第14話 しばらく会ってない
アルベールが優しい人間だと知った。そして、これから彼のことを知っていきたいと、そう思った。そんなピクニックから、早二週間が過ぎていた。
しかし、その間セシルはアルベールと一度も会っていなかった。
(顔も合わせないってどういうことなの)
セシルは机に突っ伏して、ため息をついた。この二週間ほどで、セシルは一度もアルベールの顔を見かけすらしていなかった。また、聖女としての仕事すらしていない。
確かに、「しばらく休ませて欲しい」とは言ったものの、聖魔力は大部分が回復してきており、レインを通してその旨も伝えてもらった。
が、聖女として何かして欲しいという要求はこなかった。仕方がないので、この屋敷周辺に張れる聖域魔法を毎日せっせと強化している。
(旦那様は、何をしてらっしゃるんだろう)
それでも、毎日贈られる花は、確かに部屋にあって‥‥‥
レインによると、皆が寝静まった頃に帰ってきて、日が昇る前に屋敷を出て行っているそうだ。その間、彼がどこで何をしているのか、セシルは知らなかった。
(やっぱり、他の女の人に会いに行ってるのかな)
セシルはその思考に至って、ふるふると首を振った。これは契約結婚なのだから、アルベールが誰に会いに行っていても自由だ。
それを気にして詮索するなんて、契約関係を逸している。
アルベールは、魔物で溢れてしまっている領地の為に、聖女であるセシルを買い取った。そして、セシルの立場に気を使ったアルベールはセシルの立場を盤石にする為、セシルに数々の贈り物を渡した。
そもそも「彼の溺愛」も、周りの反発を見越してのことだったのだ。
(自分の立場は、分かっている)
セシルは自分で、これまでの状況を整理して頷いた。ここまではいい。アルベールに感謝して、セシルは言いつけられた仕事をすればいいだけなのだから。
「けど、この間のピクニックのお礼はしたいな」
お世話になっているのだから、何か返したい。そう思うのだが、雇われている身としては、返すものが何もないのだ。
(というか、こんなに旦那様のことを考えるなんて、私が旦那様に会いたいみたいじゃない‥‥?)
最近、ふとした時に旦那様のことを考える時間が増えたように思う。
例えば、引かれた手を握り返したこととか。例えば、倒れた体を支えられた時に安心したこととか。
「〜〜〜〜〜〜っっ」
セシルはその時のことを思い出して、ベットの上をゴロゴロと回転した。そのせいで、レインが毎日整えてくれているシーツが乱れてしまう。
「『かわいい』なんて言われたからって、絆されちゃダメだ」
ポツリとセシルは呟く。セシルは、言われ慣れていない言葉を聞いて、調子が狂っているだけだと結論付ける。
そもそも、アルベールは誰にでも言っているはずだ。あの美形なのだから当然、モテなさるだろうし、それならば女のあしらい方にも慣れているだろうし。
「誰に、『かわいい』と言われたのですか?」
「キャーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
突然後ろから声をかけられて、セシルはガバリと身を起こした。そこには、いつの間にかレインがいた。
「い、いつからいたの?!」
「ベットの上で転がり始めた辺りからでしょうか」
「うわぁ」
ほぼ最初からだと、セシルは顔を赤くした。しかし、レインはそんなこと気にしていないというように、ずいっと身を乗り出した。
「それよりも、いつどこで誰が『かわいい』と仰られたのですか?」
「な‥‥‥」
興味津々のレインは、セシルが言葉に詰まっても引く様子は見せない。なんとか言わない方法はないかと探っていたセシルだったが、レインが目を輝かせているのを見て、おずおずと口を開いた。
「旦那様に、この間のピクニックで、です‥‥‥」
「やっっっぱり!」
レインはセシルの手を握って、ニコニコと笑顔をこぼした。いつものクールな彼女と違う様子に、セシルはびっくりする。
「かわいいって言ったんですね!!」
「でも、旦那様は誰にでも言ってるだろうから」
「言いませんよ!聞いたことありません」
「そうなのかな」
セシルは上目遣いでレインを見た。レインは激しく縦に頷いた。
「それより、何かお礼したいと言ってませんでしたか?」
「うん。言ってたけど。喜ぶかどうかも分からないし」
「喜びますよ!何ならその辺の石ころでも喜びます!!」
「そ、それはどうかな」
と、その時。部屋の扉からノック音がした。レインが立ち上がり、扉を開けると、そこにいたのは。
「セシル様、元気っすか〜?」
「デニスさん!」
手を挙げて笑うのは、アルベールの側近の一人であるデニスだった。彼は紙袋を抱えて、セシルに歯を見せて笑う。
「どうしたんですか?」
「いやあ。この間、火事を止められたって聞いて、すごいなって思いまして」
「はは‥‥‥」
セシルは突然褒められて、照れくさいやら恥ずかしいやらで、どう反応すればいいのか分からなかった。
「ところで、セシル様。これいりますか?」
彼は持っていた箱をセシルに差し出す。それを受け取ったセシルは、それを開けて中身を覗くと‥‥‥
「ケーキ?」
イチゴとベリーのホールケーキがあった。ふわふわの生クリームがたっぷりと乗せられていて、非常に魅力的だった。
「美味しそう‥‥! これ、頂いてもいいんですか?」
「実は、俺が作ったんすけど」
「ええ?!」
セシルは改めてそのケーキを見つめる。どこからどう見ても、お店で買ったケーキにしか思えなかった。
「すごいです!でも、どうしてこれを私に?」
「実は、いつもはアルベール様に渡してるんですけどね」
「ん?」
「今日は出掛けていないみたいだし、セシル様に渡そうと思って」
「んん?」
「いつもは感想も聞きながら、二人きりで食べているんですけど〜」
「‥‥‥‥」
セシルは隣でケーキを覗き込んでいたレインと目を合わせた。等のデニスは口端を上げて、からかうような雰囲気を出している。
(な、なるほど。彼が浮気相手‥‥)
セシルが納得していると、レインがセシルを下がらせ戦闘モードに突入した。
「お下がり下さい。セシル様。浮気相手を名乗る男には鉄槌を」
「いやいや、冗談だって!俺の趣味がお菓子作りで、アルベール様が甘い物好きだからたまに分けてるだけ!それだけですって!!」
デニスは手をブンブンと横に振るが、レインは少しずつ彼ににじり寄って行く。セシルはそんなレインを止めつつ、彼に話しかける。
聖女である時に習ったことがある。常に慈悲を持ち、人を差別することなく受け入れろ、と。
「大丈夫ですよ、デニスさん。分かってますから」
「そうそう、冗談だから」
「私は、お二人の邪魔はしません」
「違う!!」
デニスはゴホンと咳払いをした。
「違くてですね。せっかくなら、アルベール様がいない間に、セシル様にお菓子作りを教えて、セシル様が作ったものを持って行ったら喜ぶんじゃないかと思って‥‥‥」
このケーキは、お菓子作りのためのサンプルであり、頑張ったセシルへのご褒美だと言う。デニスはさっきのは冗談で‥‥と必死に弁明しながら言い切る。その言葉に、レインは顔を輝かせた。
「それですよ!!」
「ん?」
「お礼なら、それがちょうどいいはずです!」
そして、レインはセシルを振り返って
「セシル様!!作りましょう、お菓子!」
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