第12話 偉大な聖女の魔法
「聖女・セシルの名の元に命ず。邪を払い、悪を暴く清き水を出せ」
セシルがそう唱えると、銀の器にコポコポと水が現れてくる。それを見ていた周りの人は「おおー」と声を上げた。
「なるほど。これが聖水か」
「そうです。どこでも出すことが出来ますので、遭難した際には活用できます」
セシルの物言いに、アルベールはククッと笑う。吹き出したいのを堪えているようだ。
(結構、笑い上戸なんだよね)
セシルは考えながら、聖水と持ってきてもらったものを使って準備をする。
セシルは祈りを捧げながら、聖水の入っている器に昼顔と羽を浮かべた。徐々に、その水は様相が変化していく。白から銀に、銀から金へと色を変え‥‥
そして、最後には真っ黒な水になった。その不気味な光景に、誰かが「ヒッ」と声を漏らした。
普通なら金色の水で落ち着くはずなのに、とセシルは眉を下げたが、「仕方ない」と割り切った。セシルは立ち上がり、振り返る。
「これで準備は整いました。あとは言葉を使って祈りを捧げるので、下がってもらってもいいですか?」
「ああ」
セシルの言葉にアルベールは頷くと、その場にいた全員に下がるように命じた。
それを横目で見つつ、セシルは全神経を集中させた。両手を握り合わせて、目を閉じる。足元から風が湧き上がり、セシルの髪がヒラヒラと舞った。
「聖女・セシルが天に希求する。大地と民を潤す、恵みの水を降らせよ」
その言葉と共に、水の入った器から光の柱が天に向かって飛び出した。
その柱を中心にして、青い空に雨雲が張り始める。
その間にも、セシルは祈りを捧げ、聖魔力を柱に込め続けた。
そのうち、一粒の雨水がポタリと地面を濡らす。
「あ、雨だ‥‥‥‥‥」
それを皮切りに、パラパラと雨が降り始めた。
「なるほど。雨で、鎮火をするのか」
「でも、これだけじゃ火は止まらないだろう」
セシルはその声を聞きながら、更に込める魔力を強めた。セシルの額に汗がつたう。
(お願い。うまくいって‥‥‥!)
ポタリ、ポタリ。雨は徐々に強まっていく。それでもまだ足りないと、セシルは全魔力を注いでいった。
やがて、豪雨と言えるほどの雨が地面を叩きつけ始める。
「すげえ‥‥‥」
「すごい、けど」
「これ、まずくない?」
雨の勢いはとどまることを知らなかった。遂には、雷の音も聞こえてきた。
セシルに、もうその音は聞こえていない。ただ、ひたすら「雨を降らせなければ」という思いに囚われ始めていた。自分の聖魔力の消費量も知らずに。
(早く、早く。雨を‥‥‥)
「セシル!!」
目の前が霞み始めたその時。誰かに名前を呼ばれて、手を引かれる。そして、ふらりと倒れかけたセシルの体を受け止めた。
それと共に光の柱は消え、セシルの魔力が吸い取られることが終わった。それでも、まだ有り余るほどの雨は降り続けている。
セシルがゆっくりと目を開けると、目の前に真紅の髪と緑の瞳が見えた。
「旦那、様‥‥‥?」
「無茶しすぎだ」
「はい、そうですね」
ごめんなさい。そう言おうとしたけれど、セシルは気を失ってしまい、言葉を紡げなかった。
その時、アルベールが何か言っていた気がするけれど、セシルはその言葉を聞き取ることが出来なかった。
ただ、その時に感じたぬくもりを、セシルは温かいと感じた。
⭐︎⭐︎⭐︎
「大変に、申し訳ございませんでした!!」
セシルは帰りの馬車の中でアルベールに頭を下げた。
「何を謝っている」
「聖魔力を使いすぎて倒れてしまったことです」
ああ、とアルベールは頷いた。
「それなら、気にするな」
そうはいってくれるが、セシルとしては仕事中に力を使いすぎて倒れるなど言語道断ごんごどうだんだ。
「それよりも、みんな感謝していたぞ。それに、あそこにいた者は君を絶賛していた」
「そうでしたね」
セシルが目を覚ますと、色々な人がお礼を言いにきてくれた。その中には、「助けて欲しい」と懇願してきた人の息子もいた。
『お姉ちゃん、ありがとう!!』
そう、ラベンダー色の瞳を細めて笑顔で言ってくれた。
雨を降らせることで鎮火をした後、大人達で迎えに行くと、彼は小屋の中に逃げていたそうだ。幸いなことに、そこまで火は広がっておらず、怪我もなかった。本当によかったとセシルは思った。
