第5話 あなたを尊敬している
聖女は、その名と言葉を捧げることで聖魔力を放出することが出来る。しかし、体内に所蔵する聖魔力が多い人物だけ、その言葉を省略し、すぐにその魔法を使うことが出来る。
速度に重きを置く分、魔力の消費量は多いが、緊急性があるときは有用である。
そのため、緊急性があると判断したセシルは正式な詠唱を省き、魔物を倒した。
その後も、魔物が次々と現れたため、セシルは聖魔法でなぎ倒していった。はじめはセシルのその姿に驚いていた騎士団員たちも態勢を立て直し、セシルに加勢する。
結果として、襲いかかってきた魔物すべてを一掃いっそうすることに成功した。
幸い死者は出なかったが、それでも怪我人はいる。アルベールは動ける者にその治療を指示していたが。
「聖女・セシルの名の元に命ず。傷つき、病める者に慈悲と癒しを与えよ」
セシルはこの場にいる全ての人に、魔法が行き渡るように、祈りを捧げた。
光の粉が彼らの元に降り注ぐ。それが金色や白ならさぞ美しい光景になったのであろう。が、生憎、現れるのは黒と紫の光だけ。
騎士たちはその光をぼんやりと見ており、傷が治ったことに気がつかない。
「さあ、次に行きまー‥‥‥」
「君は、何をしているんだ」
セシルが振り返ると、アルベールは険しい顔でセシルの腕を掴んでいた。
「短縮詠唱は魔法の消費も激しい。それに今、全員の傷を癒しただろう。さっさと帰るぞ」
「ご心配には及びません。このくらい平気です。それよりも、この先にも潜伏している可能性があります。皆さまが大丈夫なら、早く殲滅させておいた方がいいです」
王宮や教会でも、今回と同じようなことがあった。そのときは、セシルが全員を回復させることで、魔物の討伐は続けられることをリーダーが決定した。
魔物討伐には、その危険性から数十人単位の騎士と数人の聖女とで行くのが普通だ。しかし、セシルの場合は、その魔法量の多さから、聖女はセシル一人、騎士も数人で魔物討伐に行っていた。その騎士さえ、セシルが逃げ出さないように監視する役目の方が大きかったと思う。
ここでは、セシルの魔法を邪悪だと言って唾を吐きかけたり、「もっと見栄えを良くしろ」と無理を言われることもないので、それだけでも助かっている。
「君も怪我を負っていなかったか?」
「かすり傷です。問題ありません」
「治してもいないなら、魔力が足りなくなっている証拠なんじゃないか?」
「この先に何があるか分かりませんから、念のためです」
確かに一度、腕への攻撃を避けきれなかった。だが、怪我はそこまでひどくない。セシルはそれをわかっていた。
「ダメだ。帰るぞ」
「な‥‥‥っ」
しかし、アルベールは頑なだった。
「大丈夫ですよ!それよりも、このまま放置して帰る方が、ここあたりに住んでいる人に迷惑がかかります」
「そこからは俺の仕事だ。辺りの住民は避難させるし、生活も保証する。なるべく早く帰れるように善処もする」
「ですから、これから討伐に行けばその必要もなくなります」
「言い方を変えるか?」
アルベールは一段、声を低くした。その剣幕にセシルはビクリと硬直する。
「隊員たちは突然のことに疲弊している。帰って作戦を立て直さなければ、被害が出る恐れがあるんだ」
「‥‥‥‥」
セシルは自分がムキになりすぎて、周りが見えていなかったことに気付いた。セシルの主張は、他の人のことを考えているようで、独りよがりだったのだ。
(あ、ダメだ‥‥‥)
セシルはひたすら自分を恥じた。これまでの経験から、自分の独りよがりな考えを他人に押し付けてしまったのだ。
(どうしよう‥‥)
セシルは一方的な罵倒を受けたことはあるが、叱られたことがない。それ故、こういった時、どうすることが正解なのか知らなかった。
「アハハハハハハハハハハハハハ」
突然笑い声が聞こえてきて、セシルは混乱した。それも一人ではない。複数人の、だ。
大声をあげて笑っているのは、騎士団の人たちだった。
「いやあ、嬢ちゃん。んなことぁ、気にしなくていいんだ」
