七、宮廷学院の参観ティーパーティー①
「私などが行っても本当によいのでしょうか?」
馬車の中には黒いフロックコートの正装をしたイリスと、
これから三人で、王宮のルーベリア宮廷学院で
「うむ。アークがクロネリアも連れて行きたいというのでな」
クロネリアは最初公爵のお世話をするからと断ったのだが、その公爵が「アークのためにも行ってやって欲しい」と言ったので
「ジェシーが……。ジェシーが連れて来いって言うから……」
「ジェシーに言われたからといって何でも言うことを聞かなくてもいいだろう」
イリスは
クロネリアが行くのが不満なのだろうかと、様子を
イリスは両親に代わって厳しくしつけなければと思っているせいか、アークの前では必要以上に冷たい態度になってしまうようだ。
「ジェシーに言われたからってだけじゃないよ。僕も来て欲しいと思ったから……」
「クロネリアに来て欲しいと? お前が思ったのか?」
すぐにアークは真っ赤になった。
「ち、
アークは
「ふーん。いつの間にかずいぶんクロネリアに
「そ、そのことはちゃんと謝ったよ! そうだよね、クロネリア」
「はい。謝っていただきました」
イリスは
そしてさりげない調子でこほんと
「アーク、クロネリアの隣ではドレスが
その言葉を聞いて、クロネリアにはイリスの不機嫌の理由が分かった気がした。
最近分かってきたのだが、イリスが咳払いした後の言葉には、ほんの少しだけ本心が
それでさっきから不機嫌な様子だったのだ。
「ううん。ここでいい」
「!」
アークにあっさり断られてショックだったのか、イリスが
イリスの射殺しそうな目つきにおののいて、アークはしゅんと俯いてしまった。
(そんな
でもここでクロネリアが「隣に座って欲しいだけですよ」などと言ってしまうと、ますますイリスは
もどかしいけれど、クロネリアには
(でも……。ふふ。なんだか……
アークも可愛いけれど、イリスの不器用さも分かっている者には可愛く思えてしまう。
「何がおかしい?」
つい、にやけてしまったクロネリアを、まだ怖い顔のままのイリスが
分かっていてもイリスに恐ろしい目で睨まれるとびくりとしてしまう。
「い、いえ。なんでもありません」
こうしてイリスの怖い顔にクロネリアとアークが
*****
「これが王宮……」
クロネリアは初めて見る王宮の
公爵家にも
周りには兵舎が連なり、衛兵が各所に立っていた。
宮廷学院は、宮殿から少し
すでに他の生徒の保護者たちも
クロネリアはイリスに買ってもらった
父親らしき男性たちは金
母親たちは
参観は庭園で催されるらしく、すでに保護者用のテーブル席が庭園を取り囲むようにセッティングされていた。
それぞれのテーブルに
参観というより、庭園パーティーのような
「スペンサー公爵様のお席はこちらでございます」
馬車から降りると執事が席に案内してくれて、真っ白なテーブルクロスに花が飾られた席に着いた。
「すぐにお飲み物をお持ち致します」
それぞれのテーブルに両親と生徒の三人が座り、給仕が世話をしている。
これは確かに両親が
アークがクロネリアに来て欲しいと思ったのも分かる気がする。
隣のテーブルに座る男の子は少し甘えん
「お母様。僕、ダンスがうまくなったんだよ。よく見ていてね」
「はいはい。どれだけ成長したのか楽しみね」
母親は
アークは横目でそれを
きっとアマンダが生きていた
ふとその隣を見ると、イリスがそんなアークに手を
(アーク様の頭を撫でてあげようと思っているのかしら)
しかしアークがイリスの方に顔を向けると、慌てて手を引っ込めてしまった。
そして何事もなかったように、どちらかというと怖い顔でアークを見返す。
アークはぎょっとして、
(本当に不器用な方のようだわ……)
イリスの溢れんばかりの愛情が、さっぱりアークに伝わっていない。
それどころか
けれど
