第22話 アルベールの視察先





 アルベールの視察先は、セシルが思ってもみなかった場所だった。


 真っ白で清らかな建物に、子供達の笑い声。そこは、ウィンスレット家が支援している孤児院だった。


「ここは、先代から支援をしているんだがな。不正がないか、支援金がしっかりと使われているか、定期的に確認をしているんだ」


 アルベールは、馬車から降りようとするセシルに手を伸ばしながら説明する。彼のもう片方の手には大きい袋がある。


「そうなんですね。でも、なぜ私とここに?」

「君は、子供は好きか?」


 セシルは眉根を寄せつつ、その質問の意図を図ろうとする。きっと、孤児院では子供と触れ合う機会があるはずだ。そこの場面での有用性を問うているのだろう。


 セシルは、教会に来ていた子供達を思い出す。彼らの笑顔や純粋さは可愛らしく、眩しかったがー‥‥


「好きですけど、得意ではないです」


 子供達はセシルの見た目を見ると、必ずと言っていいほど、怯えてしまっていた。それに残念ながら王宮では、子供と触れ合う機会がなかったので、数年ぶりに子供と話すことになる。得意とは言えないだろう。


「そうか。ちなみに、俺も不得意だ」


 嫌いではないんだがな、と彼は付け足し、ふわりと笑みを見せた。


「だから、君がいてくれてよかった」

「いや、何も解決してないでしょう! それなら、デニスさんでも連れて行けばよかったんじゃないですか?」


 何もよくない。不得意と不得意の二人が集まっても状況改善が一つもなされていない。

 デニスならば、子供の相手は難なくこなすだろう。妹弟がいると言っていたし、優しいから、子供受けも良さそうだ。


「まあ、いつもはそうしてるんだがな。今の時期は、彼にとって大事だろう?」

「‥‥‥」


 アルベールの言わんとしていることが分かってセシルは黙り込む。

 デニスとレインはあれから何気なくいい雰囲気になっていた。ここでデニスの直属の主人であるアルベールとレインがいつも世話をしているセシルが同時にいなければ、二人は距離を詰めるチャンスだろう。

 こう考えると、やはりデニスは連れてくるべきではないのだろう。


「まあ、最大限お手伝いは致しますが、あまり期待はしないで下さいね」

「分かってる」


 アルベールはセシルの頭をポンポンと撫でた。







⭐︎⭐︎⭐︎






「ようこそ、おいでくださいました。伯爵様、奥様」

「久しいな。元気にしていたか?」

「ええ。お陰様で、私も子供達も元気に過ごしております」


 出迎えてくれたのは、ニコニコと人の良い笑みを浮かべる孤児院の院長だった。話し方も穏やかで、好々爺こうこうやといった印象だ。


 アルベールは手に持っていた袋を差し出す。


「これは、子供達への差し入れだ」

「あはは、これはお気遣いいただきありがとうございます」


 中には市街で子供達に人気のおもちゃが入っている。なんと一人に一つずつ全員分だ。あとから渡してもらえればと思っていたのだが。


「せっかくですから、お二人が直接お渡し頂けますか?その方が子供達も喜びますよ」

「‥‥‥分かった」


 アルベールは頷き、院長の案内について行く。セシルは少し前を行くアルベールの袖を引いた。


「大丈夫ですか?」

「ああ。どちらにしろ、子供達と接触はしないといけない。子供達の健康状態を目認して孤児院として機能しているかを判断しなければならない」


 二人でこそこそと会話をする。


「それに、何かクッションがあった方が話しやすい」

「なるほど」


 そんなことを話している内に、目的の場所に到達したようだ。こちらです、と院長は目の前にある扉を開いた。


「院長先生だ!」

「先生!ジャックがリオンを泣かした!」

「だってリオンが泣き虫なんだもん」

「あんたが泣かせるからでしょ!」

「ねー!お腹すいたよ!!」

「院長、遊ぼー」


 ワイワイと皆、好き勝手に話していくので、最早何を言っているか聞き取りきれない。

 誰が喧嘩してて、お腹空いてて、遊びたくて?とセシルは目を回す。その前で院長先生は、パンパンと手を叩いた。

 それだけで、子ども達はすぐに静かになった。


「みんな、分かったよ。ジャックとリオンの話は後で聞くし、ご飯はもう少ししたら出来る。遊ぶのは今度にしよう」


 その言葉に、皆一様に頷いた。先程までは別々のことを主張していたのに、今はまとまりを持った行動をしている姿に感銘を受ける。


「今日はここを支援してくださっているアルベール様がお見えだ。みんな、挨拶をして」


 こんにちは、と元気な声が響く。アルベールは微笑を浮かべて大きく頷いた。少し緊張しているようだ。


「ああ。今日は全員に渡したいものがあるんだ」

「そうですね。皆、並んで」


 院長が声をかけると、わあっと声を上げながらも、しっかりと整列をする。洗練された動きだった。


 しかし、おもちゃを受け取ると、子供らしく、何が入っていたかを話し合って、笑い声を上げていた。


 おもちゃの種類は、人形やブリキの馬、ミニボードゲームなどさまざまな種類がある。もらったそれを取り合いなどせず、それぞれが遊び始めた。


 ところが、中にはおもちゃの受け取りを拒否する子供もいた。茶髪の10歳くらいの男の子だ。ずっと不機嫌そうにしていて、おもちゃを受け取る番になると、アルベールにベッと舌を出して逃げ出して行ってしまった。


