第20話 満天の星空
「ほら、着いたぞ」
「わぁ‥‥‥!」
セシルは差し出されたアルベールの手を握って、馬車から降りた。そして、外に出た瞬間目の前に広がる満天の星空に目を奪われる。
思わず子どもっぽい声を上げてしまったと、口を押さえると、後ろからクスクスと笑い声が聞こえてきた。
「なんですか?」
「いや。嬉しそうで何よりだ」
セシルは、その反応に口を尖らせる。
今、二人は星空が美しく見えるとして有名な里に来ている。アルベールが治療してくれたセシルへのお礼として連れてきたのだ。
日帰りなので、あまり長居はしない。しかし、美しい光景に、セシルは癒される気持ちがした。
夜空に煌く、彩り豊かな星々。それらを見上げて、セシルは笑みをこぼす。
「綺麗ですね」
「‥‥‥‥そうだな」
しかし、二人の目的はこれだけではなかった。セシルは夜空から目を離してアルベールを見た。
「それで、旦那様の話を聞かせてもらえるんですよね?」
「俺の話というのは?」
「そうですね。前は、旦那様がなぜ私と契約しようと思ったのかとか。なぜこんなに良くしてくれるのかとか。聞きたかったんですけど」
最初は不可解に思っていたが、この間の会話で、アルベールがセシルのことをどう思っているのかがよく分かった。
セシルの不遇な境遇が、彼の内なる庇護欲を引き出したのだろう。元々面倒見はいいみたいだし、不遇なセシルのことも庇護しなければならないと思っているのだろう。セシルはそう結論づけていた。
「その理由はなんとなく分かってきたので、大丈夫です」
「そうか。それなら、よかった」
二人は相互の認識の違いを知らず、ニコニコと笑い合う。
「なので、旦那様の昔の話を知りたいです」
「‥‥‥あまり、面白い話ではないが」
アルベールは、昔の話と言うと、歯切れ悪くなった。
しかし、わざわざ地方まで足を伸ばしたのは、これが理由でもある。セシルが以前に「旦那様のことを教えて欲しい」と聞いた時には、屋敷では誰が聞いているか分からないからという理由で断られてしまった。
だから、人がおらず、屋敷から離れた場所で聞きたかったのだ。
「嫌なら、無理にとは言いませんが」
「嫌ではないが、本当に面白くない話だ。君を不快にするかも」
「旦那様の話で不快になることなんてありませんよ」
セシルは、めいいっぱいの気持ちをアルベールに伝える。今までの辛辣な態度を考えると、セシルは十分に素直になれている方だろう。‥‥‥もしも、彼の目を見て言えてたならば。
目をそらし、耳を微かに赤くしているセシルを見て、アルベールはニヤリと笑い、後ろから顔を覗き込んだ。
「それ、俺の目を見て言わないのか?」
「い、言いませんっ」
セシルが「やってしまった」と思うも、後悔先に立たず。アルベールは、セシルをからかう態勢に入ってしまった。
「やっぱり、俺の話で不快になるんだな。話せそうにない‥‥‥」
「嘘、」
「疑われて、すごく悲しいな」
セシルがチラリと彼を振り返ると、彼は本当に悲しそうな顔をしていた。捨てられた子犬を彷彿とさせる、珍しいその表情にセシルは驚く。
本当に傷ついているのかも。いやでも、しかし‥‥‥と考え、悩み、セシルは「ああ、もう!」と声を出す。そして、アルベールの目を真っ直ぐに見た。
「旦那様の話は、なんでも嬉しいですよっ!」
「よし。話そう」
悲しそうな表情から一転、アルベールはその言葉を聞いて、すぐに態度を変えた。
(やっぱり、演技だったんじゃない!)