「というか、アルベール様が心配しているのはお嬢さんだけで、俺たちのことなんて微塵みじんも考えていませんよ!」
「アルベール様、隠そうとしているのにバレバレなのが面白すぎる!!」
「それよりも、彼女、強すぎませんか?!」
「思った!!」
アハハと笑い続ける様子に、アルベールは苦味を潰したような顔をして、ようやく苦言を呈した。
「‥‥‥お前ら。彼女の名前はセシルだ」
「ブハッ!ようやく出てきた言葉がそれっすか?!」
アルベールは同い年くらいの団員に揶揄われ、居心地悪そうにしている。その中で、中年くらいのリーダー格の男がセシルの前に出てきた。
「セシルちゃん」
「はい」
「君の魔法のお陰で、誰一人傷を負っていない。今日はそれでいいんだ」
「‥‥‥‥」
「セシルちゃんの魔法はすごかった。だから、ありがとう。それから、さっきは君のことを馬鹿にしたりしてすまなかった」
後ろからも「ごめんなー」「凄かったよー」という声が聞こえてくる。
「‥‥‥はい。私も無理を言ってしまいました」
セシルが謝ると、彼は嬉しそうにセシルの頭をクシャリと撫でた。
「というか、王家もこーんな逸材手放すなんてアホだろ」
「王家は別の聖女がいるから、私は用無しだそうです」
セシルの返答に皆が「マジか」と目を見張る。
「でもセシルちゃんより、強い聖女っていないだろ」
「ぶっちゃけ、ユーラン婆さんより凄かったかも」
「おい、婆さんに怒られるぞ」
皆、口々に好き勝手言っている。セシルは状況を理解しきれず、「ユーラン様が怒る?」と検討外れなことを真剣に考えていた。
そこで、つい先ほどまで揶揄われていたアルベールが咳払いをした。
「ほら、お前らさっさと帰るぞ」
はーい、と皆口を揃えて言う。こうして、セシルの初仕事は終わった。
⭐︎⭐︎⭐︎
帰り道。契約上でも結婚相手であるセシルとアルベールは同じ馬車に乗っていた。
(気まずい‥‥)
セシルはチラリとアルベールの様子を伺った。先程は、アルベールも頑なだったが、セシルも頑なだった。上司の指示は聞くべきなのに。
(どうしようかな)
どうしたら、いいのかな。セシルは静かに目線を下げた。
「悪かった」
「え?」
目線を上げると、アルベールは気まずそうに顔を逸らしていた。
「強く言いすぎた。君はよくやってくれたのに」
「そんな‥‥‥」
セシルが首を振り、しばしの沈黙が訪れる。すると、アルベールはポツリと呟いた。
「俺は、君の魔法を初めて見た」
そう、言われた時。セシルは「ああ、またか」と思った。きっと嫌気がさしたのだろう。
皆、優しいから、無理にいいところを見つけて褒めてくれるが、それでもこの魔法が禍々しいことに変わりはない。
「美しいと、思った」
「え?」
「正直、レインは誇張して言っていると思っていたが、そんなことはないと認識を改めた」
アルベールは馬車の窓から外を見て、後ろについてきている騎士団員達の馬車を指差した。
「アイツらもそう思っているはずだぞ」
アルベールが視線を戻す。セシルはアルベールの言葉に、ドギマギしてしまった。
「君についてとやかく言う奴は多いかもしれないが。あんな風に、他人のために動けるのは、誰にでも出来ることでないと、俺は思う」
「‥‥‥‥‥」
馬車が止まり、屋敷に戻ってきたことを告げられる。あとは、馬車を降りるだけだ。なのに、両者とも動こうとしなかった。
しばらくして彼は、セシルに花を差し出した。それは、艶つややかな紫の薔薇だった。
「毎日贈っているが、花には意味があるそうだな。その意味も含んではいるが‥‥‥知らないなら、知らなくてもいい」
「ありがとう、ございます」
彼は花言葉のことを言っているのだろう。しかし、その意味は知らなくてもいいときた。
なんと自分勝手で、独りよがりなんだろう。
その真意を花に問いかけようにも、爛漫と咲くだけで言葉を発してはくれない。
しかし。
実はセシル、すでにその花言葉を知っていた。紫の薔薇の意味は。
その、意味はー‥‥‥‥‥
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