「もちろん、俺も感謝している。ありがとう」
「いえ」
セシルは曖昧に首を横に振った。このように正当に評価されることが今までなかったから、非常に居心地悪く感じた。
「それにしても、雨を降らした魔法はなんだ?見たことも、聞いたこともないぞ」
「ええ。あれは、前に教会で読んだ文献に書かれていた魔法です」
「教会の文献?」
「はい。恐らく、昔の大聖女が書いた日記のようなものだったと思います。書庫に放置されていたのを読んだことがあるのですが」
当の聖女は、雨を降らせる魔法によって、日照りが多く人々が飢えていた状況を救ったという。
しかし、その魔法は聖魔力が非常に多い人間しか使えないことが分かっていた。何故なら、魔力の消費が激しいからだ。
その魔力量の消費には、「天」という人間を超越する存在に力を借りるためだと、そこには書かれていた。
それ故に、その魔法を使える人は少なく、忘れられていった。今ではそれを知っている人など誰もいない。そして‥‥‥
「その魔法を使えるのは、現状、私一人だと思います」
「‥‥‥」
「私は通常の聖女の10倍以上の魔力量は持っていると考えているのですが、それでも、今はほとんど魔力は残っていません」
セシルの言葉に、アルベールは始終難しい顔を見せていた。そして、おもむろに口を開く。
「君の体に影響とかはないのか?」
「完全にゼロになると死にます。けれど、ゼロになる前に倒れたりするので、そういう可能性は少ないかと」
「さっきのことではないか」
「そうです。なので、しばらくは聖魔法の使用は控えたいと思うのですが、大丈夫ですか?」
「ダメだと言う選択肢がない。休め」
「ありがとうございます」
セシルはその返答に少し笑ってしまった。アルベールは「なんだ」と首を傾げる。
「いえ。旦那様がそう言って下さるから、この選択が出来たんだなって」
例えば、これが以前にいた環境ならば、セシルが倒れようとお構いなしに、仕事を重ねてきただろう。「このままでは死ぬ」と言っても聞いてもらえたかどうか怪しい。
「君は、無理をしすぎるところがある。そのお人好しの性格を直せ」
「善処します」
そんな話をしているうちに、やがて屋敷に着いた。軽くピクニックをしようとしただけだったのに、事件に巻き込まれて、帰宅が遅くなってしまった。
すごく長い一日だったと、セシルは星空を見上げて思った。
帰ると、今日あったことは既に使用人のうちで共有されているようで、ヒソヒソと噂をされているのを感じた。
その中には「あの女が火事の原因なのでは」「旦那様のポイント稼ぎをしたいだけなのではないか」などの声も混じっていた。
気にせずに歩いていたセシルだったが、やがて少し前を歩いていたアルベールが振り返った。
「セシル」
「はい?」
「君の今日の活躍は素晴らしかった」
「‥‥‥」
「だから、褒美をやりたい。何がいいか考えておいて欲しい。それから‥‥‥」
彼はジロリと周りを睨みつけて、セシルに微笑みかけた。
「俺は、君のことを気にかけているし、困っていることがあるなら助けたい。なんでも言ってくれ」
「‥‥‥はい」
セシルが頷くと、ポンポンと頭に手を乗せて彼は自室へと戻って行った。最後に「すまない」と小さく言い残して。
(多分、私の立場のことを気にしてるんだよね)
先ほどの火事の際もそうだ。周りにセシルが非難されているのを見て、わざとらしい言葉を重ねてその悪意をセシルから逸らしていた。
今の言葉だって、セシルを守るために発せられたものだろう。
そもそも木を贈ったり、大袈裟なことをするのは、セシルの立場を守るためだったのかもしれない。
アルベール自身、この家を取り仕切る立場があり、簡単に使用人を解雇するなど出来ない。それこそ、決定的な不正の証拠でもない限り。
だから、目に見える形でセシルを保護することで、悪意から守ってくれているのだ。
『誰よりも、何よりも、あなたの味方っすよ』
デニスがいつだったか、セシルにかけた言葉を思い出す。
(本当に、そうなのかな‥‥)
セシルは戻ってきた熱を冷ます為に、頬を掌で覆った。
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