第35話 彼女は再び、落ちてきた
『また、星を見に行きたいです。一年後に』
そう彼女に言われた時、アルベールはどこか期待していた。もしかしたら、彼女も自分と同じ気持ちになってくれる日がくるのでは、と。
アルベール達は、イヤリングの反応のある場所まで辿り着いた。
そこは、かつて山火事があり、鎮火のためにセシルとアルベールが尽力を尽くした場所であった。
「なぜこんな所に?」
「隣国へ逃げるつもりなのだろう。だから、国境付近のここに一時滞在してるんじゃないか?」
とは言っても、隣国は聖女の保護法を確立しており、この国よりも聖女の待遇はいいはずだ。
そんな隣国に聖女であるセシルと共に滞在を続けるのは危険すぎる為、もしかしたら彼らは、その先の国を目指しているのかもしれない。
治安がいい国ばかりではないので、国外に連れて行かれてしまえば、彼女は二度と戻って来ることが出来ないだろう。
「アルベール様、どうされたのですか!」
そこへ以前の鎮火作業に協力してくれた兵士が、アルベールに駆け寄ってきた。「何か事件があったのか」と、彼は不安げな顔をする。
「俺の妻がここ辺りに連れ去られたようなんだ」
「セシル様がですか?!」
「ああ。だが、場所の検討は付いているから安心しろ」
「それなら、よかったですが‥‥‥」
アルベールは本当は抱えている不安を押し込んで答えた。彼と話している時間すら惜しいが、彼の好意を無下にすることは出来ない。
すると、彼は後ろをチラリと覗いてアルベールを見上げた。
「お二人で行かれるのですか?」
「ああ。突然のことだったし、一刻を争う。人手が集められなかったんだ」
「あの、同じ隊の兵士達に呼びかけて来ます」
「いいのか?」
「はい。あの日、セシル様にはお世話になりました。この町にいる誰もがセシル様に感謝をしておりますので!」
きっと喜んで助けに加わるだろうと、彼は言った。
セシルは、雨を降らせて鎮火したことを大したことはしていないと思っている。それ故に、あの日の功績の褒美はいらないと何度も断られてきた。
だが、実際には、このように言ってくれる人がいるほどセシルは大きなことをしてくれたのだ。
これが彼女の残してきた結果だった。
やがて、アルベール達は、セシルがいるはずの場所まで辿り着いた。
そこは、既に使われておらず、寂れてしまっている教会だった。見張りとして、そこには数十人単位の人間がいた。その中には、教会の幹部として見たことのある人物もいた。
なるべく戦闘を避けるため、見張りのいない道を通った。
それでも、敵と遭遇してしまった場合は、ついて来てもらえた兵士に相手をお願いして、アルベールとデニスは前に進んだ。
「セシル様は、どこにいるんですかね」
アルベールは扉を一つずつ開きながら、デニスをチラリと見た。
「この建物の中にいるはずだ。しかし、思っていた以上に広いな」
「そうですね。時間もかかるし、何かいい方法はないか‥‥‥」
そこでデニスは、その辺にいた見張りの男を捕まえてセシルの居場所を聞き出した。
金で雇われていただけなのか、男はすぐにセシルの居場所を吐いた。しかし‥‥‥
『不思議な魔法によって、四階に続く道は全て閉ざされているようだぞ』
男が話した情報によると、セシルに続く道は全てふさがれているようだった。
「‥‥‥‥どうして、こうも教会の人間は意地の悪い奴が多いんでしょうかね」
しかし、これくらいで諦めるほど、アルベールもデニスも、やわい人間ではない。
「建物の中からは侵入出来ないようです。どうしますか?」
「簡単だ。外からなら大丈夫だろう。登るぞ」
「そうこなくっちゃ」
デニスはパチンと指を鳴らした。
二人は、来た道を戻って教会の外に出た。外から改めて建物を見上げると、蔦が絡まり壁は黒く燻くすんでいた。鬱屈うっくつとした雰囲気が漂っている。
ここは、元々は教会の本部として扱われていた。
しかし、献金が少なくなり、魔物の出現が多いこの地域を治めることが出来なくなった教会は、別の場所に本部を移したのだった。そのため、アルベールの治める領地の兵士や騎士達は平均的に強い。そうでなければ、生き残れない環境になってしまったからだ。
「さて、どこから登るとしましょうか。蔦があるので、案外簡単だと思いますが‥‥‥」
「そうだな」
アルベールが思考を巡らし始めた時、女性の声が僅かに聞こえた。セシルの声だ。
アルベールはデニスの方を見るが、彼は気づいていないようだった。
「デニス!少し、向こうに行かせてくれ!」
「アルベール様?!」
耐えられず、デニスの制止も張り切って、アルベールは駆け出した。
やがて、セシルの姿が建物の四階の窓に見えた。
彼女は、窓に足をかけて、半身を外に乗り出している状態だった。そして、彼女の先には別の男が手を伸ばしているのが見えた。
「セシル!!!」
アルベールは彼女の名前を呼ぶ。きっと、彼女を受け止めるために、これから何度でも、彼女の名前を呼ぶだろう。
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