第38話 因果応報





「貴方は不当な働きを要求された?」


 アイリスに聞かれて、セシルは目を瞑って、これまでのことを思い出す。


 教会の人間、特に大司教は、セシルのことを支配して長時間の労働を強制してきた。

 王宮では殴られることはなかったけれど、長時間労働は当たり前だった。それにエレンが来ると邪魔になったセシルに追放を言い渡して、バルコニーから突き落とした。


 教会や王宮のことを思い出すと、自然と恐怖が湧き上がってくる。


 そっと隣を見ると、アルベールが静かにセシルの手を握ってくれた。

 きっと、彼は何があってもセシルの味方でいてくれるだろう。彼の手に勇気をもらい、セシルは前を向いた。


「私は、王宮と教会のそれぞれで、不当な扱いを受けてきました」

「君、自分の父親に何を言っているんだ!」

「ふざけたことを! 妃にしてやると言っただろう!」


 大司教とルーウェンが立ち上がり、セシルに詰め寄る。すると、アルベールはセシルを庇うようにして一歩前に出た。


「俺の妻に近づかないでもらえますか?」


 アルベールが睨むと、大司教とルーウェンは渋々ながら座っていた場所に戻った。王女もいるので、分が悪いと思ったのだろう。


「他にも何か主張はあるかしら?」


 アイリスに聞かれて、セシルはこれまでの労働環境や暴力のことを手短に話した。それだけでも、充分に聖女保護法の違反に当たる内容だった。


「それからルーウェン殿下は、私をバルコニーから突き落としました」

「話にならないわね」

「そ、それは。俺のエレンに嫌がらせをしてきたから‥‥‥」


 ルーウェンは、往生際が悪く、もごもごと小さな声で反論をしようとする。が、セシルは彼の最後の希望を打ち砕いた。


「そもそも、エレンは男ですよ?」

「は?」

「エレンは大司教の息子で、王宮に忍び込むために女に姿を変えていたんです」

「嘘をつくな!」

「本当です。そこにいる大司教に聞けば、すぐに分かります」


 ルーウェンは慌てて大司教を見た。当の大司教は冷や汗を滲ませながらも、慌てた様子のルーウェンを鼻で笑った。


「逆に、今まで気づかなかったのか?」

「うそだっ! だって、結婚の約束もしたのに‥‥‥」


 しかし、心当たりがあるのか、彼はすっかり黙ってしまった。青い顔をしながら、「うそだ」とうわ言のように言葉を繰り返している。


「それでは、今回の件は国際法に則って処罰するから、そのつもりで」

「それならば、アルベール伯爵も同じだろう!」


 まだ諦めていなかった大司教はアルベールを指差した。


「こいつだって、この女の力を目当てに近づいたに過ぎないはずだ! そうでなければ、こんな醜い‥‥‥」

「口を慎め」


 アルベールは限りなく低い声を出して、大司教の口を手で塞いだ。


「貴様には、セシルの素晴らしさなど、一生分からないのだろうな。俺がどれだけ、そんな彼女を好きか」


 アルベールは、ギリギリと強い力で大司教の口元を締め、解放する。アルベールの勢いに押された大司教は、続きの言葉を紡げなくなった。


「彼の言葉は本当よ。実際、彼とセシルさんの仲がいいことは領地でも有名なの」


 アルベールと領地内を出かけることは何度かあったが、それが功を奏したらしい。多くの人が二人の様子を見かけて、その関係性を噂し、今では二人の仲がいいことは周知の事実になっていたのだ。


「しかし、私たちが暴力をふるったという証拠がないだろう? 王女、そうですよね?」


 大司教は最後の足掻きとばかりに訴えるが、アイリスは興味ないという風に視線を逸らし、アルベールを見た。


「あるわよね、アルベール」

「はい。これを見て下さい」


 アルベールは懐から数枚の紙を取り出して、彼らの前に差し出した。セシルにも同じものが渡される。

 そこには、セシルへの暴力や労働時間数などの証言があった。教会の牧師や近隣の住民、王宮の侍女など、沢山の証言だった。


「ずっと、貴方達の不正の証拠を探していたんですよ。時間がかかって、妻との時間が減ってしまったことが遺憾でしたが」


 調べた甲斐があった、とアルベールは笑った。

 いつの間にこんなことを調べてくれていたのかとセシルは驚くが、彼が屋敷を開けがちだった理由もようやく分かった。


「とにかく、貴方達には逃げ道がないの。それ相応の罰が‥‥‥とりあえず、二度と表舞台で貴方達を見ることはなくなるでしょう」


 彼らの顔は、真っ青を通り越して、土色だった。隣国の王女がこちらの味方についてくれた時点で、勝敗は決していたのだ。


 因果応報だ。


 最早、哀れみの感情すら湧いてこない。


「貴方達には、私の信頼のおける兵士達をつけておきます。逃げられるとは思わないで」


 アイリスは、セシルとアルベールだけを呼んで部屋を出て行く。セシルが部屋を出て行く直前、後ろを振り返ると、彼らは項垂うなだれて小さくなっていた。




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