第30話 王宮のパーティー④







 アルベールと共に王宮のパーティ会場へと戻ると、会場は混沌を極めていた。

 知能の低い獣の魔物しかいなかったが、確実に会場内にいる人に襲いかかっている。魔物から逃げ惑う人、恐ろしくて腰を抜かしてしまう人、勇敢にも立ち向かう人達が入り乱れていて、混沌としていた。

 怪我をしている人はいたが、幸い、死者は出ていないようだった。


「致命傷を負っている方はいないようなので、治療は後にします。今は、魔物を倒すことに注力を」

「サポートする」

「ありがとうございます。では、魔物を一つの場所に集めて頂けますか?」

「分かった」


 セシルは遠慮なく、アルベールに指示を出した。セシルはそのまま、目の前を彷徨っていた魔物に小さめの攻撃を仕掛けた。


 熊型の魔物は獲物を見定めていたようだが、標的をこちらに定めた。そのままセシルに向かって突進してくる。その足をアルベールが切りつけ、魔物がその場から動けないよう留めた。


「旦那様。集める場所は、会場の中央で!」

「くれぐれも無茶はするなよ!」

「旦那様も!」


 なるべく最小限の力で魔物を浄化したい。その為には、一か所に集めて聖魔法を発動させるのが効率がいいのだ。

 その意図を汲んでくれたアルベールは、セシルとは別方向にいた魔物に攻撃を仕掛ける。

 ちょうど若い女性が襲われていたところだったので、アルベールはすごく感謝されていた。


 一方のセシルも次々に魔物の意識をこちらに向けていく。

 その途中で、以前、伯爵家で侍女をしていた女の子が襲われていたので、間一髪のところで助けた。彼女はセシルに助けられたことに驚いて、「なんで助けたのよ?!」と呟いていたが、それに答える余裕はない。




 魔物の大部分を集めたところで、セシルは聖魔法を発動させる準備を始める。ここまでの数を一気に浄化する為、それなりに魔力は使う。


「聖女・セシルの名の元に命ず」


 両手を握り合わせて、聖魔法を発動させる。その瞬間、紫の色がパァッと辺りを照らした。


 その光に反応した魔物たちがセシルに襲いかかろうとする。そこをアルベールが剣で食い止めた。

 振り返った彼は無言で頷く。セシルはそれを受けて、聖魔法の発動を続ける。


「邪を破り、魔物を浄化せよ!」


 ガラスが割れるような音と共に、集められた魔物達が砕け散っていく。やがて、それは光となって空気に溶けていった。


 最後の仕上げは、怪我をした人の治療だ。


「聖女・セシルの名の元に命ず。傷つき、病める者に慈悲と癒しを与えよ」


 黒と紫の光の粒がふわりと降り注ぐ。その光に触れると、傷が治るようになっている。


 大規模な聖魔法を使ったので、流石に消耗が激しい。これ以上は魔物が出ないで欲しい、とセシルは思う。


(そもそも、なんで王宮の中に魔物が入ってきたんだろう?)


 そんな中で、アルベールはセシルの元に歩み寄り、腕を掴んだ。


「逃げるぞ。嫌な予感がするんだ」

「え?」


 セシルが聞き返すと、パチパチパチと一つの拍手が聞こえてきた。その音の主を見ると、それは第一王子のルーウェンだった。


「素晴らしいな。さすが聖女殿だ」

「‥‥‥‥」


 セシルは静かに彼を睨みつける。魔物が出現した時、彼はいち早くこの場から逃げていた。

 本来なら、混乱時に統制するための立場にも関わらず、彼は自分の安全だけを優先したのだ。


「なあ、皆もそう思うだろう? 彼女は素晴らしい聖女だと」


 その問いかけに皆が「確かに」と頷き始めた。今までは、セシルに厳しい目しか向けなかった者たちが、セシルの力を認めているのだ。それは、本来なら喜ばしいことではあるのだが‥‥‥

 嫌な予感がすると、アルベールがそう言っていた理由が段々と分かってきた。


「さて。素晴らしい聖女殿に提案だ。今回の騒動を止めてくれた功績として、君の追放を撤回したい」


 その言葉に「おおっ」とどよめいた。ほとんどの人がその提案を好意的に受け止めているようだ。


(冗談じゃない)


 セシルがそう思っても、周りは違う。


「だから、王宮に戻って来い。セシル」


 ルーウェンは自信満々に、手を差し出す。その手を取ることを皆が期待しているようだった。


 もし、ここで断ったらどうなるだろうかと、セシルは考えた。ルーウェンとセシルが二人で話していた先程の状況と今は明らかに違う。


 皆が注目しているこの場で断れば、きっと第一王子に恥をかかせることになるだろう。

 そして、それは王族への不敬に当たる可能性もあるのだ。アルベールへ迷惑をかけることになる。


 セシルが悩んでいるところで、アルベールがセシルを庇うようにして前に出てきた。


「待って下さい。妻は混乱しています。この場で返答を求めるのは酷では?」

「黙れ。伯爵風情が」


 ルーウェンは周りが賛同している空気に、強気になっていた。アルベールを黙らせることに成功すると、彼は顔を緩めた。


「まあ、しかし。貴様の言うことも一理ある。このように皆の前では返答しづらいだろうから、別室で話を聞きたいと思う」

「‥‥‥」

「それに、君から脅されているから返答できないことも考えられる」


 セシルはルーウェンを睨みつけた。そんなことあり得ないのに。アルベールは、誰よりも優しいのに、と。


「別室で話を聞くだけだ。何も問題はないだろう?」

「しかし」


 それでも尚、食い下がろうとするアルベールの袖をセシルは引き、首を横に振った。これ以上は、周りの心象を悪くするだけだろう。


「殿下、行かせて頂きます」

「よし」

「しかし、話が終わればすぐにアルベール様の元に戻して下さい」

「分かった。お前をしっかりと帰すことを約束する」


 ルーウェンは、セシルの言葉にすんなりと頷いた。こちらが拍子抜けしてしまうほどに。とにかく、言質は取れた。危険はないと見ていいだろう。


「さて、彼女は預かる。個室を用意させるから、貴様はそこで待ってろ」

「‥‥‥承知致しました」


 アルベールは納得していないようだったが、一旦引き下がった。セシルとアルベールは一瞬だけ目を合わせて、言葉を交わさない。


 そのままセシルは、ルーウェンに連れられて会場外へ出て行った。






⭐︎⭐︎⭐︎






 セシルが連れてこられたのは、王宮にある応接間の一つだった。部屋の中にはローテーブルとソファ。それに、天使の描かれている絵画などが置かれていた。


 ルーウェンはセシルをその部屋に入れると、別の用があるそうで、その場から去ってしまった。


 連れて来られたのはこちらなのに、彼を待たなければいけないらしい。


(早く、アルベール様のもとに戻りたい)


 そんな風に考えてしまうのは、アルベールへの自分の気持ちを自覚したからなのか。


「‥‥‥っ、!」


 突然、後ろから布で口を塞がれた。ふわりと甘い匂いが口や鼻の中に入ってくる。


(これは、まずいかも‥‥‥)


 そう思った時には、セシルは足から崩れ落ちていた。

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