いお言葉にかんめいを受け、私はより一層、公爵様に誠心誠意お仕えしようと決意を新たにできたのでございます」


 ジェシーは驚いた顔でクロネリアを見た。

 そして、王はジェシーの様子に気付いたように「ふむ」と肯く。


「確かにアークを思うそなたの気持ちも尊いな、ジェシーよ」


 王は告げて、ジェシーの頭をくしゃりと撫でた。


「!」


 ジェシーはすぐに顔をほころばせ、いっしゅんにして場がなごやかになった。

 はくしゅがおこり、あちこちでそうめいな王の裁可をたたえる声が飛び交う。


(さすがは王様だわ。誰も傷つかないように丸く収めてしまわれた)


 どうなることかと思ったけれど、無事に危機は乗り切ったようだ。


「良かった。クロネリア。国王陛下にめられるなんてすごいよ」


 アークがクロネリアのそばにやってきて、嬉しそうに微笑んだ。


「アーク様こそ、私をかばってくださってありがとうございます。イリス様も……」


 クロネリアはほっとした顔で、アークの隣に立っているイリスを見上げた。


「い、いや、私は事実を言っただけだ。君を庇ったわけではない」


 イリスは相変わらずそっけない答えを返す。

 けれど、その言葉の裏にある温かさをクロネリアはもう知っている。


「いいえ。ありがとうございます、イリス様」


 礼を言うクロネリアに戸惑うようにイリスは目をそらし、こほんと咳払いをした。

 こうして、参観ティーパーティーは王が綺麗に締めくくって散会となったのだった。



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