第28話 王宮のパーティー②




「元気だったかしら?アルベール」

「ああ。君も元気だったか?」


 アルベールとその女性は、親しげに話している。美男美女である二人が並ぶ姿は、誰もが息を呑むほど絵になっている。


 セシルはこれまで体験したことのない感情に、胸にジクジクとした痛みを感じた。


 セシルが二人の間に割って話すことも出来ずにいると、その黒髪の女性ー‥‥‥アイリスはセシルの方を向いた。


「彼女が、例の契約相手?」


 その話し方はレインほどクールではなく、リリエットほど気さくでもない。しかし、惹きつけられるような不思議な魅力の雰囲気を持っていた。


「そうだ。彼女が妻のセシルだ。‥‥‥セシル、彼女はアイリス。今回の協力者だ」

「そ、そうなんですね」


 アルベールが振り返ってセシルに話しかける。ぼやっとしていたセシルは慌てて頭を下げた。


「はじめまして。セシルです」

「はじめまして」


 彼女は大きな瞳でセシルをジッと見つめる。瞬きするたびに、彼女の長い睫毛がパサパサと音を立てるようだった。


 彼女はそのままセシルの元まで歩み寄り、そして至近距離で淡々と告げた。


「単刀直入に言うわね。あなた、アルベールから手を引きなさい」

「え?」


 あまりに直接的な言葉にセシルはしばらく声を出せなかった。これまで、「相応しくない」「迷惑をかけている」等の言葉をかけられたことはある。もちろん、その言葉の裏には結婚をやめて欲しいという欲があるのだろう。

 しかし、今まで、それを直接言った人はいなかった。皆、本当の欲望は隠すものだ。


「やめろ、アイリス。セシルが困惑しているだろう」

「前から言っていることでしょう? 私の方があなたに提示できるメリットは多いって」

「それは‥‥‥」

「何より、私は誰よりも美しいし」

「自分で言うな」


 自賛の言葉に、少し驚いた。しかし、その言葉さえも様になるほど、彼女は美しかった。実際、その仕草や表情に、チラチラとこちらの様子を窺っていた者達は「ほお‥‥」とため息をついた。


 アルベールは片手で頭を抱え、苦言を呈する。しかし、その表情は柔らかく、気を許しているからこその言葉だと分かる。


「まあ、それはいいとして。とりあえず、あなたと二人で話したいのだけれどいいかしら?」

「この流れで、”いい”と言う訳がないだろう」


 アルベールはため息をつく。が、彼女は自信ありげに口角を上げた。断られると思っていないようだった。


「この私の命令が聞けないってこと?」

「‥‥‥‥‥‥‥‥五分だけだ」


 その言葉に、セシルはガツンと頭が殴られたような感覚を覚えた。

 アルベールは自分の元にいてくれると、そう過信していた。


「セシル。すまないが、少しここで待っていてもらってもいいか?すぐに戻るから」

「はい。じゃあ、ここで待ってますね」


 セシルは無理やり笑顔を見せると、二人は奥のバルコニーへと去って行った。





⭐︎⭐︎⭐︎





 セシルがそっとバルコニーを振り返ると、そこにはアイリスとアルベールが並んで話していた。

 空には満点の星空が広がっていて、二人がそこに並ぶと、ロマンチックな小説のワンシーンのようだった。


 アイリスが何かを言うと、アルベールは眉根を寄せて言葉を放つ。しかし、時節、気を許したような笑みを浮かべるのだ。セシルには、向けられたことのない笑顔だった。


(私、勘違いしてたのかな‥‥‥)


 アルベールは、絶対に自分を優先してくれる、と。意識の奥底で、勝手にそう思っていた。だから、彼がセシルを置いて彼女と話に行った時にショックを覚えたのだ。


(所詮、契約結婚の相手なだけなのに。恥ずかしい)


 アイリスがアルベールの肩に触れる。それを見た瞬間、ジクジクとした痛みが胸の中に広がる。

 こんな感情を抱いていい立ち位置にいる訳ではないのに。


 焦がれるほどの嫉妬心を覚えている自分がいるー‥‥


 その痛みに気を取られて、セシルは後ろから迫る影に気付かなかった。セシルが二人の後ろ姿を眺めていると、無造作に肩を掴まれたのだ。


「おい」

「?!」


 セシルは思わず、その手を振り払った。すると、その手の主はハッと笑った。


「相変わらず、無礼な女だな」

「‥‥‥‥ルーウェン王子殿下」


 セシルは這うような低い声で、その者の名前を呼んだ。この国の第一王子である、ルーウェン。

 彼は、セシルを教会から保護した人物でありながら、過重労働に加えて法外な研究に加担させようとしてきた張本人。そして、最後は「エレンのため」という大義名分の元に、追放を言い渡し、セシルをバルコニーから突き落とした。


