第9話 かわいいな
シャッとカーテンが閉められて、セシルと店員は二人きりになった。
「セシルさんは白い髪が美しいですから、どの色合いの洋服も似合われると思います。その上で、好きな色やご要望などはありますか?」
「紫とか、後は‥‥青とかです?」
あまり自信が持てずに、セシルはハッキリと答えることが出来ない。
それに、一つ気になっていることもあるのだ。
「なら、ラベンダー色のワンピースか、後は瑠璃色のリボンがポイントのブラウスにしましょうか」
「あの」
「あ、リリエットです」
「リリエットさん」
「はい。何でしょうか?」
非常に聞きづらい内容であったので、セシルはしばらく言葉を探した。しかし、意を決して彼女に聞く。
「リリエットさんは、その。旦那様の恋人だったり‥‥‥」
カーテンの向こうですごい勢いの咳払いが聞こえてきた。若干、苦しそう。
一方のリリエットは、一瞬ポカーンとした後、大笑いし始めた。こちらも、笑すぎで苦しそう。
「いや、それはないわよ! アルベール様が? 私の?? そもそも、私には愛するダーリンがいるからこっちからお断りよ!」
「こっちだって、お断りだ」
突然聞こえてきたアルベールの声にセシルはビクリとする。
「変なことする訳じゃないんだから、別の部屋に行ってなさい。心配なのは分かるけど」
スタスタという足音の後、バタンと扉の閉まる音が聞こえた。
もう敬語で誤魔化すのいいや、と彼女は目に溜まった涙を拭った。
「ごめんね。びっくりしたよね」
「いえ‥‥‥」
セシルが首を振ると、彼女は少し考えてから話始めた。
「えっと、誤解しているみたいだから言うけれど、アルベール様は、私の親戚なの」
「え?」
「私は彼の叔母に当たるかなー」
「ええ?!」
衝撃の事実にセシルは思わず大きな声を出してしまった。
「全然、分からなかったです!」
「あはは。血は繋がってないから、似てないしね」
そう話している間にも、リリエットはセシルに服を当てて「これはアリ、これはナシ」と二つに仕分けている。
「だから、浮気相手とかじゃないのよ。安心した?」
「そんな。安心とかでは」
セシルは焦って首を振る。安心とかでは決してない。もし、彼の恋人だとしたら気を使わせると思っただけだった。
「かーっ初々しいわ! お姉さん、昼から酒飲みたい」
「はあ‥‥‥」
セシルは曖昧に返事をする。リリエットはペラペラと話しながらも、着実に手を動かしていた。
「とりあえず、今日はお出かけするのよね?なら、これを着てみて。一人で着れるわよね?」
「はい。ありがとうございます」
渡されたのは、白いブラウス。それから金の刺繍が施された瑠璃色のスカートだった。背中にはアクセントにリボンが付いていてとても可愛らしい。
着替えて試着室から出ると、リリエットはセシルを椅子に座らせた。そして、後ろに回り込み、セシルの長い髪を手に取った。
「ちょっーと、失礼するわね」
彼女はスカートと同じ色の生地で出来たリボンを手にとり、セシルの髪を後頭部の高い位置で結び始めた。
「あのね。セシルちゃんにお願いがあるの」
「なんでしょうか?」
セシルはサラサラと耳にかかる髪をくすぐったく思いながら、尋ねる。
「彼は爵位継承の際に、血で血を洗うような争いをして、今、この地位に立っているの」
彼女は先ほどとは打って変わって、真剣な声色をしていた。
「だから、彼には味方と言える家族はいない。私たち夫婦は、大昔に駆け落ちして家から縁を切られているから、あの家とは関係のないところで彼と気軽に話せる。けれど、あの家の中では誰一人、彼を助けてくれない」
「‥‥‥」
「だから、アルベール様が結婚したと聞いて嬉しかったの。彼にも家族がようやくできたんだって‥‥‥」
セシルはその言葉に何も言えなくなる。何故なら、これは契約結婚だからだ。そこに愛などないはずだ。
「こんな重い話、ごめんなさい。けれど、彼のことは知っていて欲しかったの」
「‥‥‥‥はい」
セシルは、ただ頷くことしか出来ない。本当は、ただの契約結婚の相手でしかないのに。
彼女に嘘をついてしまっているという罪悪感を感じた。
「ほら、出来た。鏡を見てみて」
セシルが渡された手鏡を覗き込むと、そこにはサイドが編み込みされたポニーテール姿の自分がいた。爽やかな服装と清涼な髪型が非常にマッチしている。
「うんうん。いいじゃない。私って天才かも。‥‥‥アルベール様、入っていいわよ」
リリエットが声をかけると、店の奥に繋がっている扉が小さく開いた。
「入っていいんだな?」
「いいって言ってるでしょう!ほら、おめかししたセシルちゃんを見なさい!」
リリエットが勢いよく扉を開くと、セシルとアルベールはパチリと目が合った。
「かわいい」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥?!」
突然放たれた言葉に、セシルは一度考えて、その言葉を飲み込み、理解するまでに時間がかかった。そして、理解した途端、顔に熱が集まるのを感じ、バシンと両頬を手で包み込んだ。
その様子を見たリリエットは「若いっていいなー」と言いながら、別部屋へと退散して行った。
「そ、それはリリエットさんの見立てがいいからで」
「それもあるが。君が着るから、それだけ似合うのだろう」
「そんなこと初めて言われました」
セシルは自分の顔が赤くなってしまっていることを意識しないように努めた。意識しなければ、この熱もきっと治る。
「似合ってる、か?」
「その前ですよ」
ここ最近は、とある人物から「神々しい」という非常に恐れ多い評価を頂いたが、「かわいい」なんて言われたことがない。そんな言葉、セシルにとって縁遠いものだった。
そんなセシルをしばらくジッと見ていたアルベールは、「へえ」と口端をあげた。
「それなら、何回でも言う。かわいいと思う」
「かわいくないですよ!何回も言わないで下さい!!」
ボボボッと顔を真っ赤にするセシルに、アルベールは意地悪く、セシルの顔を覗き込みながら「かわいいかわいい」と繰り返す。
(ああ、もう!恥ずかしい!!)
セシルが限界を迎えたところで、アルベールはクスクスと笑って、攻撃の手を止めた。セシルは若干涙目の上目遣いでアルベールを睨む。
「そういうの、やめて下さい。お世辞で言われても嬉しくないですから」
「‥‥‥かわいいな」
「また‥‥!」
彼はダメ押しだとばかりに呟いて、セシルの前髪を軽く払った。
「本当にそう思ってるよ」
「‥‥‥‥‥」
セシルがこれ以上何も言えなくなっていると、アルベールは目を細めて、セシルを見た。そして、彼は後ろを振り返って声をかけた。
「さて。そこで盗み聞きをしているリリエット」
「はぁーい」
アルベールの視線の先の扉からリリエットが出てくる。「あれ」を全て聞かれていたのかと、セシルは目を白黒させた。
「君が選んだものは全部買うから、伯爵家まで送ってくれ」
「かしこまりました〜」
彼女は上機嫌に返事をする。セシルが止めようとするも、リリエットとアルベールはすぐに会計を始めてしまった。
こうして、セシルの服は大幅に増えることとなった。
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