第21話 レインとガールズトーク
王宮から聖女・エレンが失踪したという噂は、瞬く間に広がった。
最初は情報統制をしようとしていた王宮も、あまりに早い噂の広がり方を諦め、エレンの情報を市民に求め始めた。
有益な情報を渡した者に対しては、褒賞もあるらしく、かなり必死に探していることが見て取れる。
王宮はこれで完全に聖女を失ってしまったのだから、当たり前だろう。なにより、エレンは王子のお気に入りだった。彼は今頃、血眼になって探しているに違いない。
しかし、王宮としては見つかるかどうか分からない聖女を探すだけでは意味もなくー‥‥
「‥‥‥‥」
セシルは、机の上に置いてある二つの手紙を手にした。
一つは、セシルに王宮へ戻ってきて欲しいという旨が書かれている手紙だった。随分長々と書かれた手紙だったが、謝罪の言葉は一切ない。挙げ句の果てに、「嫌がらせの件は不問にしてやる」とも書かれていた。
アルベールは無視していいと言ってくれたが、もう一つの手紙は決して無視できるものではなかった。
それは、王宮主催パーティーの招待状。王家の
そのパーティが開催されるのは一ヶ月後だった。
「セシル様、少し気分転換に外に行かれてはいかがですか?」
「そうだね‥‥」
部屋に入ってきたレインが声をかけてくれるも、あまり気乗りしない。レインはチラリとセシルの持っている手紙を見た。
「やはり、王宮へ行くことが不安ですか?」
「うん、不安かも」
セシルが眉を下げて言うと、レインはセシルの手をそっと握った。
「ご安心を、セシル様。私が命に変えてでも、あなたを守りますから」
レインの声には熱がこもっていて、真剣であることが伝わってくる。セシルは、それを聞いて少し笑ってしまった。
「レインだと、冗談じゃ済まないからなあ」
「何を。本気に決まってるでしょう?」
「だめだよ。レインには幸せになって欲しいし、命なんて賭けないで」
仕事を頑張っているレインも好きだけど、結婚して家庭を守っているレインも見てみたい。そう思ったセシルは、「そういえば」とレインに話を振る。
「レインは、好きな人はいないの?」
「え?!」
何気なく振った話だったのが、レインは目を丸くして、少し顔を赤くした。そして、指先で後ろに結んだ髪を触り始める。
意外な反応に、セシルは目を丸くする。
「いや、その。好きな人というか‥‥ちょっと気軽に話すだけで、そんな関係ではないというか‥‥」
(こ、これは‥‥‥)
レインにも春がきているというやつではないだろうか。セシルは一気に目を輝かせて、レインにグイグイっと迫った。
「レインさん。何かあったんですね?」
「セシル様に言うようなことは何も‥‥」
「言っちゃった方が楽だよ」
「そんなことは‥‥」
彼女の反応は言いたくないというより、言ってしまってもいいのかという迷いが見えた。
「私が聞きたいから、話して欲しい! お願い、レイン」
「う‥‥‥‥実はなんですけど」
レインは侍女服のポケットから、アクセサリーのようなものを取り出した。レインの瞳と同じ瑠璃色の宝石がついている白と黒のリボンだった。
「これを、デニスさんから頂いて‥‥」
「ええ?!」
今度はセシルが声を上げた。これまで、そんな素ぶりが一切なかったからだ。
「もしかして、もう付き合ってるとか?」
「そんなことは‥‥‥!」
レインはブンブンと首を横に振る。クールな彼女にしては、珍しい反応だ。
しかし、交際も婚約もしていないのにアクセサリーを贈るとは、なかなかの積極性だ。いつも飄々としている彼にしては珍しい。
「それは、髪飾りなの?」
「はい。街に出た時に見つけて、私に似合うと思って下さったらしく‥‥」
そもそもこんな可愛らしいの似合わないのに‥‥‥と顔を赤らめるレイン。
「それ、付けてみようよ」
「でも‥‥‥」
いいから、とセシルはレインを座らせて髪飾りを受け取った。ポニーフック形だったので、髪にそれを刺すだけだった。
艶やかな黒髪と瑠璃色の鮮やかさがよく似合っている。恥じ入るレインがとても可愛らしい。
「似合ってるよ、レイン」
「そうですか‥‥?」
と、その時。扉からノックと共にデニスの声が聞こえてきた。ベストなタイミングにセシルは「どうぞ」と返す。
「あれ、レインさんもいるんですか? えっと、アルベール様がセシル様を呼んでいて‥‥‥‥」
そこで髪飾りに気づいたデニスは、言葉を失いレインをガン見。レインはセシルの後ろに隠れていたが‥‥‥
「アルベール様のところ、行ってくるね!!」
セシルは気を利かせて、レインから離れる。そして、部屋の外へと出た。
「セシル様?!」
後ろから悲痛なレインの声が聞こえてきたが、セシルは構わずに部屋を出て行く。
大好きな二人がうまくいけばいいな、と願いつつ。
⭐︎⭐︎⭐︎
アルベールの自室までたどり着き、扉をノックした。最近では、アルベールの自室でお茶をするなどお邪魔することも多く、この場所に行くのは結構慣れてきている。
「失礼します」
「入ってくれ」
アルベールは書類を持っており仕事中だったようだが、セシルが入ってくるとすぐに顔を上げた。
「ご機嫌そうだな?」
「分かりますか?」
セシルが首を傾げると、アルベールはセシルの元までやって来た。
「ああ。君は案外わかりやすい」
そうですかね、というセシルの問いに、笑いを堪えながらアルベールは答えた。
「何かいいことでもあったのか?」
「レインとデニスがいい感じで‥‥」
セシルが言うと、アルベールは「ああ、髪飾りのことか?」と頷いた。
「デニスはずっとレインが好きなのに気づいてもらえてなかったからな」
「レインはすぐに気づきそうなんですけどね」
「あいつは、自分のことになると疎いんだ」
「なるほど」
自分に向けられる好意には気づかないとは、いつも人のことばかりなレインらしい。
「それはそうと、どうしたんですか?」
「気分転換にどこかに一緒に行こうかと思ったんだが、どうする?」
セシルの気分転換のことだろう。しかし、レインの思わぬ恋話で、元気になっていたので要らないと判断したのか、彼は微妙に言葉を濁す。
「行きたいです」
「いや、職務の延長のような場所で、楽しいところには連れて行ってやれないんだが」
「それでも、最近外に出てなかったので、旦那様と一緒に行きたいです」
「そうか」
領地内の視察かな、とセシルは思っていたのだが。彼が選んだ場所は、セシルにとって思いもしなかった場所だった。
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