 ここで話しても、ろくなことにならないだろう。彼と話すことはないと、セシルはその場から去ろうとするが。


「おい、待て。恩人を無視するのか?」

「‥‥‥‥‥」


 ルーウェンは、セシルの腕を再び強く掴んだ。今度は振り払えないほどの力だった。


(恩人なんて、よく言う。散々なことをしておいて)


「手を離してください」

「王宮に戻って来い」


 唐突すぎる言葉に、セシルは口を閉ざす。それに気分を良くしたルーウェンは、ペラペラと話し始めた。


「今、王宮は聖女不足で困っている。追放は無かったことにしてやるから、戻って来い」

「‥‥‥エレンは」

「エレンは現在も捜索している。かわいそうに。お前が抜けた穴を埋めようと必死に働いた結果がこれだ。見つけたら、聖女の仕事など二度とやらさずに、彼女を正妃として迎え入れようと思っている」

「‥‥‥」


 あまりのことに、セシルは呆れてものも言えない。その様子に何を勘違いしたのか、彼は「ああ」と頷いた。


「どうしてもと言うなら、お前を側妃としてなら娶ってやってもいいんだぞ」

「は?」

「お前は、ここ数ヶ月で大分身なりが整ったな。そこらで噂してる奴がいるぞ」


 その言葉に、セシルは寒気を覚えた。


 セシルは、彼の手を跳ね除ける。そして、邪心がある者がセシルの体を触らないように聖魔法をかけた。


「私は、アルベール様の妻です。あなたの仰ることは受け入れられません」


 セシルの抵抗に、しばらく呆然としていたルーウェンだったが、すぐに口元を歪めて笑った。


「はは。もしかして、あの男に恋情でも抱いているのか? 阿呆だな。お前なんか、聖魔法が出来て便利だから娶られたんだろう?」

「‥‥‥‥」

「その証拠に、あいつは他の女と仲良さげに話していただろう。その様子を寂しげに眺めていたよな」


 セシルは言葉に詰まる。図星を突かれて、頭が真っ白になった。


「お前には、聖魔法以外、価値がないんだ。なのに、愛されたいと思うなんて、阿呆以外の何物でもないな」

「‥‥‥‥」

「だから、意固地にならずに、戻って来い。今なら待遇をよくするぞ」


 それでも口を開かないセシルを、ルーウェンは鼻で笑った。


「そもそも、全てお前のせいなのに。ここまで譲歩してるんだぞ」


 侮蔑と、甘言。教会でよく使われていた手だ。だから、惑わされない。惑わされるわけがないのに‥‥‥


「セシル!!」


 アルベールの声がしたかと思うと、直後には彼はセシルの肩を引いていた。そして、ルーウェンとの距離を取らせる。


「ウィンスレット伯爵か。俺と彼女が話しているんだ。邪魔をしないでくれ」

「お言葉ですが。彼女は、私の妻ですので」

「先ほどまで他の女と楽しそうに話していたのにか?よく言う」


 アルベールは口端を上げて、ルーウェンを見下ろした。


「よく言う?それはこっちのセリフでしょう」


 アルベールの勢いに、ルーウェンはわずかに後ろに下がった。


「彼女を散々扱き下ろして、今更戻って来いなどと虫のいい話があるはずがない」

「貴様は、王族を敵に回すつもりか?」

「それを言うなら、ウィンスレット家を敵に回すつもりでしょうか? 我が家は、隣国との仲を取り持ち、国境を守っているのですよ」


 その言葉は、「いつ隣国が攻め入っても知りませんよ」という、ギリギリの宣戦布告だ。大国で軍事力のある隣国は、この国にとって最重要な外交的な存在だった。

 しばらく二人は睨み合っていたが、ルーウェンは静かに舌打ちをして目を逸らした。


「その言葉、後悔するなよ」

「後悔などしません。我が妻を守れるなら」


 今度こそ、ルーウェンは聞こえるように舌打ちをした。


 アルベールは便宜上、別れの挨拶を言い残して、セシルの手を引いて会場外へと向かった。


「あの、旦那様」


 セシルが名前を呼ぶが、彼はこちらを見ようともしない。セシルは少し泣きそうになりながら、彼の背中を追った。


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