イリスの席にはひっきりなしに他の生徒の母親が話しにやってくる。
「イリス様。お久しぶりでございます。いつも
女生徒の席は庭園の反対側だというのに、わざわざ
「イリス様。実は私には妹がいまして。
この場で
「イリス様。今日は主人が仕事で来ることができず、
直接このチャンスに本人を引き合わせる人までいた。
独身の公爵子息ということもあるが、やはりイリスとの
公爵はイリスがもてないようなことを言っていたが、そんなことはなかった。
イリスも少し事務的だが、気品に満ちた
アークはその様子を
「アーク様」
クロネリアはそんなアークに話しかけた。
「ところでジェシー様というのはどの方なのですか?」
しょっちゅうアークの話題に出てくるジェシーだったが、どの子なのか分からない。
みんな家族のテーブルで
「ジェシーならあそこだよ」
アークは庭園の先の五段ほどの階段の上に広く置かれたテーブルを指差した。
そこだけテーブルが三つも置かれて、両親ばかりか祖父母らしき人々までいる。
そして執事と給仕の数も別格に多い。衛兵も階段の上と下に数人ずつ配置されていた。
その真ん中のテーブルに長い
「え? あの方がジェシー様?」
どう考えても特別な
「うん。ジェシーはルーベリアの王子だよ」
「お、王子様……」
まさかクロネリアの人生で、本物の王子様に会える日が来るとは思わなかった。
その王子様とアークはどうやら親友らしい。
「僕はいつか
アークは目を
「後で模造剣を使った
アークはちょっと得意げに胸を張った。その様子が可愛い。
「アーク様は運動が得意なのですね」
「学院にいる間の護衛騎士は僕に任せるってジェシーにも言ってもらったんだ。僕がいつも一番近くでジェシーを守ってるんだ」
ごっこ遊びが楽しい
「それでいつもサーベルを
「うん。でも……今は兄上に取り上げられてしまっているけど」
アークの
クロネリアのドレスを破いた件で取り上げられたままなのだ。
「そうでしたね……」
しょんぼりと話すアークをなんとかしてあげたい。
やがてラッパの音と共に参観が始まった。
「
ルーベリア宮廷学院の院長が開始を告げる。
「学院の生徒のみなさんは本部席にお集まりください」
司会役を務める執事のアナウンスで、生徒たちが家族のテーブル席を
「じゃあ、行ってくるね」
アークは
すぐに本部席の横に並んだオーケストラの生演奏が始まり、庭園の真ん中が
子ども舞踏会の始まりだ。
小さな
「可愛い……」
クロネリアは思わず
学院の制服を着て、女の子はつんと顔を上げスカートの
王子のジェシーも格別の
「舞踏会に行ったことはないけれど、こんな感じなのですね。なんて
クロネリアが言うと、イリスは少し驚いたように
「舞踏会に行ったことがない?」
イリスの周りでは十八にもなって舞踏会に行ったこともない女性などいないのだろう。
「私は社交界にもデビューしないまま、十三で
「結婚してからでも夫と共に舞踏会に来る人も多いが……そうかあなたは……」
イリスは言いかけて口を
続く言葉はだいたい分かっている。
あなたは
寝たきりの夫を置いて舞踏会に行けるはずもない。
一生行くこともない場所だった。
「舞踏会も音楽会もサロンのお茶会も……一度も行けませんでした」
「……」
イリスは言葉を
「けれど、こうしてアーク様のおかげで雰囲気を味わうことができました。しかも王宮の庭園でなんて夢のようですわ。連れてきてくださってありがとうございます」
クロネリアは本当に
「いや……私はなにも……アークが言い出したことだ」
「いいえ。イリス様が買ってくださったドレスがあったから参加できたのですわ。きっと今日のことは一生忘れません。この思い出があるだけで私の人生は幸せです」
「あなたは……」
イリスは何かを言いかけて、結局口を噤んだ。
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