 彼は現在、仲間の男の子二人と外へ勝手に出てしまった。院長はそれを叱ろうと彼らを追っていく。


 その様子を眺めていたら、下から袖を引かれた。


「おねーちゃんも一緒に遊ぼう!」

「え? う、うん」


 髪を二つ結びにした女の子に誘われて、人形遊びを始める。彼女はお姫様のお人形と馬の人形を持ち、後者をセシルに差し出した。


「お姫様がお嫁さんでー、お馬さんが旦那様ねー」

「うん‥‥‥‥‥うん?」

「もう!遅いじゃない!何時だと思ってるの!!」

「え?」

「え?じゃないわよ! もしかしてうわきしてるんじゃないの?」


 どうやら、既におままごとは始まっているらしい。


(というか、浮気という言葉をもう知ってるの‥‥)


 なかなかの愛憎劇だと思いながら、セシルは次に言うべき言葉を考える。普通に考えれば、弁明をするべきところであろう。しかし、これはおままごとだ。何か面白いことを言った方がいいのではー‥‥

 ああ、彼女は期待に満ちた表情でセシルを見ているー‥‥


「う、浮気なんてしてないわよっ」

「え?」


 咄嗟に出た言葉は裏返ってしまった。それに、なぜか女性の言葉遣い。多分、彼女はセシルを旦那役として想定していただろうに。


「いや、ちが‥‥‥!」

「グッ‥‥クク‥‥」


 振り返ると、アルベールがこちらを向いて必死に笑いを堪えていた。


「なんですか?」

「いや、面白いなっ‥‥て‥‥‥」

「嘘でしょう! 言いながら、笑わないで下さい!」


 一方で、おままごとをしていた女の子は呆れたように首を振った。


「はー、お姉ちゃん面白くない。つまんなーい」

「ご、ごめん‥‥」


 セシルは自分のユーモア性のなさを恨んだ。恥ずかしすぎて、顔が火を吹いているかのように熱い。


「なら、お姉ちゃんこっちでゲームしよう!」

「えー!次はこっち!!」


 こんな風に子供に懐かれることはなかったので、戸惑う自分もいた。


「みんな、こっちに来い」


 すると、アルベールが助け舟を出してくれた。この場にいるすべての子供を集めて、尋ねる。


「君たちは、好きな曲はあるか?」

「あるよー!」


 皆が口々に好きな曲を挙げていく。その中でも、特にリクエストが多かったのが”お姫様の歌”というものだった。男の子も女の子も、この歌を所望する子が多かった。


「お姫様の歌、な。分かった」


 アルベールは口端をあげると、とある場所の前まで歩いていく。そして、椅子に座るとポロンと音を鳴らした。それは、ピアノだった。


「それじゃあ、俺が弾くから歌ってくれるか?」


 それを聞いた子供達は顔を輝かせて大きく頷いた。

その様子を満足そうに見たアルベールは、ピアノの鍵盤に視線を落とす。そして、長い指をゆっくりと動かし始めた。

 優しい音が奏でられる。それに合わせて、子供達は歌い始めた。セシルも小さな声でそれに合わせた。


 旋律にあわせて、幸せな音が鳴る。子供達は皆、笑顔だった。歌い終わると、ワッとアルベールとセシルの元に子供は駆け寄る。


「お兄ちゃん、王子様みたい!!」

「おねーちゃんは、お姫様なんでしょ!」

「違うよ!奥様だよ!!」


 キャッキャと一気に捲し立てる。なんて答えようかと思案していると、ガラッと外に続く扉が開いた。

 そこには、茶髪の男の子がいた。


「くだらねー。みんな、知らねーのか?」


 先ほど、おもちゃの受け取りを拒否していた男の子だった。茶色の瞳を歪めて、セシルを馬鹿にするように見ている。


「そいつは、呪われた聖女なんだぜ?」

「呪われた、だと?」


 瞬間、アルベールの纏う空気がピリリと張り詰める。


 呪われた聖女。その言葉を聞いて、セシルはー‥


(新しい罵倒だな)


 妙に感心していた。


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