第39話 成長したい





 話を終えたセシルとアルベールは、アイリスと共に別の部屋に入った。彼女曰く、国王に事情を説明して、王宮の一室を借りておいたらしい。


 こんな事態になるまで放っておいた国王にも責任はある。しかし、療養中だった国王に監督責任を問うことは難しいだろう。


 結果的にいくつかの交渉の上、王位継承権は剥奪。次期国王は、第二王子になるだろう。


「そんなに、聖女って大切な存在なんですね‥‥‥」


 国の王が代わってしまうくらいの影響力を持つのか、と。セシルは少し複雑な気持ちで、目線を下げた。


「当たり前よ。聖女は珍しい存在だもの。保護して然るべきなの」

「そうですか」


 アイリスはふっと笑って、「それに」と続けた。


「一国の王が、か弱い女の子に手を挙げていたなんて嫌でしょう?」


 その言葉に、セシルは少し笑ってしまう。事務的なことではなく、人として当たり前の感情を優先的に言ってくれたことに、セシルは感謝した。


「そもそも、あんな馬鹿が王位につくと、こっちとしても困るのよね」

「あはは‥‥‥」


 彼女のあけすけな言葉に苦笑いしか出てこない。


「ということで、貴方はしばらく私の国で保護対象として扱われるから。うちの国に来て、滞在してもらうわね」

「え?!」

「当たり前よ。それだけ、聖女は大事なの。既に決定事項よ」

「それは、どうにかならないのか?」


 アルベールが一歩前に出る。彼の落ち着いた反応から見るに、セシルが保護対象になることを知っていたようだった。


「でも安心して、貴方達が結婚していることも視野に入れて一年くらいで帰すから」

「それでも‥‥‥」

「そもそも、私は二人を引き離すことに賛成だから」


 アイリスはアルベールの袖を引く。彼女は、やはり、美の化身なのではないかと疑うほどに美しい。アルベールと並ぶと、本当に絵になるのだ。

 しかし、アルベールは彼女の肩を僅かに押して距離を取った。


「‥‥‥君のことは、妹としてしか見られないと言っているだろう」

「失礼ね。一国の王女よ。それに、もう14歳だから」

「ええ?!」


 セシルは思わず声を上げてしまう。「失礼だった」とすぐに口を塞いだ。しかし、二人にセシルの驚きの声など聞こえていないようで、言い合いのような会話を続けていた。


 聞いてみると、二人は幼い頃から顔を合わせており、幼なじみのような関係性らしい。そのため、アルベールが気を許しているのだ。


 しかし、まさか14歳の少女だとは思っていなかった。大人の女性、少なくともセシルよりは年上だと思っていたのだ。

 セシルはアイリスの姿を盗み見る。やはり、その姿は美しくて。


(やっぱり、お似合いだなあ‥‥‥)


 アイリスが自分より年下であると分かったからと言って、二人がお似合いの美男美女であることは変わりない。


 そして、改めて二人を見た時に、「アルベールに相応しい女性になりたい」と思ったことを思い出した。


 思い出して‥‥‥セシルは、アルベールに甘えてばかりでは駄目なのではないかという考えに至った。


「私、行きます」


 アルベールとアイリスは同時にセシルの方を見る。アルベールは、目を丸くして「信じられない」といった表情だ。


 そんなアルベールの元へ、セシルは一歩前に踏み出した。


「私、成長したいんです。アルベール様にふさわしい女性になれるように」

「セシル‥‥‥」

「私は隣国へ行って、沢山のことを学んできて‥‥‥もう一度、あなたの隣に立ちたいです」


 セシルはアルベールの手を両手で包むようにして、握った。


「だから、会いに来てくださいね?」

「ああ。当たり前だ」


 ずっと、知らない内に守られていた。そんな自分が不甲斐ない。

 だからこそ、別の世界を見てきて、次は自分がアルベールを守れるような存在になりたいのだ。


「セシルさんの滞在中には、我が国にいる聖女と一緒に仕事をしてもらうから。その間、この国にはうちの聖女を貸し出すから、安心して」

「はい」


 セシルは頷く。帝国の聖女を派遣することで、今一度、この国の聖者保護の状況を見直すらしい。


 セシルは、自分の他にも同じような境遇の子がいるのではないかと考えていたので、その申し出は有り難かった。


「これから、よろしくお願いします」

「ええ。そうね」


 アイリスはやれやれと首を横に振って、セシルを指差した。


「とりあえず、首筋のそれは隠したほうがいいわよ」

「それ?」


 セシルが首を傾げると、アイリスは手鏡を手渡した。鏡に首元を写して覗き込むと、そこには、赤くて色っぽい痕が‥‥‥‥‥




 セシルはギギギと首を回して、アルベールを見た。彼は気まずそうに目を逸らす。


 心当たりはある。馬で移動中、彼は首元にもキスをしていたのだから。それが原因だろう。確実に。絶対に。


 別に、構わない。構わないのだが。

 あの深刻な話し合いの最中、自分はこんなものを晒していたのか。


「〜〜〜っ!」


 以降、一週間。セシルはアルベールと口を利かなかった。

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