セシルは悔しさに声にならない声を出すが、アルベールはどこ吹く風だ。一方のアルベールはと言うと、嬉しそうに「はは」と笑った。
「笑ってないで、さっさと話して下さいよ」
「ああ、そうだな‥‥‥まずは、俺の出自でも話そうか」
アルベールは、少し目を閉じてから、穏やかな表情でセシルを見た。
「俺は、妾の子供だったんだ。だから、本当はあの家を継ぐはずじゃなかった」
彼は元々実母と二人暮らしだった。しかし、8歳の時に母を亡くし、ウィンスレット家に連れて来られた。そこには三人の兄と義母がいて、かなり意地悪なこともされたと言う。あまり詳細は話そうとしなかったが、その時の記憶が辛かったであろうことは、表情が如実に語っていた。
その環境が変わったのは、数年後、ウィンスレット家の長男が死んでからだった。後継として育てられた長男は優秀だったが、次男三男はその限りではなかった。
誰がウィンスレット家の後継者になるか、誰につけば利益になるのか、大人達が思惑を巡らす。その中に、アルベールに目を付けた者がいた。
アルベールは残った兄二人よりも遥かに優秀だった。それ故に、次期当主候補へと祭り上げられてしまったのだ。
結果として、アルベールは暗殺されかけたりするなど、苛烈な後継者争いに巻き込まれ、その末に当主の座についた。現在、兄達はこの領地にはおらず別の領地の貴族へ婿入りを果たしている。義母は、領地の端で静かに暮らしているそうだ。
アルベールは、誰もが利己を求める人間関係と、領主としての仕事に疲れていたと言う。信頼できるのは、当主争いに巻き込まれる前に幼いアルベールが拾った、レインとデニスくらい。
二人がいなかったら、当主の重圧に耐えきれなかったのだろう。
とにかく疲れていた、と彼は語る。
「そんな時に、君を見つけたんだ」
「え?」
「王宮で、不遇な境遇を嘆かずに、人のために働く君を見て、俺は沢山の元気をもらった。俺は‥‥‥勝手に君を同志のように思っていたんだ」
セシルが五人相手に平手打ち返ししたことも見かけたことがある、と。
セシルは、そんなことまで知られていたのかとパッと俯いた。ふっと顔を緩めたアルベールは、そんなセシルの頭をポンポンと撫でた。
「さっき、君は”何故、契約をしたのか分かってきた”と言ったな」
「はい」
「簡単な話だ。君を元々知っていたから、助けたかった。幸せになって欲しかった」
「‥‥‥‥‥」
ざざっと風がセシルの髪を揺らす。そのせいで、セシルはその時アルベールがどんな表情をしていたのか見えなかった。
「‥‥‥なら、何故その話を最初にしてくださらなかったのですか?」
「知らない男が “前から知っていた”なんて怖いだろう?」
「それも、そうですけど‥‥‥」
セシルは口を尖らせた。そんなこと言われたって、納得いかないのだ。
「さて、そろそろ時間だ」
「もうですか?」
「また、機会があれば聞かせてやるから」
そう言いつつ、アルベールはセシルに手を差し伸べた。
「ほら、行くぞ」
セシルが彼の手を取る同時に、強く引かれる。
彼の手は、やはり少し冷たい。それを心地いいと感じると同時に、緊張している自分に気づいた。そして、心臓が早鐘を打っていることにも。
(困ったなあ)
どうしてこんな気持ちになるのか。セシルはまだ、知らない。
「アルベール様っと!」
「きゃっ」
突然、上からデニスが降ってきた。彼が神出鬼没なのはいつものことなのだが、アルベールと手を繋いでいた気恥ずかしさから、セシルは声を上げてしまった。慌ててアルベールの手を放す。
「なんだ、デニス」
「いやあ、デート中に失礼します」
「失礼だと思うなら、やめろ」
はーい、と答える彼に悪びれる様子はない。しかし、いつもの調子に見える彼の頬には汗が伝っていて焦っていることがわかる。
ただならぬ雰囲気を感じたのか、アルベールも「どうしたのか」と尋ねる。
すると、デニスはスッと真面目な表情になり、膝をついた。
「緊急事態です、お二方とも。聖女・エレンが失踪しました」
「?!」
「王宮はセシル様を取り戻そうとするでしょう」
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大変申し訳ないのですが、明日は更新をお休みさせて頂きます。
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