第10話 はじめてのピクニック




 服飾店を出て、セシルとアルベールは少し歩いていた。その街は赤レンガで出来た道が印象的で、立ち並ぶ店も宝石店や土産物店など洗練されてモダンなものが多い。

 珍しい風景に、セシルは周りを見てしまう。


「本当に、この先にピクニック出来る場所があるんですか?」

「あるから大丈夫だ。領地のこと、領民のことは理解している」

「そうなんですね」


 セシルは曖昧に頷きながら、物珍しく辺りをキョロキョロと見渡した。


「何か気になるものでもあるか?」

「いえ! 全然!!」


 服を買ってもらっているだけ、ありがたいのだ。これ以上手を煩わせる訳にはいかない。


(そもそも、こんな風に出かけることは契約事項になかったはず。「ピクニック」につられて来てしまったけど)


 セシルは、自分を気遣ってここまで連れてきてくれたのかもしれないと思った。


「あの、無理して私に合わせて頂かなくて大丈夫ですよ? 契約内容にはこのようにして頂くことは書いてありませんし、私も仕事はするので」

「それは認められないな。雇用主である以上、契約相手の心身の状態を健康に保つことも務めだ」

「本当に、そこまでする必要はないと思いますよ‥‥‥」


 セシルの指摘に、アルベールは小さく肩を竦めた。細かいことは気にするな、ということらしい。


「そもそも、こんなに迷惑をかけているのに、これ以上してもらうなんて」

「言い方を変えるぞ」


 アルベールはセシルの顔を覗き込んだ。


「俺が君と一緒に来たかったんだ」

「‥‥‥‥」


 セシルは少しだけ、先程のリリエットの言葉を思い出した。彼が、後継者争いの末に孤独を抱えている話だ。


「わ、分かりました」

「つれないな。さっきとは大違いだ」

「あれは忘れて下さい。気が動転しただけです」


 セシルはツーンと横を向く。もちろん、顔に戻ってきてしまった熱を冷ますためだ。


「ほら、もう着くぞ」


 アルベールに声をかけられて、顔を上げるとそこには、ハナミズキが爛漫と咲き誇っていた。


 ピンクから根元に向かって白に変化していく花が、可愛らしい。


 彼は木の元にあったベンチに座り、その隣をポンポンと叩いた。そして、空中から茶色の籠バッグを取り出した。空間に物を収納することが出来る魔法だと、セシルは静かに感心した。


「弁当だ。食べるか?」

「お弁当ですか!」


 それを開けると、中には彩り豊かなサンドイッチが入っていた。

 セシルはその中から、アボカド・トマト・レタス・ハム、それから真ん中に茹で卵が入っている物を選んだ。

 アルベールも、ビーフと目玉焼きとレタスが入っているサンドイッチを手に取る。


 それぞれ「いただきます」と言って、サンドイッチにかぶりつく。サクッとしたパンの食感に、野菜それぞれが瑞々しくてジューシーだ。トマトは甘塩っぱくて、いいアクセントになっている。


 セシルはあまりの美味しさに悶えながら、次々とサンドイッチを取っていく。

 

 しかし、夢中で食べている途中で、自分に視線が刺さっていることに気付いた。そーっと隣に目線をずらすと、アルベールががっつりこちらを見ていた。

 セシルはアルベールの存在を忘れて食べ耽っていたことを気まずく感じながら、尋ねた。


「‥‥‥な、なんですか?」

「うまそうに食べるな」

「旦那様、あまり食べてないですよね。見てないで食べて下さい」


 セシルは促すが、アルベールは手をつけようとしない。


「俺はいい。君が食べているところを見ている方が楽しい」

「はあ?!」


 セシルは思わず目剥いた。


「君が沢山食べるのはレインから聞いていたが、こうして美味しそうにしている所を見るのは気分がいい」


 セシルを見つめる目は、至極、真面目。揶揄からかっている様子もない。


「‥‥‥変わってると、よく言われませんか?」

「時々、言われるな」

「みんな遠慮してるだけで、絶対思ってますよ」


 セシルが照れ隠しで少しばかり強い言葉を放つと、アルベールは「はは」と笑った。

 彼は立ち上がり、彼はセシルに手を伸ばす。


「行くか?」


 セシルは少し迷った後、彼の手を取ることを選んだ。そのまま立ち上がり、手を引かれるまま歩き出した。


(今日はよく、手を引かれるなあ)


 彼の手は少しだけ、冷たい。その冷たさは、人間的な温かみのある手よりも安心する。


「あの。今日はなんで、ここに連れて来て下さったのですか?」

「君は花が好きだろう?見せたかったんだ」

「‥‥‥」


 セシルは、「だから毎回、花や木を贈ってきたのか」と妙に納得した。そして、なぜそれを知っているのか。どうして、そんなことをしてくれるのかと疑問に思った。


(私は‥‥‥この人のことを何も知らない)


 この人がどれだけの孤独を抱えているかも。どうして、そのような態度をとるのかも。

 何もかも、セシルは知らなかった。だから‥‥‥


「これから、知っていきたい」

「なんだ?」

「いいえ。なんでも」


 セシルは思わず呟いた言葉をもう一度口にすることはなく、ほんのちょっとだけ、手を握り返した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る