第29話 王宮のパーティー③
「あの、旦那様」
セシルが名前を呼ぶが、彼はこちらを見ようともしない。黙ってセシルの手を引きながら、王宮の外へ出た。
「あの‥‥!」
「なんだ?」
アルベールは立ち止まるが、やはりセシルの方を振り返ろうとしない。今日は本当に目が合わない、とセシルは少し泣きそうになった。
「アイリス様は、どうされたのですか?」
何を言おうかと少し迷って、ようやく出た質問がそれだった。もっと違うことを言いたいのに、言葉がうまく出てこない。
「話が終わったから、問題ない」
「そうですか‥‥」
アルベールは素っ気なく答え、再び沈黙が訪れた。
(怒ってるのかな?)
ルーウェンに話しかけられたことだろうか。もしかしたら、そのせいでアイリスとの会話を中断することになってしまったのかもしれない。
そうでなければ、なぜ彼が目すら合わさずにいるのか分からないのだ。
辺りには、二人以外誰もおらず、近くにある噴水の音だけが響く。
旦那様、と。
もう一度だけ、彼を呼ぶ。
「‥‥‥‥すまない」
彼はやっとセシルに顔を見せた。その時見せた彼の表情にセシルは、驚いた。
それは、まるで不安で仕方のない子供のような‥‥‥
彼は顔を隠したいというように、セシルの肩に額を乗せた。
「君がルーウェン殿下に話しかけられているのを見た時、心臓が止まるかと思った」
「‥‥‥‥‥」
「やはり、君を置いて行くべきではなかった」
絞り出すような声は、少し震えている。先ほどまで感じていた焦がれるような嫉妬心がどうでもよくなってきて、セシルは彼の頭を撫でた。
アルベールは頭を上げ、そのセシルの手をそっと取った。そして、絡ませた手の甲に無造作にキスをする。
ドキンと、心臓が跳ねる音がした。
「なんで、そんなに綺麗なんだ?」
「私がですか?」
「そうだよ。俺が君を直視出来なくなるくらい」
さっきのルーウェンとの会話で、見た目のことを言及された。しかし、その時とは全然違う。アルベールに言われると「嬉しい」と感じる自分がいる。
嬉しくて、嬉しくて、胸が苦しいほどに。
「あの、旦那様」
「なんだ?」
「前に『褒美をやりたい』って言ってたの、覚えてますか?」
「ああ」
それは、火事を止めて屋敷に帰ってきた時に言われた言葉だった。それからも、何度かアルベールから「褒美は何にしたいか決まったか」と問われていた。
いつも色々なものを貰っているので、「いらない」と返していたのだが。
「欲しいものというか。したいことがあって‥‥‥」
「なんでもいい。言ってみろ」
「また、一緒に星を見に行きたいです。‥‥‥一年後に」
アルベールは虚を突かれたように、目を見開いた。
星空を背景に話すアルベールとアイリスを見て、セシルは嫉妬した。
だから、アルベールの隣に相応しい女性になって、もう一度、あの美しい星を見に行きたいと思ったのだ。
また、この言葉は、”一年後も契約結婚を続けていたい”という意思表明だ。少しでも長く、彼の隣に居させて欲しいという、セシルの我儘だった。
「分かった。一年後に見に行こう」
「はい」
二人で笑顔を見せ合う。こんな時間が永遠に続けばいいのに。セシルはそう感じた。
『意識してますね』
『お前、あの男に恋情でも抱いているのか?』
セシルはレインとルーウェンの言葉を思い出す。そっか、とセシルは心の中でストンと理解した。
その人と一緒にいると安心するのに、落ち着かなくて。他の誰かに取られたくないと思ってしまって。笑顔を見せてくれれば、嬉しいと思う。
(そっか。この感情が‥‥‥)
その時だった。
「キャーーーーーーーーーーー!!」
耳を貫くような叫び声が王宮内から聞こえてきた。その声を皮切りに、怒号や泣き叫ぶような声が響く。
セシルは急いでパーティ会場あたりの魔力を辿った。会場の中に魔物の魔力を検知した。
しかも、一つではない。複数はある。
「旦那様、魔物の気配が‥‥!」
セシルが振り返ると、アルベールは眉を顰めた。
「魔物が何故、王宮内に?」
「分かりません。とにかく、助けに行かないと!」
走り出そうとするセシルの腕をアルベールが掴む。
「俺が行くから、君は逃げてくれ。嫌な予感がする」
「でも、今の王宮には聖女がいません。私が行かないと‥‥‥」
「言っただろう。無理するな、と。俺は魔物の扱いに慣れているし大丈夫だよ」
彼は諭すように、そう言う。しかし、それはあまりにも一方的な要求だった。彼は、確かに「無理をするな」と言った。しかし、セシルも「もっと頼って欲しい」と伝えたのだ。
それでも、彼は「逃げろ」と言うだろうから‥‥‥
セシルはアルベールの襟首を持って引っ張った。そして、「言い方を変えます」と言った。
「私が、あなたと一緒にいたいんです」
セシルは、かつてアルベールに言われた言葉を用いた。アルベールは目を見開く。そして、ふはっと吹き出した。
「なんだ、それは」
我慢できないというように、彼は声を出して笑い始めた。あまりに笑いが止まらないから、セシルは段々と自分の言葉が恥ずかしくなってきた。
「笑わないでください! 私は真剣に言ってるんです!」
「いや、すごい殺し文句だと思ってな‥‥‥」
彼の目尻には涙が溜まっている。本当に、笑いすぎだとセシルはむくれた。そんなセシルの頭をポンポンと撫でて、手を出した。
「じゃあ、一緒に行くか」
「行って、魔物を倒してやりますよ」
「了解」
二人は手を取り合い、王宮へと戻って行った。
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