第8話 金に糸目はつけない。とりあえず、全部買え
窓を開けると、心地いいと感じる昼下がりの日。部屋の中で本を読んでいると、部屋のノックが鳴った。レインの声だったので、「はーい」と返事をしながら扉を開ける。
「元気にしてるか?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥え?」
そこにいたのは、アルベールだった。レインはその後ろに控えている。
「え?どうしたんですか?」
「その、だな‥‥」
アルベールはいつものかしこまった服とは違い、今日はシャツにパンツとラフな格好をしている。今日は仕事お休みなのかな、と考えるセシルをアルベールは静かに見つめる。
そんな二人を見かねたレインに背中を叩かれて、彼はこう切り出した。
「ピクニックに行かないか?レインと君と3人で」
「ピク‥‥ニック‥‥‥‥?」
セシルが頭にハテナマークを浮かべると、レインはアルベールの肩を掴み、セシルに背を向けた。
「初デートがピクニックってどういうことですか?! しかも、私付きって!」
「いや、これはデートでは‥‥‥」
「デートですよ!」
レインが「デート」と口にしたその時。
「行きたいです!!」
と、セシルが答えた。タイミングがちょうど「デート」という言葉と被ったので、デートに行きたいのかとレインとアルベールは目を丸くさせる。
その反応に、少し恥ずかしそうにセシルは顔を赤らめた。
「あ、えと。違くてですね。えーと‥‥‥ピクニック、行ったことがないので行ってみたいかなと思いまして」
今まで遊ぶことが許されない状況にいたセシルは、耳にしたことだけある「ピクニック」を体験したいと思った。そして、それをすぐに言葉で表してしまったことを恥じ入ったのだ。
ちなみにデート云々の話は聞こえていない。
そのいじらしい姿を見たアルベールは、気づけばセシルの手を取っていた。
「行くぞ。そして、楽しもう」
「え?は、はい」
アルベールはセシルの手を引く。
レインはその姿を静かに眺め、そっと二人の元から離れた。
⭐︎⭐︎⭐︎
アルベールとセシルは馬車に乗って移動していた。セシルは窓から外を少し眺める。
「どこまで行くんですか?」
「国境の近くまでだな。あそこは珍しいものが多い」
この王国に隣接する帝国。二つの大国は同盟を結んでおり、国境付近の領地を治めているアルベールはとても重要な人物だ。
そんな人と契約とは言え、結婚しているという事実に、セシルは時々信じられない気持ちになる。
「珍しいものって、例えば何があるんですか?」
「帝国からの輸入品だな。あそこは海に面しているから、海産物が有名だ。あとは、海から取れる魔法石とかかな」
「魔法石?」
セシルが首を傾げると、アルベールは胸につけていた深い青のブローチを取った。
少し光の反射が変わるとその石の色は青から空色、藍色へと変化する。色味の違う青がキラキラと現れては消えていく。
「これは魔法石と言って、この石を身に付けると付けている者の魔力を高めたり、保護したりする力がある」
ちなみに、魔法石は海、森、川、それから空で一定の条件が揃えば取ることが出来、魔法を使える者ならその効果を追加することも出来るそうだ。中には、魔法石を無くさないよう、探査機能をつけることもあるらしい。
セシルは初めて知る情報にほうとため息をついた。
「そんなものがあるなんて知らなかったです」
そういえば、セシルの後に来た聖女がこういった物を沢山プレゼントされていたような。そんなことを思い出して、セシルは目線を下げたのだが。
アルベールはそんなセシルの頭を軽く撫でた。
「これから知っていけばいい」
「‥‥‥」
彼の目が存外優しかったので、セシルは少し恥ずかしくなってそっぽを向いた。
「子供扱いしないで下さい」
「‥‥‥伝わらないな」
アルベールは困ったような顔で苦笑し、セシルから手を離した。
やがて目的地にたどり着き、二人は馬車を降りた。
さあ、行こうとセシルが歩み出した時、アルベールは「待て待て」と手を引いた。
「目的地を知らないだろう。第一、その格好では目立つ」
セシルは自分の身につけている物を見下ろした。確かにいきなり声をかけられ、そのまま出てきたせいで、少しラフな部屋着姿のままだった。
はじめてのピクニックで浮かれていたセシルは、そのことに気づかなかった。
そもそも、あまり服を与えられなかった生活をしていたので、服に拘りを持っていないことも一つの原因だった。
「そこに服飾店がある。適当に見繕みつくろうぞ」
「え?いらないですよ」
「ダメだ」
しかし、セシルは首をゆるゆると振る。
「この服だけで十分ですし、屋敷にも二着ほど予備はありますからこれ以上買ってもらうのは‥‥‥」
「二着ほど?」
セシルは、この屋敷に来た時に部屋着と外出用の服を二着ずつ与えられていた。触れただけで高級だと分かる衣服に、セシルは満足しているし、必要以上はいらないと考えていた。
しかし、アルベールはその言葉を聞いて、顔をしかめた。
「俺は君のために数十着は買っていたはずだが」
「へ?」
「やっぱりここで買うしかないな」
彼はセシルの手を引き、小さな服飾店へと足を進める。セシルが抵抗する間もないほど、それは早い動きだった。
「いらっしゃいませ。‥‥‥あら、アルベール様じゃないですか」
カランコロンという音と共に、金髪の女性店員にアルベールは声をかけられる。
「久しいな」
「本当よ!最近、ここに立ち寄ってないからね」
「最近は忙しいからな」
ポンポンとテンポよく会話を続ける二人を、セシルは交互に見る。金髪の店員の方は楽しげに話しかけている。アルベールの方は若干素っ気無い気もするが、十分に気を許しているように見える。
(‥‥‥‥仲がいい。もしかして、本命の彼女とかかな?)
セシルが一人で納得していると、女性店員はこちらに気づいて目を見開いた。
「あら?‥‥‥‥‥あらあらあらあらあらあらあら」
彼女は口に手を当て、「あら」という言葉を量産し始めた。そして、ニヤニヤと揶揄うようにアルベールを見た。
「‥‥何が言いたい」
「別に何も。ただ、伯爵様が女性を連れて来るのは初めてだなと思いまして」
「最近、妻に迎えた女だ。共に観光に来ても何も不思議ではないだろう」
ふーんと呟いた彼女は、クルリと振り返って、セシルの手を握った。
「はじめまして!伯爵様が結婚されたというのは聞いています。どうぞ、この店をご贔屓にお願いします」
「は、はい」
突然の挨拶に、セシルもうまく反応が出来ない。
「ちゃっかり営業をするんじゃない」
アルベールは苦言を呈し、「気にするな、セシル」と声をかけるが。その言葉に、セシルは目を見開いた。
「名前‥‥‥」
「ん?」
「はじめて呼ばれました」
「は‥‥‥‥」
徐々に、アルベールは目を見開き、無意識だったとばかりに、口に手を当てた。それを見ていた女性店員は「あらぁ」と小さく声を漏らした。
アルベールは仕切り直すように咳払いをし、店員に話しかけた。
「とにかく。彼女に似合うものを見繕ってくれ。金に糸目は付けない」
「え?!」
「はぁーい。かしこまりました〜」
彼女は「こちらへ」とセシルの背を軽く押していく。その途中でいくつかの服やドレスを取りながら、試着室へと入っていった。
試着室の中は、広々としていて二人が入っても狭いとは感じなかった。
どうやら、貴族もお忍びで来ることが多く、着方が分からない時などは店員が着替えを手伝うのだそうだ。
シャッとカーテンが閉められて、セシルと店員は二人きりになった。
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