第37話 両思い




 王宮と教会が手を組んで、セシルを誘拐した。目的はセシルを所有するため。

 王宮にとっての利点は、王都に溢れかえってしまった魔物の退治をセシルに押し付けることが出来ること。教会にとっての利点は、古代の聖魔法を扱える聖女を管理しておきたい、といったところだろう。



 そんな最高権力が協力したことで、セシルはいとも簡単に連れ去られてしまったし、アルベールも救い出すまでに時間がかかってしまった。


 無事、誘拐場所から逃げ出すことが出来たのはいいが、根本が解決した訳ではない。王宮も教会も、セシルという存在を諦めた訳ではないだろう。


 これからも迷惑をかけるかもしれない。その旨を伝えようとセシルはしているのだがー‥‥



「‥‥‥」

「‥‥‥」

「‥‥‥あの」

「なんだ?」


 アルベールがチラリとこちらを見る。「何か問題でもあるのか」とでも言いたげな目だ。


「十秒に一回、どこかしらにキスしてくるの、やめてもらってもいいですか?!」


そう言っている間にも、額にキスを落とされた。セシルはどんどん顔が赤くなっていくのを感じる。


「ダメか?」

「ダメですよ! 馬の上ですしね!」


 二人は馬に乗って移動中だった。

 アルベールは、セシルを自分の前に乗せてくれたが、距離が近いことと彼が度々キスをしてくることが問題なのだ。


 そう言ってる間にも、目元にキスをされた。本当に馬に乗ることに集中してほしい。


「‥‥‥ようやく想いが通じたんだ。これくらいは許してくれ」

「両思い、なんですか?」


 セシルは恐る恐る聞く。自分の気持ちは伝えたが、アルベールからの気持ちは聞いてなかった。恐らく言おうとしてくれたのだが、エレンに遮られてしまったのだ。


 彼の頬がほんのり赤くなっている。


 改めて、彼と自分が同じ気持ちだと認識した。しかし、セシルはアルベールがいつから自分を好いていてくれたのか分からなかい。


「いつからですか?」

「気付いたのは、君が山火事を収めるために雨を呼んだ時だが‥‥‥多分、最初から君のことが好きだったんだと思う」


 セシルはその言葉に驚くと共に、どこか納得していた。


 最初からならば、彼の行動すべてに説明がつく。セシルを必死に守ろうとしてくれたのも、全部。


「なんで気付かなかったんでしょうか‥‥‥」

「仕方がない。君は、これまでそういったことには無縁だったのだから」


 そう言いつつ、またアルベールはこめかみにキスをする。


「もうやめて下さい」

「分かったよ」


 アルベールは苦笑しつつ、セシルの頭をポンポンと叩いた。


「ところで、今はどこに向かってるんですか?」

「王宮だ」

「え?!」


 セシルは驚いた。王宮は、ついさっき誘拐された場所だ。それに王宮には、大司教もいる。これは飛んで火に入る夏の虫ではないだろうか。

 セシルが不安げにアルベールを見上げると、彼は少し悪い笑みを浮かべた。


「大丈夫だ。言っただろう?こちらには味方がいるって」







⭐︎⭐︎⭐︎







 アルベールに手を引かれて、連れて来られたのは、王宮のVIP室だった。少し扉を開けて中を伺うと、複数の声が聞こえてきた。


 その中には、一人の女性と大司教とルーウェン王子がいた。アルベール曰く、女性は隣国の要人らしい。


「どういうことかしら? 国が保護するべき聖女を進んで誘拐するとは」

「ですから、あれは聖女のエレンが勝手に暴走した結果でして」

「エ、エレンがそんなことする訳ないだろう‥‥‥!」


 隣国の要人、大司教、ルーウェン王子。それぞれが別の主張をしていて、話にまとまりがない。特に、ルーウェンは的外れの発言をしていて、隣にいる大司教に睨まれている。


 一方の隣国の要人である女性はー‥‥‥


「あの女性って、アイリスさんですよね?」


 目を引く黒髪に、誰もが息を呑むほどの美人。彼女は、先程のパーティーでアルベールと親しく会話をしていたアイリスだった。


「そうだな」


 さらりと伝えられた新事実に、セシルは遠い目をした。隣国に接している領地を経営しているアルベールが、親しげにしていたのも納得だ。


「要人だったんですね」

「いや、要人と言うか‥‥‥」


 アルベールが口籠ると、目の前の扉が大きく開かれた。そこには、不機嫌そうに目を細めたアイリスがいた。


「遅い」

「‥‥‥申し訳ございません。ただ今馳せ参じました」

「あなた達が来ないと、話が進まないの。さっさっと入って」


 彼女はヒールの音を鳴らしながら、元いた場所に戻っていく。それにしてもアルベールはやけに丁寧な態度だ。しかし、すぐにその理由は明らかになった。


 大司教は、彼女の前に一歩近づいて、話しかける。


「王女! その者は今は関係ないのでは」

「関係あります」


 彼女はパシと大司教の言葉を斬ったのだが。セシルは、大司教が言った言葉に、目を瞬かせた。


(王女って、えぇ?!)


 セシルがアルベールの袖を掴むと、彼は少し気まずそうに目を逸らした。


「王女だったんですか?!」

「そうだよ」

「なんで言ってくれなかったんですか?!」

「今日もお忍びで来てるんだ。‥‥‥アクティブな方なんだ」

「‥‥‥」


 曰く、お知らせもせず身分さえも隠して、もく別国へ行くらしい。そして、情報を集めてくる、と。本当にアクティブな方らしい。

 二人でコソコソと話していると、こちらの声は聞こえていたようで、アイリスは目線を鋭くした。


「ちょっと、アルベール。今日は貴方に呼ばれたから来たのよ。勝手なこと言わないで」

「すみません」


 アルベールは肩を竦めて、空いていたソファに腰を下ろした。セシルもその隣に座る。すると、入れ替わるようにして、ルーウェン王子が立ち上がり、セシルを指差した。


「セシル! 貴様、何をしに来た!」

「黙ってちょうだい。私は、セシルさんに聞かなければならないことがあるの」


 ルーウェンがセシルを怒鳴るが、アイリスに怒られて、その勢いもすぐに無くなってしまった。


 この場は、アイリスが取り仕切っているようだった。当たり前だ。彼女は帝国の王女なのだから。王国であるこの国よりも格上だ。


 アイリスはセシルに体を向け、目を合わせた。セシルは思わず身を固くする。


「セシルさん。貴方は、これまで教会と王宮で働いてきたわね?」

「はい」

「そこで、貴方は不当な働きを要求された?」

「え?」


 同時に、その場にいたルーウェンと大司教がいきり立った。


「まさか、そんなわけがないだろう!!」

「王宮はともかく。教会が国際聖女保護法を破るなんて‥‥‥」

「大司教、なんてことを言うんだ!」


 ルーウェンは大司教に掴みかかる。そんなことをしたら、更に立場が悪くなるとも考えずに。

 大司教は、王宮に全てを押し付けて、自分は上手く逃げようとしているのだろう。その魂胆を隠そうともしていない。

 そんな欲まみれのルーウェンと大司教を無視して、アイリスはセシルを見た。


「セシルさん。どうなのかしら?」


 アイリスは、再び、セシルに問う。これは、絶好の機会なのだろう。彼らに一矢報いるための。皆がセシルに注目する中で、彼女は口を開いた。


「わ、私は‥‥‥」


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